〜夏フェス当日①〜
第10章ー10
「着いたぁ〜」
今日はスタッフの手伝いとして付いてきている私は、フェス会場に着いたワンボックスから降りるなり、両手を空に突上げ、背伸びをしながら大声を出した。
「朝早くから悪いけど、準備が目白押しだからよろしくお願いしますね」
Ryoのライブスタッフの古株さんに笑顔で頼まれた。
素人の手伝いなんかたかが知れてる。
今日の私の一番の仕事はRyoのお守りである。
ゴーシュのような肉体的な護衛ではなく、例の面倒臭いアイドルグループからひたすらRyoを守るのが最優先の仕事なのだ。今日が終わればしばらく絡む仕事はないそうだし、五十嵐ちゃんもハワイから帰って来るのでお役御免となる。頑張れ私!
「Ryoが来るまで手伝いますから、出来そうな事なら何でも言ってください」
そう言う私の隣にはゴーシュが無言で佇んでいた。
「なんせ力仕事なら彼もいますから」
ペコリと頭を下げるが、やはり無表情と無言がワンセットのゴーシュ。普通の人は近寄り難いだろう。
「その時はお願いします」
古株のリーダーらしき人が苦笑いしながら返事をしてくれたが、若手のスタッフはチラチラ横目で見ているだけで声もかけてこない。
「ゴーシュ⋯⋯もうちょっと愛想良くしてみたら?」
「愛想? 悪いのか⋯⋯俺は?」
「えっ? 自分で気づいてないん?」
あまりの衝撃に大声をあげ、振り返ってゴーシュを見た。
「いっつも無表情やから怖がられるんやって。こうニコッと愛想笑いぐらいできんかな?」
そう言ってゴーシュにお手本の作り笑顔を見せると、
「⋯⋯こうか?」
と言って、慣れない作り笑顔を私に向けた。
「ッ!!!」
殺されるかと思った⋯⋯。
「やっぱやめとこう。ゴーシュはいつものまんまが一番えぇって心底分かったゎ⋯⋯」
殺人鬼が、悪魔が、死神が、獲物にトドメを刺す最後の瞬間に見せるようなニヤリとした冷酷な笑みを私は初めて見た。
「そろそろ来てる?」
「そうだな⋯⋯」
フェスのスタートは昼前だが、裏方は早朝から大忙しだった。⋯⋯が、出来る事が大してない私達は、Ryoに割り当てられたスタッフ用の控室のセッティングという雑用をこなすだけだった。
その理由はゴーシュの存在が大部分を占めていた。
とにかく怖いの一言だろう。
さっきの冷酷な笑みを見たスタッフから「側にいられると萎縮して仕事にならない」と泣きが入ったようだ。
おとなしくRyo達が来るまで控室で待機を言い渡された。
そんな私達をよそに、やる事が目白押しの他のスタッフは凄かった。さすがプロ、さすがの経験値、さすがの機動力で、無駄なく開始時間までにやるべき事をこなしていった。
「こう言っちゃなんやけど、私ら暇やな⋯⋯」
「あぁ⋯⋯」
手持ち無沙汰な私はパイプ椅子に座り、ゴーシュは壁にもたれ掛かっていた。もう昼も過ぎだし朝っぱらから出てきたのでお腹も減ってきた。
私は自分のトートバッグから持ってきたオニギリを取り出して、
「食べる?」
と言ってゴーシュに差し出した。
無言で受け取ったゴーシュは黙々とオニギリを食べ始めた。それを確認して私も鮭のオニギリを食べた。
昨日キャシーと一緒に過ごした後、私も早々にベッドに入ったので、今日は明け方に目が覚めてしまった。
二度寝するとマズイのでオニギリPart2を作っておいたのだ。
「あと二、三時間したら皆も来るやろ」
「⋯⋯そうなのか?」
「Ryoの前のアーティストが出てる間に自分らの機材やら何やらのセッティングの準備せないかんから、出演前ギリギリでは間に合わんやろ?」
「なるほどな⋯⋯」
私も素人の又聞きだから詳しくは分からないが、フェスのスタッフとRyoのスタッフはまた別とのことだ。
「皆早く来ないかなぁ〜」
オニギリを食べながらそう呟いた私に、
「光輝に会えるしな⋯⋯」
と、珍しくツッコミを入れてきた。
「そ、それだけちゃうし! 三人とも仕事でほとんど帰って来んから最近顔見てないし、キャシーとの二日間のことも報告しておきたいし⋯⋯まぁ、一番は確かに光君やけど⋯⋯」
「今日の為に泊まり込みで追い込みかけたようだな⋯⋯」
「何で知っとん?!」
「俺だって連絡くらい取ってるさ⋯⋯」
まさかの交流に驚いた!
