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~夏フェス前の休日③~

ずいぶんと時間があいてしまいましたが、やっとこさの更新です。今年の目標が既に破られましたが細々と続けていきますので、何卒ご容赦ください。

第10章━8




「疲れた⋯⋯」


 心の底から吐き出された言葉だった。

 キャシーをアスレチックに連れて来た今日、終わってみればまさかの疲労困ぱい、明日は筋肉痛だろう。

 前世(昔)の感覚は残っているものの、今はただのアラフォーで体力や筋力が思うようについてこない。何事も鍛錬が大事だと痛感した一日だった。


「リコは訓練不足だな⋯⋯」

「言わんとって⋯⋯私が一番身に染みてるから⋯⋯」


 半ば呆れた感を漂わせながらゴーシュが憐れみの目で私を見ている。情けない。憧れのゴーシュにあんな風に言われるなんて⋯⋯。

 落ち込んでいる私をよそに、キャシーとDDは来た時より和気あいあいと笑顔で話している。


《キャシーは筋がいいぞ》

《本当?》

《あぁ、予想以上に動けていたからな》

《どんな風に思ってたのよ。そりゃあ、DDに比べたら私なんて全然ダメだったけど⋯⋯》


 なんか、私とキャシーへの感想が真逆のような気がする。

 過保護に育てられたお嬢様を外に駆り出して、自分を守ってくれているDD達がどれだけ凄い技術を身につけているか実感してもらおうと思っていた私の計画はほぼ達成したようだ。

 ただし、私の威厳はかなり暴落したようだ。

 かろうじてキャシーには負けなかったが、小学生に辛うじて勝ったことを手放しで喜べるはずがない。

 これからキャシーが大きくなれば確実に私を越えるだろうし、それまでに尊敬される大人でいたいという私の希望は叶えておきたい。


「ゴーシュ⋯⋯私、明日から運動することに決めた!」

「どうした? 急な決意だな?」

「あの頃の自分と今の自分のギャップに私が一番納得できてないんや」

「そこは前世のリコと親子ほど年齢が違うんだから仕方ないだろう?」

「でもイヤなんやからしゃあないやんかっ!」

「あぁ、そうか⋯⋯なら俺に何か手伝えることことがあれば⋯⋯」

「手伝って!!」

「あぁ⋯⋯」


 食い気味に答えた私達がこんなやり取りをしている間も、キャシーとDDは和やかな雰囲気で後ろからついてきていた。


《キャシー、体を動かしたら腹が減っただろう?》

《うん、もうペコペコだわ》


 これだっ!


