国盗りゲームに転生したので国盗りしました
「フェアリス王女殿下だ!」
「きゃぁぁぁ!」
「姫様―!」
初秋の風が心地いい、アルフヘイム帝国の王都にて。
約十年もの間繰り広げられた「七国戦争」の勝利を祝う凱旋パレードが行われていた。
主役は、この国の第一王女であるフェアリス・ガルシア。
白馬が引く屋根なし四輪馬車に乗る王女は、二十歳で大陸の半分を掌握した戦姫である。
長年膠着状態だった戦況を一気に覆したのは、この王女の天賦の才が大きい。
十六歳で影の知将と敵国から恐れられ、まるで敵の動きを知り尽くしているかのような大胆な戦術で敵味方問わず恐れられている。
「みんな、ありがとう~!」
だがその姿は、どう見ても年若い可憐な姫君。
ライムグリーンのドレスに身を包んだフェアリスは、美しい銀髪をなびかせて民衆へ手を振る。黒い瞳は知的で凛々しく、大人びた顔立ちは頂に立つ者にふさわしい風格を感じさせた。
フェアリスの華奢な体躯は、厳つい男たちが駆けまわる戦場には似合わない。本人いわく凹凸のないスレンダーすぎる身体は、周囲の人間には神秘的なものに見える。
「姫様のおかげで、ようやく平和が訪れるわね」
「あぁ、近隣諸国との貿易も盛んになるだろうし、兵役に出ていた男手も戻ってくる。街が活気づくぞ!」
「ありがたや、ありたがや……!」
その神々しい姿を見た民衆からは、天から舞い降りた御使いではないかとまで褒めたたえられた。
(あぁ……!コレよ、コレ!エンディングはこうでなくちゃ。それにしても、こんなに達成感があったのは初めてだわ~)
手を振るフェアリスは、涼やかな微笑みの下で歓喜に震えた。
それもそのはず、この世界は彼女が前世でクリアしてきた『ゲーム』とは違う。
彼女が生きているのは、あくまで現実。
生きるも死ぬも、自分の知識と手腕次第という過酷な世なのだから――――
(パレードはエンディングで観たとおりね。無数の花びらが舞う大通りを、お城に向かって進む。それにしても遅っ!馬車、進むの遅っ!)
優雅に手を振りながら、頭の中には雑念が浮かんでは消え、浮かんでは消え。
(あー、民衆からの羨望の眼差しって快感。特に、私のことをいつまでも認めなかった各部隊の将の顔ったら……。ざまぁみなさい!)
勝ち誇った顔を見せるのは、今ではない。
今はまだ、あくまで国民想いの王女として殊勝な態度で臨むと決めていた。
その本心に気づく者は、熱狂する民にはいない。
(さぁ、今後の復興はどうしましょうか。これからは何のシナリオもないし、クエストもイベントもない。私の国を作るのよ!これまでとは別の意味で頭を使いそうだわ~。楽しみ!)
ゲームと現実をうまく調和させることは、並大抵の苦労ではなかった。若さと性別で侮る者たちをことごとく屈服させ、ときにしなやかに、ときに大胆に行動してこの七国戦争を終わらせた。
(やっと少しはゆっくりできるのね……!まずは何をしようかしら。今の領地をもっともっと栄えさせるのもいいし、新しく国をもらって観光を盛り上げるのもいいなぁ。儲かっているクレープ屋を世界進出するのも大事だし、ああ、やることがいっぱいで困るわ~、って困らないけどっ!)
