恋をしてくれとはいいません
オルフェードと踊った後は、騎士や魔導士たちを労う会に参加し、気づけば二時間ほど経っていた。
テラスに出ると、満天の星空。
秋の澄んだ空気が心地よく、私はテラスの柵に手を置いてほろ酔い気分を満喫する。
お酒はちょっと口をつけただけだったけれど、ほどよく身体がポカポカして気分が高揚している。
「危ないですよ、お一人では」
振り向くと、そこには穏やかな雰囲気で微笑むオルフェードがいた。
こうしていると、私が見た悪フェードは見間違いだったのではと思ってしまうくらい普通だ。
彼はそっと私に近づき、笑みを深める。
「酔いが回った騎士に何かされたらどうするのですか」
「何もされないわよ。倒せるし」
「そうですけれど」
小さな声で「心配だったんです」と聞こえてしまい、私は気まずくて目を逸らした。
喧騒と音楽が緩やかに耳に届き、私はふとオルフェードに尋ねる。
「今のあなたはどっちなの」
「どっちとは?」
建て前か、本性か。
けれどどう表現していいかわからず、言葉に詰まる。
隣に立つ彼はくすっと笑い、身体ごとこちらに振り向いた。
「ちょっと急ぎすぎたかなって反省しました。それに、フェアリス様が望むならかわいいままでいますよ?」
そのセリフに私は眉根を寄せる。
「おかしいわ、そんなの。私のために自分を偽るなんて」
「そうでしょうか?」
彼は困ったように笑った。
「俺にとって、あなたがすべてなんです。あなたが手に入るなら『俺』が死んでも構わない」
「どうしてそんなに……」
売られそうなオルフェードを私が買って、呪術師として育てたから?
でもそれなら、将軍だって私と同じくらいオルフェードのことを助けてきた。
「なんで」
あぁ、私の口からはもうそれしか出てこない。
オルフェードは口元に笑みを浮かべ、まっすぐに私を見下ろした。
「ルクレーアにいた頃、俺は伯爵家の嫡男として何不自由ない生活をしていました。魔法のことも、まぁ使えればいいかなくらいにしか思っていなくて。けれど、ルクレーアが敵国に呑まれ、民衆が暴徒化して俺の人生は一変しました」
オルフェードの父親は、とてもいい領主だったと聞く。家族を愛し、使用人や領民からも慕われていたと。
けれど、戦時下で暴徒化した民衆は手当たり次第に貴族や金持ちを襲撃した。
オルフェードがその際に逃亡に失敗し、奴隷商人に捕まってしまったことは知っている。
「父は最後まで正しい人でした。でもその正しさは、生き残る強さではなかった」
王都で散ったオルフェードの父は、家族を妻の実家に託した。
「叔父に裏切られ、俺と妹は何が何だかわからぬままに追っ手に殺されそうになりました。妹だけは助けなければ、そう思って昔馴染みの医者を頼って妹を預けました」
「それで逃げ遅れたのね」
オルフェードの妹さんは生まれつき身体が弱かったから、父親の友人が手配してくれた船に乗って逃げる体力がなかった。だからオルフェードは最短ルートで港へ向かわず、医者に妹を預けたが、その後に奴隷商人に捕まってしまったのだ。
「今なら、あの時は皆が皆生き残るために必死だったとわかります。けれど、俺は信じていた人たちにことごとく裏切られ、命からがら逃げて、あげくに叔父に騙されて奴隷落ちです。この世のすべてを恨んでいました」
こんな話をするときまで、オルフェードは少しだけれど笑っていた。
泣き笑いのような顔に見える。
どれほど悔しかっただろう。
どれほど怒りを持っただろう。
どれほど絶望しただろう。
私には想像も及ばないけれど、オルフェードは「もう過ぎたことですが」と付け加えた。
「フェアリス様のことだって、最初は生きていくために付き従いました。選択肢などありませんでしたから」
「そうよね……」
あああ、幼気な少年を、将来有望な呪術師になるって知っていて買ってくるなんて……
私ってなんてゲスいことをしたんだろう。
せめてもの償いに、オルフェードには幸せになってもらいたいと心底思う。
「けれどフェアリス様は、俺のことを大事にしてくれました。身内にも裏切られた俺を、駒のようには使わなかった」
「…………」
めちゃくちゃ駒のように使っていた記憶しかない。
私はどきどきして目を泳がせる。
「あ、もちろん、経験値10倍だーって言ってダンジョンに放り込まれたり、アンデット1000体と耐久バトルさせられたり、ときどき『この人は悪魔なんじゃないかな』って疑問に思ったこともありましたが」
ひぃぃぃぃ!!
いい笑顔でそんなこと言わないでぇぇぇ!!
メンタルが瀕死の私を見て、オルフェードはあははと笑った。
「それでもあなたは、自ら俺を看病してくれた。そばにいてくれました」
「それって」
大事なイベントの前日に、オルフェードが高熱を出して寝込んだときのことだ。
林檎を擦って食べさせて、普通に看病しただけなんだけれど。
「俺は国が滅んでから、誰のことも信じられなかった。けれどフェアリス様のことだけは、信じたいって思ったんです。単純でしょう?あのときからずっと、この人が欲しいって思い続けてきたんです」
「オルフェード……」
「俺は機をみていたんです。あなたを手に入れるチャンスを狙っていた」
そう言いながら、オルフェードはそっと私の頬に手を伸ばす。
思わずびくっと肩を竦めた私を見て、彼はその手を止めた。
「俺に恋をしてくれとはいいません」
青緑色の瞳が、情熱的に訴えかける。
「俺と一緒に堕ちてください」
「重いな」
まだ恋をしてくれって言う方が、爽やかでライトですけれど!?
