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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄から始まる百合堕ち物語。

作者: 二橋 千手



「エルシアル・ド・ローゼンヌよ! お前との婚約を……破棄する!」



 ヴァルランド王国第二王子、ロイス・ジュナ・ヴァルランドの発した言葉に、ダンスホールの空気は凍り付いた。



「……で、殿下? 突然、何を……」



 ロイスに指を突き付けられ、戸惑う令嬢の名はエルシアル。


 長く美しい白銀はくぎんの髪に、メリハリのある肢体したい深紅しんくのドレスに包んだ彼女。

 王子の婚約者で、なおかつ成績優秀なエルシアルは、つい先程までこの魔術学院卒業パーティーの主役だった。


 ……しかし今は、違った意味で周囲の耳目じもくを集めている。




「『突然何を』……ではないっ!

 お前は、自分が犯した罪を覚えていないのか?!」


 激昂するロイス。


「……心当たりなど、ありませんわ。

 わたくしは、しゅちかって後ろめたいことなど、一切しておりませんもの」


 対するエルシアルは、動揺をすぐに収め、冷静に応対する。

 その姿はまさに対極であった。



白々(しらじら)しいことを!

 お前がアイラに対しておこなった悪行あくぎょうの数々、忘れたとは言わさんぞ!!」


「……アイラさんに対して、いったいわたくしが何をしたと?」



 唐突に出てきたその名前に、エルシアルは思わず首をかしげた。

 


 アイラ……きわった魔術の才を示したがゆえに、庶民ながらも特別に魔術学院への編入を許された少女。

 彼女とエルシアルとの接点は確かにあった、しかしそれがいったいなんだと言うのか。

 エルシアルは疑問を抱いたが、それは王子の怒声によってすぐに吹き飛ばされる。



「とぼけるな!

 貴族ではないアイラに対する差別行為、そして陰湿いんしつないじめ!

 多くの証言が上がってきている、ごまかせると思うな!」


「な……! そのようなことはいたしておりません!

 学院に不慣れなアイラさんに色々と教えて差し上げただけですわ!」



 エルシアルにはいじめをおこなった覚えなどまったく無かった。

 彼女は貴族の務め(ノブレスオブリージュ)として、ひとりの少女を手助けしたに過ぎない。


 ……少なくとも、彼女自身の意図はそうだった。



 しかし――。



「……はっ。今さら言い訳か?

 周囲の学生たちからも、『いじめているように見えた』との報告を受けている!

 いくら取りつくろおうとしても無駄だ!」


「そんな……」



 ロイスは自信の正義に酔っているのか、エルシアルの言い分に耳を傾けようとしない。

 そして……。



「いくらローゼンヌ侯の娘とはいえ、その行状ぎょうじょうは目に余る!

 民のことを思えぬ者を王家に迎え入れるわけにはいかん!」



 ……改めて、エルシアルは婚約破棄宣言を突き付けられるのだった。





***





(……なぜ? いったい、わたくしの何が問題だったというの……?)


 親に決められた婚約とはいえ、エルシアルは王子の妻としてふさわしくあろうと努力してきた。

 常に周囲への気配りを欠かさず、勉学にはげみ、嫁入り修行にも全力を尽くしてきた。

 

 何も間違ったことはしていないはずなのに……。

 誰かが自分をおとしいれようとしているのか?

 それとも王子が突然おかしくなってしまったのか?


 エルシアルの脳内は、答えの出ない疑問がぐるぐると巡るばかり。






 ……そんな、混乱するエルシアルのもとに、ひとりの少女が近づいてくる。

 

 栗色のショートヘアを編み上げた小柄な少女――彼女こそが、渦中かちゅうの人物、アイラだった。



「ロイス殿下……。……エルシアル様?」



 いまだに状況を把握しきれていない様子の彼女に、ロイスは打って変わって優しく声をかける。



「やあ、アイラ。ご機嫌はいかがかな?」


「あ、ええと、ご機嫌というか、びっくりしているというか……。

 その、今、『婚約破棄』って聞こえたんですけれど……?」



 明らかに困惑している彼女に、ロイスはなおも語りかける。



「ああ、聞こえていたんだね。

 そう、たった今、エルシアルとの婚約を破棄したところなんだ。

 ……というわけでアイラ、君と僕の結婚をはばむものはもう――」



「エルシアル様!!」



 しかしアイラは、ロイスのことなど眼中に無いかのようにエルシアルのそばに駆け寄る。



「……何、かしら」



 エルシアルは戦々(せんせん)恐々(きょうきょう)としていた。


 真実がどうあれ、王子に罪を追及された上に、被害者本人からも糾弾きゅうだんされては、”それ”が真実として広まってしまう。

 そうなれば、彼女の評判は大きく落ちるだろう。

 刑の宣告を待つかのような面持おももちのエルシアル。

 

