政略結婚を宣言します【前】
いよいよ結婚相手を指名する時間が迫り、私は決意の表情でドレスを纏う。
今日の戦闘服は、黒。
ドレープ多めのスカートは、紫のコサージュや宝石がちりばめられている。
首回りまでレースで覆われているデザインは、私の淋しい胸元を目立たせないため。好戦的で傲慢な王女に見えるよう、威圧感たっぷりの黒を選んだ。
銀色の長い髪は、すっきりまとめて黒の髪飾りをつける。
「「お綺麗ですにゃ、フェアリス様」」
「ありがとう」
準備をしてくれたシルキーとブラウニーに自信たっぷりに微笑みかけ、私は部屋を後にした。
居室ではジョーくんが待っていて、着飾った私を見て満足げな顔をした。
私はこれから軍議でも行うかのように、悪い顔で告げる。
「作戦変更よ」
「はい」
ジョーくんが真剣な顔で私を見つめた。
「これまで準備してくれたものは、いらなくなっちゃった。悪かったわね」
この一言で、ジョーくんはすべてを察してくれた。ふっと笑って、「はい」と返事をする。
「オルフェードのことは本当によろしいので?」
前を向いて歩きつつ、最終確認のようにジョーくんは言った。
「ええ」
よろしいも何も、私の目的は国だから。婿ではない。
薄情な女だと、仕え甲斐のない上官だと思うだろうか。
裏切ったと、そう思われるだろうか。
「もしも来世があったなら、そのときは私から告白でもしようかしら」
そんなことをふと思いつく。
「オルフェードは、そんなに気長におとなしく待っているような男じゃありませんよ」
「言ってみただけ」
今日に限って、広すぎるくらいの城が狭く感じた。
もうすでに、王族以外の候補者や国の重役らは揃っているだろう。
いざ、謁見の間へ。
派手な赤い扉を、成人男性が二人がかりで開けてくれる。
私は深呼吸をし、笑みを浮かべて中へと入っていった。
謁見の間には、ひと月前と同じメンバーが集結している。
さらには、議会に名を連ねる貴族らの姿もある。ざっと五十人といったところか。
ナミアーテは真っ赤なドレスを着て、いつもより大人っぽい装いにしている。
私が一歩足を踏み入れると、じろりと睨まれた。相変わらず敵意むき出しだ。
アクアニードも待機していて、私に魅了をかけて操ろうとしておきながら、彼は余裕の笑みを浮かべている。証拠がないから、この段階で捕縛できないと思っているのだろう。
意外と抜けているんだな、と思った。
あなたが相手をしているのは、卑怯も実力のうちと開き直っている戦姫ですよと教えてあげたい。
「ごきげんよう、フェアリス王女殿下」
アクアニードは、赤い髪をオールバックにして正装を纏っている。
爽やかなその姿は、優しい好青年にしか見えない。
「ふふっ、その豪胆さは褒めて差し上げる」
「光栄です」
微笑み合う私たち。けれど視線がかち合った部分は、バチバチと雷でも光っていると思う。
扇を握りつぶしそうになりつつも、大人の対応をした(?)私はスッと妹の隣に立つ。
「元気そうね、ナミアーテ」
「お姉様も」
黒いドレスの私。真っ赤なドレスのナミアーテ。
対称的な二人が隣に並ぶ。
定位置に収まった私は、ちらりとオルフェードに視線をやった。私と目が合った彼は、意味ありげに口角を上げる。どうやら今後は、悪フェードのままで過ごすのかな?
ちょっとだけ残念。
まぁ、本性を隠したままっていうのもそれはそれで悲しいんだけれど。
私がにこりと笑うと、彼は意外そうに目を瞬かせる。
怒ったり拗ねたり、動揺するとでも思ったか。
唇だけで「ごめんなさいね」と告げておく。
すると、彼は意味がわかっているのかわかっていないのか、より笑みを深めて楽しげな雰囲気を醸し出した。
伝わっているの?
私はあなたを選ばないのよ?
オルフェードが何を考えているのか、さっぱりわからない。
あれほど情熱的な告白をしておいて、選ばれなくてもいいっていうの?