オルフェードは私が動揺している隙に、ちゅっと額にキスをした。
「ちょっと!上官へのセクハラは禁止よ!」
慌てて飛びのくと、ぱっと手を掴まれてしまう。
心臓がバクバク鳴っていて、顔どころか全身がアツい。
だめだ。
やっぱり、こんな結婚は間違っている。こんなに想われていては、とうてい政略結婚なんてできない。
「あなたは私のことを過大評価しすぎよ!私だって、いざとなったらオルフェードを裏切らないっていう保証はどこにもないわ!」
「そうですか?」
「そうよ!だって私は……」
ずっと黙っていたことを、私は告白した。
あれは私の初陣のこと。
オルフェードと出会う前の話だ。
当時十二歳だった私は、ゲーム知識を使って国を統べたかった。けれど、十二歳の王女をいきなり戦場へ出してくれる親はいない。
だから私は、ジョーくんたちを使って情報を集め、さも現状から策を導き出したかのようにみせかけて自分の力を示した。
「国境にあるコーズの街に、隣国が攻め入ってくるってわかっていたの。でもそれは囮。本来の敵の標的は、副首都であるノルエンだった。山脈を越えて、秘密裏に兵が動いていた」
ここで囮に引っかかると、コーズの街は助かるけれど副首都がやられる。二千名の兵士が命を落とす。
「私はノルエンで敵を迎え撃つ作戦を、父に進言したわ。コーズの街の護りに割くはずだった人員まで、全部ノルエンへ向かわせろって」
結果は、数の上では大勝利だった。
ゲームでもそうする方が正解で、私はただシナリオに従って攻略しただけ。
けれどここは現実だから、見捨てられたコーズには当然大きな被害が出る。
「私は、あなたが思うような優しい人間じゃない。こんな私が、あなたを土壇場で裏切らないって保証がどこにあるの?」
こんな壊れた女と結婚するよりも、オルフェードには彼をそばで支えて優しく包み込んでくれる人と結婚して欲しい。
必死で説得したつもりが、オルフェードから返ってきたのはより辛辣な意見だった。
「俺ならそのままノルエンから兵を進め、敵国の首都に攻撃します。犠牲など顧みず、一気に城を抑えて王族を盾に取り、全員を始末して属国化しますね」
「…………はい?」
「だって、それが戦でしょう?甘いこと言っていたらこっちがやられるんです。犠牲を少なくするのは、上に立つものとして当然のこと。俺はそんなことくらいでフェアリス様に幻滅したりしませんよ?諦めたりもしません」
「えええ」
最後の切り札、として持ち出した私の話をあっさりと許すというオルフェード。
唖然とする私を見て、彼はなおも宣言した。
「俺のことを欲しいと思ってくれなくてもいい。俺がフェアリス様のものなんだから。でも、他の男のものになるのは許せない。そうなると今度こそ大陸全土を掌握して、フェアリス様に捧げるから結婚してくれって言わなきゃいけなくなります」
「だからその気持ちが重いのよ……」
何を言っているんだ、この子は。
自分で育てておいてアレだけれど、とんでもない最凶呪術師になってしまっているのでは!?
早まるな、君の未来はまだまだ可能性がある。
そんな熱血教師みたいなことを言いそうになるけれど、多分彼には届かないんだろう。
もうどうすればいいのやら。
お手上げ状態の私を見て、オルフェードは腕組みをしてくすりと妖艶な笑みを浮かべた。
「もう諦めればいいんじゃないですか?」
うわぁ、出た。本性出た。
悪フェードが出てますよ!
「ちょっと考えさせて」
はぁっとため息を吐くと、間髪入れずに突っ込まれる。
「それは前向きに?」
「うっ」
「ま、前でも後ろでもどっちでも俺になるように用意はしましたが」
「用意って何!?」
「さぁ」
「さぁってあなたが言ったんでしょう!?」
思わず声を荒げると、オルフェードはうれしそうに笑った。
あまりに楽しそうなので、私は不満げな目を向ける。
「何よ」
「だって、俺のことでこんなに取り乱してくれてるんだって思ったらうれしくて堪らないんです」
あぁ、もう口では勝てそうにない。
武力でも魔力でも勝てない。
うわ、もしかして詰んでる!?
オルフェードはスッと手を差し述べ、私の手を取る。
見つめる目は、愛おしいという感情を隠しもしない。
「さて、そろそろ戻りましょうかフェアリス様。これ以上あなたを虐めたら、怖い人に叱られそうなんで」
周囲を見回してみると、会場側の柱の陰から音もなく黒ずくめの男が姿を現す。
「ジョーくん」
わざと見えるようにナイフを構え、オルフェードを睨んでいる。
そういえば護衛のジョーくんがいないわけはなかった。
ホッとしたのも束の間、オルフェードはそっと私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「前向きに、考えてくださいね?」
「っ!」
夜風が冷たく思えるほど、頬がアツい。
「いきましょうか」
あぁ、またかわいい顔に戻っている。
悔しいかな、このかわいさの前に抗えない……!
まだまだ盛り上がりを見せる戦勝祝いの会場。私はオルフェードと共に、男たちの輪の中へと戻っていった。





