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〜夏フェス前の休日④〜

第10章ー9





「さぁ、皆で握るよぉ〜」

《なんて言ってるんだ?》

《日本語だから分からないゎ》

 勢い余ってついつい日本語で呼びかけてしまったが、気を取り直して仕切り直しだ。


《今から皆で自分好みのオニギリを作ります!》

《《オニギリ??》》


 作ったことのない二人が不思議そうに聞き返す。

 リビングのテーブルには炊飯器から取り出した炊きあがったお米4合がドーンッと内釜のまま場所を取っている。


 おかずは準備万端なのだ。

 ご飯が炊きあがるまで味噌汁に入れる大根、人参、キャベツ、豚肉の小間切れなど、冷蔵庫のにあった半端な余りものをサクッと下ごしらえして鍋に火を点けた。具材に火が通る間、キャシーに溶いてもらった卵で卵焼きとチーズオムレツを私が作った。

 そして浴室から出てきたDDと入れ替わりに急いでキャシーと私はシャワーを浴びた。

 キャシーの発育は日本の小学生とは比べ物にならなかった⋯⋯。


 炊飯器に目をやると後少しで炊きあがりそうだったので、目玉焼きをキャシーに挑戦してもらった。


《どうするの? どうすればいいの?》


 油を引いたフライパンを前に、緊張した様子で生卵を握っているキャシーが私に指示を仰ぐ。


《そんなに強く握り締めたら卵が割れるよ。フライパンも熱してきたから、こんな風に軽く卵をフチに当ててヒビを入れたらそっと左右に殻を広げるの⋯⋯》


 フライパンに卵を落とす私のお手本をジッと見つめていたキャシーは、


《やってみるわ》


 と言って、勢いよく卵をフライパンのフチにぶつけた。

 割れた。案の定、割れた。

 音に例えるなら「グシャ」だ。

 ついでに卵の殻も仲良くフライパンに落ちた。


《し、失敗したわ!》

《だね》


 お箸で殻を取る私をアワアワと見るキャシーに笑いながら次の卵を手渡して、


《じゃ、リベンジでもう一回。今度はそっと当ててみて》

《分かった。そっと、そっとね⋯⋯》


 恐る恐る二つめの卵にチャレンジするキャシーだったが、今度は上手く割れて見事な目玉焼きがフライパンの上に乗った。


《出来たッ! 見て、これ私の目玉焼きよッ!》

《これは見事な目玉焼きが出来たわね。じゃあこの塩コショウをササッと軽く上からかけてくれる?》

《これね》


 蓋を開けて勢いよく振った塩コショウは、思ったよりかかってしまったがそれも愛嬌。

 その瞬間にピーピーと炊飯器が炊きあがりを教えてくれた。


 そして今、全員で熱々のご飯を握ってオニギリを作っている。

 テーブルの上には海苔、梅干し、沢庵、塩昆布、ツナマヨ、コーンビーフを準備していた。


《熱ッ、あっつい!》

《リコ、私には無理よ、この熱さわ!》

《⋯⋯》


 三者三様、炊きあがったばかりのご飯の熱さに恐れをなしている二人を横目に、ゴーシュは黙々と好きな具材を中に詰め込んでいる。どうやら梅干しと塩昆布がお好みのようだ。熱さは感じないのだろうか?


《ほらほら、DDはそんな風にずっと握ってるから熱いんよ。こんな風に軽く手の中で転がしながら形を整えるんやって》


 そう言って沢庵を入れたオニギリを素早く三角にして海苔を巻く。次々と熱々のご飯を握って三角や俵のオニギリを作っていく私の手元を尊敬の眼差しでキャシーが見つめている。


《凄いわッ! こんなに熱いご飯をどんどん握っていくなんて、リコって本当に凄いのね!》

《そう? これぐらい馴れよ、馴れ》


 やった!

 当初の計画通り、キャシーの尊敬を射止めたぞ!

 お嬢様の小学生キャシーが手料理なんか作ったことがないのは明らかだったから、主婦として絶対的に有利なフィールドに持ち込んだのは正解だった。料理ならDDやゴーシュよりも私の方が断然得意なのは当然だろうしな。


 何せ無表情にして無言で握っているゴーシュのものは、ただの不恰好な米の塊であり、あれをオニギリとは認めない。中の具もはみ出しているし、誰が握ったか瞬時に分かる程、イビツな形のオニギリもどきだ。


 そしてDDは熱さには馴れてきても、テンポ良く握ることが出来ないようで、手の平にご飯粒が山程くっついている。少し塩を入れたボウルの水で手の平を湿らせてから握るんだ⋯⋯って何度言ってもそのままお米を鷲掴みするので、握ったお米の半分がオニギリもどきとして出来上がり、残り半分のお米は手の平についたままだ⋯⋯。


