恋とか結婚とか向いていない
どうしよう。
結婚相手を決める期日まで、あと1週間しかない。
そう!もうあと1週間になっちゃっていますよ!!
トンネルのことに時間を割きすぎた。
自室に引きこもっていた私は、これまでの奮闘を思い返す。
「フェアリス様は、がんばっておられましたよ?」
侍女のシルキーが優しい声で慰めてくれる。でも、もう終了したみたいな空気を醸し出すのはやめて?
「にゃにゃ?フェアリス様なら一生一人でも生きていけそうですにゃ。問題ないのにゃ」
侍女のブラウニーが、普段は「にゃ」なんて言わないのに、私を慰めようとしてわざわざ猫っぽく話してくれる。何この子たち、かわいすぎる。
二人を両手でぎゅうううううっと抱きしめていると、ジョーくんが鋭いツッコミを放った。
「いえ、何も進展しませんでしたよね?トンネル採掘の企画書ができただけですよね。フェアリス様のその頭脳はやはり国づくりに役立てるべきであり、伴侶にはよりあなた様を引き立てて盛り立てる者をさくっと選べばよろしいのでは」
「さくっと選べないから困ってるんでしょう!?あと、私はそんなに秀でた存在ではないから」
私だって一応、がんばってお茶はしてみた。
すでに妹に篭絡されたであろう騎士団長の息子のダンテとも、そしてアクアニードとも。
けれどダンテはナミアーテの話しかしなかった。
どうやったら心を傾けてもらえるかって私に聞いてくる始末で。
アクアニードに至っては、今後の政局や併合した国々との意見交換会を開きたいねとかそんな話ばかりしていた。
あれは罠?私と恋とか愛とか、家族になりたくないからあんな話ばかりする?
いやいや、でもどう考えても最初に話を振ったのは私だったような。「お美しい」とか「瞳の煌めきを眺めていたい」とか口説き文句を並べられると、意識が遠ざかるのよね。
宝石を見ても、これに魔法を仕込んで贈りつけたら武器になるなとか思っちゃうし、採掘先の近くに観光地を作ってみようかとか考えちゃうし、目の前の相手より生産地の方が気になる。
「あ、そういえば」
すました顔で立っているジョーくんに、私は今朝起きたことを話した。
「部屋の前に、ねずみの死骸がラッピングされた箱に入って放置されていたの」
私が見つけたんじゃなくて、使用人が見つけたんだけれどね。
「ほぉ、それはまた……ファンシーですね」
「どこが」
犯人は絶対にナミアーテだ。ナミアーテが侍女か下級兵にでも指示したんだろう。
やれやれ、と私がお手上げポーズを取ると、ジョーくんは顔色一つ変えず言った。
「嫌がらせにしてはかわいい、という意味でファンシーだと申したのですよ」
「まぁ、そうよね。貴婦人が嫌がらせするかどうかはわからないけれど、貴婦人界ではなかなか醜悪な嫌がらせなんだと思うわ。けれど本気で相手のメンタルを抉りにいくなら、ねずみなんかじゃなくて家族や親しい者の首を送りつけるのが一番よね」
「「にゃ!!」」(肯定)
「つまり、私への嫌がらせがしたいなら、ジョーくんの首を」
「フェアリス様は私めの首で、恐れおののきますか?」
自分のことなのに、彼は腕組みしながら世間話のような雰囲気で首を傾げた。
「恐れおののくわよ。ジョーくんを狩れるくらいの暗殺者を、私がスカウトし損ねていることにゾッとする」
「「そっちにゃ!?」」
だいたい、ナミアーテはわかっているんだろうか。
私の部屋の前にねずみ入りのプレゼントを放置したとして、それが私の目に届くわけがないってことを。侍女や侍従、護衛が発見して即撤去だ。
「そもそも姉妹で争う必要ある?今のところ、私は誰ともいい感じになっていないのに。ナミアーテの恋敵にすら私はなれていない」
「「「そうですね!」」」
力いっぱい同意されるとちょっと凹む。
「はぁぁぁぁ……」
ため息をつく私を、侍女2人とジョーくんが哀れみの目で見つめてきた。
「もういっそ、オルフェードを婿にもらってはいかがですか?」
ジョーくんがいきなりそんなことを言うものだから、私はびっくりして顔を上げた。
「驚いた。ジョーくんはオルフェードと仲良くないのに」
「それとこれは話が別です。あれは優秀ですから、それに顔もよく見れば及第点」
「あなたどの立場でその評価を下しているの?」
顔は文句なしで第一位よ!!かわいいの物質化よ!!