《ねぇ、みんなお腹が減ったよね?》


 私は後ろを振り返りながらキャシー達に話しかけた。


《うちで一緒に昼ご飯食べよう》

《ハァ?》

《リコんちに行くの?》


 予想通りDDは呆気に取られた顔で私を見返し、キャシーはワクワクした表情で私を見上げている。

 ちなみにゴーシュは安定の無表情だ。


《リコんちでご馳走してくれるの?》


 あどけない表情で当然のごとくそう言うキャシーに、私は少し黒い笑顔でこう言った。


《ご馳走になるかどうかは着いてからのお楽しみ♪》





 さて、始めましょうか。


 隣で呆然としている人が約二名。

 もちろんキャシーとDDだが、そんな二人をフル無視して準備を始める私。


 ここは私の家のキッチンだが、目の前には食材が並んでいて、隣にはエプロンをつけたキャシーがいる。


《おい、まさかとは思うがキャシーにも手伝わせるつもりじゃないだろうな?》


 隣にいるキャシーの背後から当たり前のことを聞いてくる無粋な男、それはDD⋯⋯。


《当然やん。何今更聞いてんの? エプロンつけさせた時点で確定やろ?》

《危ないだろうがっ! 刃物を持って万が一にでも切ったらどうするんだ!》


 おいおい、過保護にも程があるだろう。

 さっきのアスレチックっで多少は前進したと思ったが、まだまだ甘かったようだな。


《大丈夫、安心して。包丁は一切使わせないから》

《ハァ?》

《じゃあ私は何をするの?》


 キャシー本人は初めてのキッチンに興味津々の様子。


《私と一緒にお昼ご飯を作ってもらうのよ》

《私にできるの? やったことないわよ?》

《そうだ。わざわざキャシーが作る必要なんかないだろう。今までそんなことキャシーにやらせたことなんかないぞ!》


 興味半分、不安半分のキャシーと、真っ向から全否定のDDが私を見ているが、そんなことはお構い無しに私は米をザルに取り出してボウルに重ねた。


《やったことがないからやらせるんでしょうが》


 そう言って蛇口をひねり、四合分の米を水に浸した。


《キャシー、このお米をこうやってザッザッザッと洗っては水を捨てるの。これを三、四回繰り返したら水がキレイになってくるから。ほらやってごらん》


 不安そうだったキャシーだが、それぐらいなら出来そうだと思ったのだろう、言われた通りにやり始めた。


《おい、キャシー⋯⋯》


 心配そうに背後にへばりついているDDが邪魔だ。


《狭いキッチンに大きいDDがいると邪魔だから、ゴーシュが出たら交代でシャワー浴びてきて。汗かいたやろ?》

《いや、だが⋯⋯》

《過保護が過ぎるって言うたよね?》

《おい、出たぞ》


 浴室から出てきたゴーシュが声をかけてきた。


《ほらほら、次の人もサッサと入ってきなよ。私らも準備が出来たら入るんやから》

《私も入るの?》


 キャシーは真剣な目で米を研ぎながら、視線を外さずに聞いてきた。


《もちろん! 私達も汗いっぱいかいたやん。後で一緒に入ろうか》

《うん!》


 どこか楽しそうなキャシー。


《だから早く入っておいてね。うちはキャシーんちみたいに浴室がいくつもあるわけじゃないんだから、順番に終わらせてくれないと後の人が困るんやで》

《だって。DD早く入ってきたら?》

《⋯⋯》


 トボトボと浴室に向かう男の背中を見送りながら、私はキャシーが研いだお米を炊飯器に移すよう指示する。


《これは四合炊きだからこの線まで水を入れてくれる?》

《分かった、ここね》

《水が少ないとご飯が固くなり、多いとベチャベチャになるから気をつけて》

《それは重要ね。任せてキッチリとこの線まで水を入れるから》


 大役を任されたキャシーは真剣な目つきで少しずつ水を入れていく。あと少しでピッタリというところで、計量カップの水をまるで一滴ずつ足していくような姿は微笑ましい。


《ふぅ、見てリコ。ピッタリ出来たでしょ?》


 任務を遂行したキャシーは満足そうに私を見上げる。


《初めての割に上手いじゃない、満点の出来よ》


 そう褒めるとキャシーは満面の笑みで、


《これぐらい任せてよ》


 と、胸を張った。


《じゃあ、スイッチを押してくれる? 後は炊きあがるのを待つだけだから、その間に他の準備をしておくわよ》

《他には何をするの?》


 やる気が出てきたキャシーは、期待に満ちた目で私からの次の指示を待っている。


《まずはおかずの準備ね。冷蔵庫から卵を取ってくれる? どうせ大食いだろうから10個ほど出しちゃえ》

《分かった!》


 役目を任されたキャシーは嬉しそうに冷蔵庫から取り出した卵をボウルの中に入れている。


《キャシー、ついでにそこの麦茶も出してくれる?》

《麦茶ってこれ?》

《そう、それ。卵を入れたボウルはその台に置いといて、その麦茶をコップに入れてゴーシュに持って行ってくれるかな?》

《任せて》


 そう言ってキャシーはガラスのコップに麦茶を注ぎ、リビングのソファーでくつろいでいるゴーシュの所までこぼさないようにそーっと運んだ。


《どうぞ》

《ありがとう⋯⋯》


 ゴーシュにお礼を言われた途端、キャシーは照れくさそうに走って私のもとに戻ってきた。そしてモジモジしながら、


《ありがとうって言われた⋯⋯》


 と、恥ずかしそうに呟いた。


《そりゃ、誰かに何かをしてもらったら、お礼を言って感謝の気持ちを伝えるのは当然じゃない》

《私⋯⋯家族以外から言われたの初めてだゎ⋯⋯》


 嬉し恥ずかし初体験に多少戸惑ってはいるようだが、いい流れになってきた。いつも周りがやってくれることを当然のように思っていたお嬢様は、他人からの感謝の言葉を受け、初めての気持ちが芽生えたようだ。


《案外、いいもんでしょ? ありがとうって言われるの》

《そうね、確かにいい気分だゎ》


 卵を割りながら私がそう言うと、嬉しそうにキャシーが答えた。


《じゃあ、次々行くわよ! やることはまだまだあるんだからね。家事は時間との戦いなんだから、段取り良く有効に使わないと》

《そうなの?》


 不思議そうに私を見上げるキャシーに、


《ご飯が炊きあがるまでの小一時間の間に、どれだけのことが出来るかが腕の見せ所よ。もちろんシャワーも浴びるつもりだから、キャシーにも手伝ってもらうわよ》

《任せといて!》


 そう笑顔で答えるキャシーからは、数日前までのワガママなお嬢様の姿はすっかり影を潜めていた。





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