 それに対し、アイラはなぜかエルシアルの前にひざまずく。


 そして、目の前の令嬢に向けて右手を伸ばし。




「……エルシアル・ド・ローゼンヌ様。

 一目見た時より、あなた様のことをおしたい申し上げておりました。

 ……下賤げせんの身の上で無礼は百も承知。

 ですが、どうか……」




「わたしと、結婚してくださいませんか」




 ……唐突に求婚したのであった。






 再び、空気が凍り付く。


 突然、王子が侯爵令嬢に婚約破棄を突き付けたと思ったら、今度は平民の少女が侯爵令嬢に求婚したのだから、反応できる者などいるはずがない。



 ……そんな中、一番早く再起動したのはエルシアルだった。



「……ア、アイラ?」


 エルシアルに向かって、右手を差し出したまま動かないアイラに声をかける。


「なんでしょうか、エルシアル様」


「あなた……。今、わたくしに求婚した、わよね?」


「はい、たしかに」


「……どういうこと? 何を考えているの?」



 身に覚えのない罪を糾弾されるのかと思ったら、唐突なプロポーズ。

 さしものエルシアルでも、アイラの行動がまったく理解できない。



「どうって……。エルシアル様のことが好きなだけですよ?」


 その答えに、エルシアルが再びフリーズする。

 


「そう……初めてお会いした時から、ずっと。

 エルシアル様……エル様のことを愛しているんです、わたしは!」


 そう叫ぶ、アイラの瞳はこの上なく真剣で。

 エルシアルは、彼女の告白が伊達だてでも酔狂すいきょうでもないことを感じ取る。


 ……しかし、戸惑いが無くなるわけではない。



「え……。あなた……」


「でも、エル様は殿下の婚約者でしたから、諦めていたんです。

 ……けど、たった今! 婚約を破棄されたっていうじゃないですか!!」


「え、ええ、まあ、そういうことになる……のかしらね?」



 エルシアルは、あまりの衝撃に婚約破棄のショックすら忘れてしまった様子で答えた。

 そんなエルシアルに構わず、アイラはどんどん前のめりになってゆく。



「婚約破棄されたってことは……わたしにもチャンスがあるってことですよね!?」


「え、ええと……」


「もちろん分かってます、身分の差があるってことぐらい……。

 ……けど、わたしは諦めない!


 結婚……してくれませんか?」




 その、あまりにも情熱的な瞳に。

 そして真摯しんし声音こわねに。

 エルシアルは気圧けおされるがままに頷き……。



「……って、駄目に決まっているでしょう」



 ――かけて思いとどまる。



「な、なんでですか!」


 本気で分からない様子のアイラを、エルシアルは冷徹れいてつな瞳で見つめる。


「わたくしは仮にもローゼンヌ家の一員。

 軽々(けいけい)に結婚を、しかも平民のあなたとするわけには参りませんわ。

 ……それに、そもそも女同士なのですから」



 さとすように語りかけるエルシアル。

 しかし……。



「……そうですよね!」


「分かってくださった?」


「いくらなんでも急ですもんね!

 もっとお互いのことを知ってからにしましょう、そうしましょう!」


「……アイラさん?」



 ……アイラは、エルシアルの言うことにまるで耳を傾けず。

 それどころか。



「――きゃっ!?」



 身体強化魔法を使ってエルシアルを軽々と抱え上げる。

 そして……。



「ロイス殿下!

 事情はよく分かりませんけど、エルシアル様との婚約を破棄してくださってありがとうございました!

 ……それでは失礼します!」


 呆然ぼうぜんとしたままのロイスに一声かけると、エルシアルをお姫様抱っこしたまま、ダンスホールを飛び出していく。



「………………あれ?」



 ロイスは完全に置いてけぼりであった……。





***





「はぁ、はぁ、はぁ……」


「あなたねえ……いつまでわたくしを抱えているつもり?」


「わわっ! すみませんエル様、つい勢いで……」



 エルシアルはアイラに連れられるまま、学院内の庭園までやって来ていた。

 色とりどりの花が咲き誇る中で、二人が向き合う。



「まったく、あなたという人は……。

 このようなはしたない真似はしないよう、よくよく教えたはずですわよ?」



 あきれた様子のエルシアルは、アイラを注意する。

 そう、それはりし日の二人そのままで――。



「あわわ……。

 申し訳ありませんエル様、気がはやってしまって……」


「まったく……しょうがない子なんだから」


面目めんぼくないです……」


「……ふふっ」


「……あははっ!」



 二人は無邪気に笑いあう。

 ……エルシアルの方は、「もう笑うしかない」という心境ではあったのだが。



「本当にもう……。これからどうするつもり?」


「それはもちろん、わたしの良さをエル様にお分かりいただくため――」


「そういうことではなくて!

 ……きっと今頃、会場は大騒ぎよ?

 この騒ぎは、すぐにお父様の耳にも届くでしょうし……」



 第二王子からの突然の婚約破棄。

 それだけでも充分なスキャンダルだというのに、エルシアルの目の前で笑う少女がさらに面倒事を増やしてくれた。

 父と話し合い、今後の身の振り方を考え、場合によっては王城まで説明に出向かねばならないだろう。

 

 ……けれど。



「そんなに考え込むことはないですよ、エル様。

 わたしと結婚することにすればすべて解決です!」


「……そういうことじゃないのよ、おばかさん。

 まったく……これでよく学院を卒業できたものね?」


「エル様のご指導のおかげです!」


「……わたくし、どこかで教育を間違ったかしら」


「ひどいですよ、エル様~!」


「はいはい。……ふふふっ」




 春風が舞う花園で。

 エルシアルはどこか温かいものを感じていた――。






哀れな第二王子への愛の手……は差し伸べなくてもいいですが、よろしければ下から作品への評価をお願いします。



他作品

『どうせ転生するなら空気になって百合カップルを見守りたい!』

 https://ncode.syosetu.com/n7353fq/


百合オタが異世界に転生して理想の百合を探し求めるお話。

気軽に読めるコメディです。リンクは↓に

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