ついに隠しきれなくなったニヤニヤを扇で隠したとき、隣に座っていた補佐官のジョーエスから秘かに声がかかった。
「フェアリス様」
「何かしら?」
声を潜めて呼びかけられると、フェアリスも無意識で声を落とす。
ジョーエスは、顔の右側で一つに結んだ黒髪が美しい中性的な顔立ちの美形補佐官。
正装の上に黒のフロックコートを羽織り、トレードマークの眼鏡をかけて柔らかな笑みを浮かべている姿は模範的なサポート役だ。
内面には色々と問題がありすぎるのだが、見た目は多くの女性が見惚れる26歳の美丈夫。
そっと顔を寄せられて耳元で囁かれると、普通の令嬢であれば頬を染めるくらいにはなるだろう。
けれどフェアリスは顔色一つ変えず、至近距離でジョーエスの瞳を見つめる。
「よかったですね。国盗りが終わったので、これで婿取りができますよ」
「え」
ピクリと眉を動かし、頬を引き攣らせるフェアリス。結婚問題は、今一番考えたくない事柄である。
婿取りは、王女として生まれたからには避けて通れない。避けられないという観点では、王女キャラのクエストといえる。
それに、王位を継ぐ弟はまだ5歳。父王が健在ではあるが、万が一のことがあれば弟が即位するまで自分と婿が国のかじ取りをしなくてはいけない。
とはいえ、やっと戦が終わったという段階で早くも婿取りなんて……というのがフェアリスの本心だ。
「ジョーくんそれ本気で言ってる?ちょっとのんびりして、ぐうたらして、国内を見て回って……婿取りのことはその後にゆ~っくり考えたいんだけれど」
結婚なんて、面倒すぎる。
「そんなことしている間に、十年は経ちますよ」
「うっ」
今後、結婚をどうするかなんてパレードの真っ最中に話すことではない。絶対に場違いだ。
けれど、ジョーエスは無言の圧をかけてくる。これまでフェアリスがのらりくらりと躱してきたから、逃げられない今を選んだのだろう。
「その優秀な頭脳は、必ず受け継がせないといけませんよ?」
フェアリスを崇拝するジョーエスは、本気で彼女の才能を後世に遺すべきだと思っている。けれど彼女は自分を過大評価していなかった。
(優秀な頭脳って、基本的にはゲームシナリオに沿ったからできたことなんだよね~。努力はしたけれど。あえて言うなら、前世の私が1日12時間はゲームできるような集中力のある人間だったことが才能。それしかない)
笑みを崩さず手を振り続ける王女に、ジョーエスはにこやかな顔で圧をかけ続ける。
「さっさとお相手を決めてください。戦場であれだけ多くの男たちを見てきたんです、気に入った者の一人や二人いたでしょう?」
それがいないから困っている。
はっきり言って、生きるか死ぬかのときに恋などしている場合ではなかった。
(気に入った者って、能力値が高くて気に入ったキャラはいたけれど。男として意識したことはないわね)
「気に入った者って、部下として気に入っている男性なら何人もいるけれど」
「そういう意味ではございません、もちろん」
「ちなみに一番気に入っているのは、フラヴィオ将軍よ」
「白髪のおっさん将軍とは結婚できません」
できないってことはないでしょう。
あ、だめだ。将軍には妻子がいるわ。
フラヴィオ将軍は白髪短髪のイカツイおっさん将軍である。身長200センチ、巨大なバトルアックスで敵をなぎ倒す45歳で、私のことを娘のように思ってくれている人だ。
「せめて三十代、いや、二十代でお願いします」
「ですよね~。あぁ、もういっそジョーくんが私と結婚する?」
そう言ってちらりと視線を向ければ、その端整な顔が嘘くさい笑みを貼り付けていた。
無言で微笑んでいるが、「何言ってるんですか、バカなんですか?」と辛辣な声が聞こえた気がした。
「冗談よ」
「当たり前です」
ぴしゃりと断られ、フェアリスは不服そうにジョーエスを睨む。
(ま、私だってジョーくんはお断りよ。あ~あ、生まれ変わってから好きな人すらいないって、まだ20歳なのに私の乙女心は生まれずして死んでしまったのかも)
「いいですか?王族の結婚というのは、本来であればもっと若い時分に相手が決まっていることも多いのです。フェアリス様は戦場を駆けまわりすぎて、すっかり婚期を逃しています。それなのにまだ先送りしたいなんて、亡き王妃様が地獄で哀しんでいらっしゃいますよ」
「なんで私のお母様が地獄にいるって決めつけているの!?」
「それは、あなた様の母上ですから」
「どういう意味だ、どういう」
「あぁ、そういえば戦勝祝いのパーティーは見合いの場になりますので、必ず着飾りまくってくださいね?あなた様はそもそも……」
ゆっくりゆっくりと進む馬車。
再び始まったジョーエスの苦言を聞いていると、望まぬ地へ連行されている気分になる。
「お城が監獄に見えてきたわ」
「似たようなものですが、違います。城に戻れば、これから山ほど縁談が来ると思いますので、その中から選ぶかそれともご自身で見つけ出すか、少なくとも1年以内に片付けていただきたい」
「1年!?そんな無理ゲーな」
もういっそ、本気でジョーエスを婚約者に据えてしまおうか。
そんなことが頭をよぎるフェアリスだったが、自分もジョーエスも夫婦というには無理がある。
戦友。それ以上でも以下でもない。
例え裸で同じベッドに入ったとしても、何も起こらないとわかりきっているのがこの二人だった。
「まぁそのうち、何とかなるわよ」
ジョーエスからの視線が痛い。
国盗りには興味があるが、恋愛や結婚には興味のないフェアリスだった――