しかも、お返しとばかりに「俺の方こそごめんなさい」と彼の唇が動く。
どういう意味なんだろう。
私が欲しいのは国であって、恋とか愛とか、見目麗しい夫ではない。
お姫様抱っこされたり、耳元で囁かれたり、守ってあげたいって言われてキスされて、すぐ堕ちるような女じゃないんだから。
そう、断じて。
そう、まだ大丈夫。…………多分。
オルフェードの姿を見ていると、決心が揺らぎそうで怖い。だから私はスッと背筋を伸ばして前を向く。
父と母が並んで登場し、豪勢な椅子に座ったところで、謁見の間の緊張感がさらに高まった。
最初は形式的な報告が続き、最後に私たちの結婚相手についての審議がやってくる。
「フェアリス、ナミアーテ。二人の心は決まったか?」
石造りの謁見の間に、父の低い声が響く。
そして、いよいよ発言をと思った矢先にナミアーテのすすり泣く声が響いた。
「ううっ……!お父様、わたくしはお一人を選ぶなんてできません。皆さんとても優しくて、頼もしいお方ばかりで、わたくしのことを愛していると言ってくださいました」
隣で涙する妹を見て、私は「あ~あ」と呆れていた。
おとなしくダンテを選んでいれば、それなりの未来が得られたのに。
王族としての責務より、国民の暮らしより、愛を取るなんてばかばかしい。
用意された相手が全員ろくでなしならば、好きな人に走っても仕方ないけれど……。
エインリッヒの女癖の悪さについては、父王に報告済みだ。
でも返事はあっさりしたものだった。
『ダメ男を見抜くのも見合いの醍醐味だろう?健闘を祈る』だってさ。
娘がろくでなしを選んだらどうするつもりなんだ。
おもしろいことを優先しすぎるなんて、国王がやっていいことじゃないでしょう。
父に期待しても仕方ないので、私はわざとらしく涙を見せるナミアーテに向かって澄ました顔で言い放つ。
「選べないのであれば、選ばなければよいのでは?」
多分、ナミアーテも昨夜のことを聞いたんだろう。
ダンテがアクアニードに夜這いしたという、噂話を。
本当に夜這いしたんだけれども、ダンテは単純に魅了にひっかかって、さらにオルフェードに撃退されただけ。利用されただけに過ぎないんだけれど、ナミアーテにそれを推察することは到底無理だ。
エインリッヒの女癖の悪さにはもちろん気づいているだろうし、ダンテは男色だし、アクアニードは自分に接近してこなかった。
ナミアーテは候補者の仕切り直しがしたいんだろうけれど、それは私とは関係ないところでやってもらいたい。
「陛下、ナミアーテはこのようにか弱い王女です。例え伴侶を得たとしても、弟の後見ができるとは思いません。わたくしは、ナミアーテの伴侶はもっと時間をかけて再考することを願います」
「ふむ、それについては別途考えよう」
お父様は案の定、私の意見に反対しなかった。
ナミアーテが2人と不適切な関係になってしまったことは、すでに報告を上げている。ナミアーテ程度の女に篭絡される男なんて、とても国づくりは役立たないとも思うしね。
私としては、ナミアーテとまだ見ぬ伴侶を後見人から外せればそれでいいんだし、妹をすぐに結婚させる必要はないのだ!
自分から「選べない」って言ってくれて、本当にありがとう!ダンテ、ごめんね!
第一関門突破、と安堵した私に向かい、父王が尋ねた。
「ならば、そなたは誰を伴侶に望む?」
いよいよ本題だ。
私は背筋を伸ばし、父に向かっておねだりをする。
「その前に、お父様にお願いがございます」
わざとらしい?
それでも父は、こういう演技がかった遊びがけっこう好きだったりする。案の定、楽しげな声音で乗ってきた。
「なんだ?かわいい娘の願いだ、なるべく聞き届けよう」
「まぁ、うれしい!」
胸の前で手のひらを合わせ、喜びを表す。
「七国戦争で出兵した褒美として、ウェルディア、ネスト、ルクレーアの三国の統治権をいただきたいわ」
「「「なんと……!?」」」
周囲の貴族らがざわつく。
父は堪えきれないという風に、クックッと喉を鳴らして笑った。
外野がざわつくのも、父が笑うのも当然だ。
国土の半分を寄越せと私は言ったのだから。
この三国は、私がトンネルをぶち抜こうと思っていた国々である。
領土は広大だけれどそれほど富んでいるともいえないので、はっきり言ってお荷物領土といえる。
私は勇ましい王女殿下らしく、決して妥協はしないと口元の笑みに自信を持たせた。
父は笑いを変に我慢しすぎて、口元がヒクヒクしている。
それを見た私は、おねだりが成功すると確信した。
「統治権は、七国戦争の褒章として所望いたします。わたくしは第一王女直轄部隊を率いてそちらへ移り住み、三国の発展に尽力しましょう」
「ふむ。だが、そうなると王太子の後見はどうする?」
私は微笑みながら首を傾げた。さも「今気づいた」という風に、わざとらしく。
「どうしましょうか?あぁ、いっそわたくしの名代として、オルフェードをこちらに残しましょうか?」
オルフェードを一瞥すると、私の提案を本気にしたのかちょっと眉根を寄せて嫌そうな顔をしていた。
父は冗談に悪のりする。
「それはおもしろい」
「でしょう?」