私の知らない内に男の友情を密かに育んでいたようだ。
「光君って素敵やろ?」
「素敵かどうかは分からんが、リコを大事に思っているのは俺にも分かるぞ⋯⋯」
「いや、そんな素で言われると照れるやん」
「ん? なぜ照れるんだ? リコが選んだパートナーだろ? お前を大事にするのは当然じゃないか。さすがお前と俺が見込んだだけあるぞアイツは」
「あ、ありがとう⋯⋯」
ゴーシュが光君を認めてくれてるのは良かった。ただ、単なるノロケ話がなぜここまで大袈裟なことに⋯⋯。
そんな感じでほのぼのしていると外で騒いでいる声が聞こえてきた。
すでにフェスは始まっていて本番真っ最中だし、演奏している大音量もここまで響いていたが、今聞こえているのは怒声だ。
「どしたんやろ? なんかあったんかな?」
「さぁな⋯⋯」
「ちょっと聞いてこようか?」
「おとなしくしてろと言われなかったか?」
「おとなしく聞いてくるだけやん」
そう言いながら控室からちょいと抜け出そうとした私がドアに手をかけようとしたら、ガツン!
「あ痛ッ!」
いきなりドアが開いて私のおでこにヒットした。
「平気だって」
「ほんとマズイって! すみません!」
誰? おでこ腫れてない? メッチャ痛いんやけど!
「まだ来てないみたいだな。ほら誰もいねぇじゃん」
いやいや、お前バカか? いるだろ私とゴーシュが!
「あの〜」
「すみません、すみません。すぐ出ていきますから」
私が声をかけるとスタッフらしき人がひたすら頭を下げて謝っているが、私のおでこを痛めつけた張本人は素知らぬ顔でズカズカと入ってきた。
「俺らより広くね? なぁ?」
「う〜ん、そっかなぁ?」
「確かに広く感じるな」
「俺らは四人で使うからじゃね?」
「あっ、おい、こら、勝手に入ったらマズイって。お前らまで全員来てどうする!」
「あの〜、どちら様ですか? 関係者以外勝手に入って来られると困るんですけど⋯⋯」
止める男性スタッフと注意する私を横目に、兄ちゃん四人が控室に遠慮なく侵入してきやがった。
こちらをガン無視してくっちゃべっているクソガキどもにどこか見覚えのあるような気もするが、そんなことよりも私のイライラは急上昇中。さっきまでのほのぼの空間はどこ行った?
「あのっ! 聞こえてます? 勝手に入って来ないでください。それに私のおデコにドアぶつかったんですけど? 出ていってもらえますか?」
イラついている私は、少々強めな口調でそう告げた。
「はぁ? 誰に向かって言ってんだよ?」
ズカズカと一番に入って来た奴が私に向かって歩きながら威嚇してきた⋯⋯が、すぐに立場が逆転した。
「お前らにだ。言葉が通じないのか?」
ゴーシュがスッと私の前に立ち塞がり、詰め寄ろうとしていた男の前に出る。
女の私とは違って、ゴーシュは怖かったのだろう⋯⋯こちらに向かっていた足を止め動揺を見せた。
「何だよお前?」
「お前らこそ何者だ? 人の縄張りに勝手に入って来るな」
「なっ、誰だと! 俺達が誰が知らないってのかッ!?」
その姿を見てハッと気付いた。
あれや、あれ! 無駄にRyoを敵視してるって話の四人組のアイドルグループ。こっちが自分達のことを知らなかったことにお怒りの様子やけど、元々はお前らが勝手に入って来たことが問題なんだよ! おデコも痛いし!