「フェアリス様と子を成した場合、88.9%の確率で高い魔力と才能が受け継がれるでしょう」
計算が細かい。
そしてここで私はあることに気づく。
「もしかして、ナミアーテが誰かと進展があった?」
そう尋ねると、ジョーくんは静かに頷いた。
「ナミアーテ王女殿下は、二夜連続でダンテとエインリッヒと寝所を共にしております」
「はぁぁぁぁぁ!?」
何やってるあの子!
「そんなこと……もしも子ができたらどっちの子かわからなくなるじゃない!あああ、大変。今すぐ騎士団長と魔導士団長に相談して、形だけでもどっちかの家に入れてしまわなくては。そうなると騎士団長の家の方がいいわね、家格もいいし確かご夫人が亡くなっているから姑からいびりもなさそうだし、それにあの家なら他に息子がいないから、結婚後にナミアーテが兄弟を惑わす心配がない。よし、ご祝儀をはずんで、郊外に家を持たせて出産まで押し込みましょう」
「一瞬でそこまで計算できるのはさすがですが、避妊薬を飲んでいるから大丈夫だと思います」
「え、そうなの?」
私の早とちりだった。
けれど、妹の素行不良に頭が痛い。これは父に要相談で報告を上げておこう。ちらりとジョーくんを見ると、「もう報告を上げました」と頷いてくれる。
「で、アクアニードは?」
そうだ。ハーレム形成されているなら、私に選択肢はない。
「いえ、誘われていましたが断っておられました。明言せず、かわすといった方がいいでしょう」
ジョーくんの持つ諜報部、本当に優秀。
「ナミアーテのゆるい男関係が嫌なのかしら。それとも、手に入らないことで自分の値を上げる作戦?」
わからない。
パートナーとして割り切って私と婚姻を結ぶ方がいいとでも思っているのだろうか。
でもそんな風にも思えないし。本当によくわからない男だ。
悩む私にジョーくんがさらっと告げた。
「目的が視えませんから、アクアニード様に関してはフェアリス様が直接探ってみてください。私としてはもうオルフェードでいいのではと思うのですが、そうなると国政に携わるのはかなり難しくなります。現状、ナミアーテ様があの二人のどちらかを選び、あまりもののアクアニード様をフェアリス様が引き受けるようなパターンになりそうな気はしますが」
「あまりものって」
一応、アクアニードはこの国で一番の有力な結婚相手ですよ!?
眉目秀麗、性格温厚(推定)、で家柄も公爵家、宰相子息ですよ!胡散臭いけれど。
「私の恋愛レベルがもっと高かったら……!」
「「今さらだにゃ」」
「魔力の相性さえクリアできれば……!」
「「無理ですにゃ」」
侍女2人にばっさり切られた。
獣人の方がその辺りは敏感だから、魔力の相性が合わない相手と一生を共にするなんて地獄だと思っているみたい。
「はぁ……」
頭にちらつくのは、優しく微笑むオルフェードの顔。ジョーくんは推してきたけれど、あんな優しい子を巻き込めないわ。
アクアニード以外の人と結婚しても、私が国政に携わる方法についてはずっと考えていた。そして私は一つの結論に行き着いているんだが……
「オルフェードを、結婚という形で巻き込むのはあまりに酷よ」
シルキーとブラウニーのしっぽがゆらゆらと揺れ、心配そうな眼差しで見つめてくる。
「もう、第三の選択しかないわね」
ふわふわの耳を撫でつつ、私は決意の目でジョーくんを見る。ええ、今の私はきっと悪い顔をしている。けれどこれが私らしいとも言えよう。
「本当にいいのですか?おそらく先方は飛びつくでしょうが」
ジョーくんはあまり乗り気ではないようだ。
「ええ、構わないわ。書簡を送って、すぐにオルフェードに飛ばしてもらえばまだ間に合うはず」
ふふふ、誰だって利益になるなら協力してくれる。そう、それが国に関わることならなおさらだ。
私は下克上ともいえるこのチャンスを、虎視眈々と狙っていた。そのためにジョーくんの諜報部を動かし、いつ役立つかもわからない情報を集めていたんだから……!
「ま、何とかなるかしら?なるわよね?」
「「「どうでしょう」」」
「…………」
静かな部屋に、私のため息が響いた。