 キャシーは早々に自分で握ることを諦め、私に好きな具材を告げていた。

 子供の柔らかい皮膚で熱々のご飯を握るのは確かに酷だろう。仕上げの海苔を巻く役目を任せると嬉々として出来上がりを待ち構えていた。


 そうこうしている間に内釜のご飯がなくなったので、私は空になった内釜を水に浸けてシンクに置いた。

 そして十分火の通った鍋に味噌を溶いて味見する。


「うん、上出来!」


 そう言って四つのお椀に味噌汁を注ぎ、お盆に載せてテーブルまて運んだ。


《これ知ってる! ミソスープでしょ?》


 キャシーが湯気の立っている味噌汁を見て声をあげた。


《これも熱いから気をつけて。ポタージュと違って中に色んな具材が入ってるからお箸を持ってきたんだけど、キャシーはスプーンの方がいいかな?》


 一応お箸を握って持ち方を見せてみるが、初めてのお箸はさすがに難しかったようだ。


《私にはまだ早過ぎるようね⋯⋯》


 素直に諦めてスプーンを要求してきた。


《じゃあ、みんなで一緒に食べよう。と、その前に米粒だらけの手を洗って!》

《《はいっ!》》

《⋯⋯》


 三人が手を洗っている間に、冷蔵庫からあるものを出してちょっとしたオマケを作ることにした。

 三人は今にも食べ出しそうだが⋯⋯。


《じゃあ食べようか。「いただきます」》

《え? イタ、何て言ったの?》


 あぁ、日本語で「いただきます」って言っちゃった。

 でも英語で何て言うか知らんしなぁ。


《食前の日本のお祈りみたいなもんよ》

《何て言うの?》

「いただきます」←私

「いただきます」←ゴーシュ

《《イタラキマス》》←分かるよね


 そう言った途端、男二人は貪るように食いついた。昼の二時を回ってるもんな、そりゃお腹も減ってるだろう。簡単な昼食。オニギリと味噌汁といくつかの卵料理。だけどキャシーにとっては初めて自分で作ったご飯だ。とてもおいしく感じるだろう。できることなら日本の思い出として覚えていて欲しい。


 自分で作った目玉焼きをDDに自慢しながら美味しそうに食べているキャシー。そっと場を離れてさっき冷蔵庫から出したウインナーを袋から出す私。本当は安くて赤い方が良かったんだけど、今はこれしかないから仕方ない。

 私はまな板の上でウインナーをタコと蟹に変化させ、フライパンで焼き始めた。軽く塩を振ったところでキャシーが台所にやってきた。


《リコ何してるの?》

《追加のおかずをを用意してんのよ》

《追加って⋯⋯何コレ? スゴイ!》


 フライパンを覗き込んだキャシーがテンション高めに騒ぐので、急いで皿にウインナーを載せて渡した。


《見て見て!》


 タコさんウインナーと蟹さんウインナーを自慢気に見せているが、そんなもんに喜ぶ二人じゃないだろう。それはアンタの為に作ったんだよキャシー。


《目もあるんだな⋯⋯》

《リコってスゴくない?》


 黒ゴマで作ったタコと蟹の目に興奮冷めやらぬキャシーはなかなか食べようとしない⋯⋯どころか、スマホで写真まで撮り始めた。


《後で皆に見せるの》


 嬉しそうに一品ずつ写真を撮るキャシーに、


《せっかく自分て作ったんだから温かいうちに食べなよ》


 と私が声をかけると、慌ててスマホを横に置いてスプーンで味噌汁を食べ始めた。




 あっという間に遅い昼食が終わり、お腹いっぱいになったキャシーは少しお(ネム)のようだ。片付けも手伝ってくれたご褒美として冷蔵庫にあったアイスをあげると、自分だけにくれたことがよほど嬉しかったのか、何度もDDの目の前にアイスを乗せたスプーンをこれみよがしに見せながら食べていた。

 

 満腹になったキャシーはソファーにもたれてウトウトと舟を漕いでいる。明日は夏フェス本番だ。今日はかなり疲れただろうから、早めに帰って明日のために体を休めて、たっぷりと睡眠を取っておいてもらおう。

 タクシーを呼んだDDが眠りについたキャシーを抱き抱えてエレベーターに乗り込む。


《今日はお疲れ様。明日フェスで会いましょう》

《あぁ、キャシーに伝えておく》


 見送る私達に、ちょっと前には考えられなかった笑顔のDDがそう答えてマンションを後にした。

 さぁ、私も明日の準備をして今日は早めに寝ておこう。

 そう思いながら部屋に戻った私は、ビールのようにジョッキで麦茶を飲むゴーシュに声をかけた。


「ゴーシュも今日はお疲れ様」

「俺は特に疲れてないが⋯⋯」


 ここに一人だけ通常運転の人がいたゎ⋯⋯。









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