私は目の前の肩をポンと叩き、振り返ったゴーシュに目で合図をし前に出た。
「失礼ですが『JOJO』の皆さんですよね。そちらはマネージャーの方ですか?」
「あ、は、はい」
マネージャーらしき男性がここでやっと控室に入ってきた。
気の弱そうな雰囲気のマネージャーは、ひたすら頭を下げながら私のそばまでやって来る。
「本当に申し訳ありません。すぐに連れて出ますから」
「おいッ!」
謝っているマネージャーと違い、当の本人らは不満があるようだ。
というか、こいつだけだよな。
他の三人はまだしも、さっきから文句タラタラで偉そうな奴は。
誰だっけ、顔と名前が一致してないんだよな。
まぁ、いい。 こいつらは放っておこう。
「とにかくここはRyoの控室です。許可なく勝手に入って来られると困るんです。今すぐ出ていってください」
「はい、すぐに、すみません、すみません」
「おいッ、無視すんなよ!」
問題児をフル無視してマネージャーと話している私に、そいつが手を伸ばした⋯⋯途端に「イタッ」と声が聞こえた。
「リコに触るな、殺すぞ!」
「ッ!!」
伸ばした手を蝿を叩き落とすかのようにゴーシュが遮ったようだ。私は何事もなかったかのようにマネージャーに話しかける。
「本番間近に揉めたくないんです。さっさと連れて行ってもらえませんか? 話が通じそうな人にお願いしてるつもりなんですけど?」
「あ、は、はい。 おい、早く出て!」
慌てた様子のマネージャーが四人を後ろから押す出すように出口へ追いやる。
が、まだ納得してない奴が約一人。
「おい、何だよお前ら。失礼だろ!」
どっちがだ?
呆れている私の耳にゴーシュがコソッと囁いた。
「静かにさせるか?」
いやいやいや、ゴーシュが言うと怖いわ。
それは永遠の眠りにつかせるってことッスか?
違った意味で大騒ぎになりそうなので、仕方なく私はマネージャーに向かってこいつらに言いたいことを告げる。
「さっきからこちらのお願いを一切聞き入れてもらえないので、言葉が通じていないか私達が見えていないと判断しました。なので同じ対応をさせてもらいました。すみませんが後の対応はそちらでお願いします。何度も申し上げているようにここはRyoの控室です。早々にお引取りください」
一気にまくし立てた私の言い分に呆気に取られていたマネージャーだったが、我に返るや否や慌てて四人を控室から押し出してくれた。
「本当に申し訳ございませんでした。失礼します」
最後にきちんと挨拶をしてドアを閉めたマネージャーを、心の底から同情してしまった私だったが、廊下ではまだ文句を言っている声が聞こえる。
「あのマネージャー大変そうやな⋯⋯」
「まったくだ⋯⋯」
お互いの本音を呟いたところで、廊下からガシャンと大きな音が聞こえた。
次の瞬間、「邪魔だッ!」という声がした。
何事かと思いドアを開け廊下を見ると、さっきの問題児が誰かに怒鳴りつけていた。
パイプ椅子か倒れているので、さっきの音はあいつにぶつかって転んだ拍子に当たったのだろう。相手の姿は足の隙間からしか見えないが女性? 子供? かなり小柄に見える。
可哀想に八つ当たりで怒鳴られてるみたいだ。
面倒な一行が通り過ぎたところで、倒れていた相手が見えた。
「えっ? キャシー?」
座り込んでいたのはキャシー。
私の声を聞いた途端、立ち上がって駆け寄ってきた。
私に抱きついたキャシーは小刻みに体が震えていた。
「キャシー、大丈夫?」
私の問いかけに反応して見上げたキャシーの瞳は真っ赤だった。怒鳴られた恐怖、悔しさ、色んな感情がグチャグチャになって泣き出したいのを必死に我慢しているのだろう、黙って私のTシャツをギュッと握り締めていた。
「とにかく中に入って!」
そう言い控室に入れようとしたところで、背後からキャシーを呼ぶDDの声が聞こえた。
「キャシー、勝手に先に行くな。迷子になったらどうする」
次の瞬間、安心したのか「わ──んッ」と大泣きをするキャシーの姿があった。




