異世界に来てまで恋愛しなくていいと思う
フェアリス・ガルシア、20歳。
銀髪ストレートのスレンダー美女で、大陸一の帝国の第一王女という富と権力の頂点にいる。
戦姫として兵を率い、七国戦争を勝利へ導いた英雄。
けれど、前世の私は、御堂 早矢香という25歳の会社員だった。
大手建設会社の経理担当として働く姿はまじめで愛想もいいと評判。学生時代から付き合っていた彼氏とは、遠距離恋愛だったけれどうまくいっている――――
そう思っていた。
『おまえさぁ、いいかげん俺なんかとつるんでいないで彼氏でもつくれば?』
『は?』
青天霹靂、とはこのことだろうか。
確認してみると、彼氏だと思っていた健吾はいつしか元彼になっていて、知らぬ間に自然消滅していたらしい。
彼氏だと思っていたら、友人に戻っていた。
早矢香はまったく気づかず、燃えるような恋ではないけれど平穏なお付き合いだと思っていたのだ。
いや~、笑うわ。引くわ。
え、まじで?ってなったよね~。
なぜこんなことに、そう思ってももう遅い。
互いに淡白で情熱的なタイプではなかったが、健吾によればどうやら私は他人行儀すぎたらしい。
付き合っているときも「会いたい」とか「淋しい」とか、一度も口にしたことはなかった。
もちろん、心の中ではそう思っていたんだけれど、家族にも彼氏にも、友人にすら遠慮する性格だったのだ。
どうやってもすぐには会えない距離、仕事をしているという事情、そんな現実を理解しすぎていて、恋人に甘えるということはできなかった。
淋しいって言ってどうなるの?
ねぇ、空でも飛んで会いに来てくれるの?
物理的に無理なのに、そんなこと言って意味あるの?
はいはいはい、わかってますよー。
こういう性格がかわいくないのよね!?
だとしても、自然消滅していたなんて……。
ショックだった。
ショックすぎた。
そして私は、キレた。
『恋愛なんてクソゲーだ!もう二度としない!!』
それからは、いっそう真面目に仕事に励み、鉄の女とまで噂されるようになった。
そして、休日は大好きな「国盗りゲー」ざんまい。
連休だって一歩も家から出ないというひきこもり予備軍になったわ。
はっきり言って、ものすごく充実していた。
だって予定を誰かに合わせる必要もなく、気を遣う必要もなく、ゲームの配信予定と仕事とをバランスとってさえいれば毎日楽しいことが起きる。
私に必要だったのは、コツコツこなせばレベルが上がってイベントとクエストを突破できるという完璧なシステム!
『おっしゃー!敵兵全滅!クエストコンプリートォォォ!!』
ひとり言?
ううん、大丈夫。私の会話相手はゲームの中にいるだけで、ひとり言じゃない。
ドはまりしていた国盗りゲーム『敵の屍を越えて国を盗れ、戦国ファンタジーII』で、もう何周したかわからないくらいプレイしていた。
『課金は計画的に!今日のためにボーナスを使わずに取っておいたのよ!』
年末年始の休暇はすべてゲームに注ぎ込むつもりで、スマホを片手に最新バージョンにアップデートした。
期間限定のイベントをクリアしたプレーヤーにだけ配られる、美少女キャラ。お目当てのキャラを獲得し、私はさっそく装備を改めた。
『クエスト、開始っと』
が、その瞬間、視界が歪み、頭がくらりとした。
急激な眠気に襲われ目を閉じ、スマホを持ったままソファーに倒れ込む。
そして、次に目を開けたときにはすでにこの世界だった。
『これが私……?』
細く、透き通るように白い小さな手。どう見ても子どもで。
ネグリジェのようなぴらぴらの寝間着を着ている。
『鏡、鏡……』
違和感の正体を確かめようと、明らかに見知らぬ部屋のなじみのない豪華なベッドから下り、広い部屋を彷徨う。
『あったあった』
やたらと巨大な姿見。ピカピカに磨かれたそれを覗けば、そこにはサラサラの銀髪に理知的な黒い瞳の美少女がいた。
もう、「うわぁ」としか言えない。引き攣った顔なのに、めちゃくちゃかわいい。
ペタペタと小さな手で頬やお腹に触れるが、やはりこれは「私」らしい。
混濁する意識、イマイチ思い出せない記憶を無理やりほじくり返すと、この姿の自分は齢10歳の姫君ということがわかった。
『フェアリス・ガルシアだ……』
さっきまで自分がいたベッドを振り返る。サイドテーブルには水を張った桶とタオル、そして水差しがあった。
どうやら、今まで熱を出して寝ていたらしい。
それはわかる。
が、それ以外がわからない。
『えええええ!?何これどういうこと!?美少女キャラをリーダーにして、メンバーをクエスト用に編成しなおして……なんでキャラの中に入っているの!?しかも何で若いの!?』
あの美少女キャラは、ツルペタだったけれど17~18歳だったはず。
手足の長さが、今の私と全然違う!
オロオロするばかりの私。
しかしここで、混乱に拍車をかける要素が乱入する。
『フェアリス・ガルシアだな』
『は?』
混乱のさなか、寝室にやってきたのは黒づくめの男。
どう見ても、暗殺者っぽい。アサシンの高位ランク衣装だ!
窓から入ったらしいその男は、手に短剣を構えていた。
いきなり美少女に入ってしまいわけがわからないのに、さらに意味がわからないヤツが来た。
しかも黒ずくめで目しか見えていないのに、おそらくこいつはイケメン。
イラッとした。
無性にイラッとした!!
だって国盗りゲームなのに、ときどき恋愛要素がねじ込まれていたのよねあのゲーム。
クエスト達成して恋愛関係になって、そのキャラに助けてもらうみたいな要素があったのよ。
もちろん、私はそんなシーンはskipしまくった。
だって時間の無駄。
恋とか愛とかそんなもので国の命運をかけるなんて、国民が知ったら怒り狂うぞって話だ。
あぁ、もうこのイケメンも恋愛要素絡みかー?
私の混乱は一瞬にしてイライラに変わり、ギリリと歯を食いしばった。
全身が震えるほど怒りがこみ上げる。
何に対して?そんなの自分でもわからない。
『王女殿下、お命頂戴!』
『今それどころじゃない!!』
怒りに任せて見知らぬ男を睨みつけ、飛びかかってきた男にビンタをかます。
しかし、私の手のひらは相手に当たることなく、ゴォォォという轟音と共に爆風が巻き起こった。
『!?』
『ぐはっ!』
ズタボロになった暗殺者は、天井や壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちた。
自分がやったことだと理解するのに数分を要し、おそるおそる近づいてみるとやはりイケメンだった。
『うわ……、生きてる。どうしよう』
『ぐっ……』
死んでほしいわけじゃないけれど、ここからどうすればいいかわからない。
この人が私を殺そうとして来たことはすぐにわかった。
だから容赦なく、ベッドサイドにあった剣を手に取り、彼の頬にグリグリと突きつける。鞘に入れたままなので切れることはないが、相当に痛いはず。
『ねぇ、どうされたい?』
『がはっ、あっ、ぐふっ』
『こ~んな美少女を狙うなんて、あんた良心ってもんはないの!?このクズがっ!』
『あぁっ!ああっ!』
『私がか弱い女の子だったら死んでたよね!?何なの?普通、転生とかしたらもっと状況を把握する時間とかあるわよねー?すごいイライラする。あんた、私の気持ちわかる?ねぇ、聞いてる!?』
『ぐふっ……! も、もっと……』
この青年こそ、若き日のジョーエス。
その場でステータスを確認した私は、ジョーエスが使える人間だと判断した。
さらには、そのステータス画面の仕様からここが国盗りゲーの世界なんだと再確認し、そしてジョーエスを「スカウト」したのだった。
ゲーム内で敵兵や敵将を味方に引き入れる「スカウト」は、ここでも有効らしい。
異世界転生テンプレの「ステータス画面」を呼び出し、ジョーエスをスカウトして味方にした。
『生涯の忠誠を誓います』
『よろしい』
『ときおり、踏みつけてくださると、よりがんばります』
『……それはあなたの働き次第よ』
ゲームにこんな要素はなかった。
まぁ、いいか。変態でも使えるもんは使おう。
あれから十年、ジョーくんは今や私の相棒としてなくてはならない存在になっている。
殴られ蹴られ罵倒されることに快感を覚える変態ではあるが、有能さには代えられない。多分。
うん、やっぱりジョーエスだけは結婚相手として考えられない。
そうだ、適当な相手と政略結婚するのはどうだろうか。
異世界、しかも王女様といえば政略結婚!
異世界転生してまで、恋愛しなくていいと思う。
しかもここは、国盗りゲーの世界だし?乙女ゲーに転生したわけじゃないんだから、恋愛要素はskipして、合理的な結婚をしてくれそうな相手と割り切った関係性を築けばいい。
「決めた!私は政略結婚をする!」
さらりとした銀髪をかき上げ、私は高らかに宣言するのだった。