~夏フェス前の休日①~
第10章━6
《さぁ、今から何しようか?》
《渋谷に行きたいわ♪》
私の問いに満面の笑みでそう答えるキャシー。
そこで晴れてシッターと護衛の任務を手に入れた私達は、喜び舞い上がるキャシーを連れて電車で渋谷へ向かっていた。
何故かDDもついてきたけど⋯⋯。
《まったく⋯⋯わざわざあんな人通りの多い場所にこんな少人数で行くなんて、危険極まりないぞ》
ぶつくさ文句を言っているDDに現実を教える。
《あのさぁ~、こう言っちゃ何だけど日本人は外人さんの見分けなんか大してできんよ? ハリウッドスターがお忍びで歩き回っても気づかんくらいやで?》
これは本当だ。
多人種に慣れているアメリカと違い、基本日本人しかいない暮らしの中で育ってきた私達は外国人の見分けなどつかない。欧米人、黒人、アジア人の区別はついても、アメリカとヨーロッパ、アフリカとヒスパニック、中国と東南アジアなど違いが分からないだろう。外国人はみな英語と思い込んでいるところからもそれが見てとれる。
《ここ10年くらいで日本で暮らす外国人も増えてはきたけど、それでも総人口にすれば2%くらいやし。ほとんどの一般人は外人さんに話しかけられたら腰が引ける状態やで? 大人数でいた方が目立つわ》
《だ、だが、もしも⋯⋯》
もぉ~面倒臭いなぁ~。
《心配は分かるけどさっきの試験でゴーシュの実力見たやろ? キャシーに手を出そうとした途端、返り討ちどころか地獄を見せることも出来るよ?》
《だが奴はあくまでもあんたの忍びであってキャシーが一番ではないだろう?》
確かに。そこを突かれると返事に困る。忍びという設定が足枷になっちゃったな。
そう言いながらも周囲への警戒を怠らないDD。プロだ⋯⋯。
《だからDDの同行も認めたやん。私にはゴーシュ、キャシーにはDD、それぞれボディーガードがいて万々歳やろ?》
《別に私は必要なかったけど》
せっかくDDの不満を解消していたのに、キャシーが横やりを入れてきた。どうやらキャシーにとってDDはお目付け役のようで、側にいると羽目を外せないようだ。まぁ、分かる気もする。
昨日からの短時間でも推測できるほどの心配性っていうか、おじいちゃんが二人いるくらいの保護者っぷり。あれダメ、これダメって言ってそうだもんな。
でもキャシー、それ本人を前に言っちゃ可哀想やで。たったその一言でDDはガーンッどころか、すでにシューンってなってるよ? 今後のことも考えてここは少しばかり助け舟を出しておこうかな。
《キャシー、一つ言っておくね》
《ん?》
隣の座席にちょこんと座っているキャシーに私は告げた。
《私はキャシーと友人として接したいと思っている。だけど親子ほど離れた年齢から、今までの人生で得た知識や知恵なんかの違いってあるじゃん?》
《どうゆうこと?》
《要するに経験値が違うってこと。キャシーよりも私の方が長く生きてきたから知ってること、出来ることが多いでしょ? ゲームでもスポーツでも初心者より経験者の方が強いじゃん》
《確かにそれはそうね》
《人生でも同じところがあるって言いたいの。アメリカンフットボールやバスケのスーパースター、メジャーリーガーやプロゲーマーだって生まれた時からそうだったわけじゃない。長い間の練習や苦労を重ねてその地位についてるの》
《そんなことぐらい分かってるわよ》
今更そんなこと言われなくても当たり前じゃない、知ってるわよとばかりにむくれるキャシー。
だが私の言いたいことの本質を分かっていない。
《じゃあ子供がスーパースターに「あんたの教えなんか必要ない」って生意気な口をきくのは失礼なことだと思わない?》
《私そんなことしないわ! そいつバカじゃない?》
《でも私は昨日からそのバカな姿を見てるんだけど?》
そう言い放った私をキャシーがバッと見上げた。
《キャシーが生まれた時からDDはすでに今の職業についていて、誰よりも危険と身近に接してきた人間の一人よ。そして家族同様にあなたのことを心配している一人でもあるの。それは昨日会ったばかりの私でも分かることだわ。なのにキャシーのDDに対する態度は何?》
思いがけない私の言葉にキャシーは元よりDDまで驚いていた。
《だって⋯》
《だって何? そもそもDDを雇っているのはあなたのグランパリックであってキャシーじゃない。雇い主はあくまでもリックよ。保護者のリックが未成年のあなたの為につけたボディーガードであって、キャシーの部下じゃないのは分かってるわよね?》
《そ、それくらい私だって分かってるわよ》
《じゃあDD達に対する態度は失礼じゃない? 自分ではお金も払わず守ってもらってる立場でそれ? あんな我が儘娘のガードなんて真っ平だ!って断られても仕方ない態度だと思うけど?》
さっきまでキャシーの中では私が自分の味方であり、DDは邪魔者という立ち位置だったのだろう。それが今では私がDDを庇うような発言をしている。キャシーにとってはショックだろう。
小さな手でギュッとスカートの裾を握り締めている。だが、どう反論すればいいか頭の整理が追いつかないんだろう。
《そんなに強く言わなくてもいいだろう。キャシーはまだ子供なんだぞ》
まさかのDDがフォローに入ってきた。
いやいや、あんたらの為に言うてるんやけど?
《はぁ~。これも昨日から感じてたんやけど、DD達もちょっとキャシーを甘やかし過ぎてない?》
《何だと?》
おいおい、自覚ないんかよ?
《あのさぁ、護衛対象がキャシーじゃなかったらこんなこと許す? 有無を言わさず安全確保を優先するやろ? どんなに嫌われようとウザがられようとボディーガードとしての仕事を優先するやろ?》
《━━ッ!》
私にそう言われて言葉を失うDD。
《どっちもどっちやと思うけどお互い悪いよ? キャシーを生まれた時から知っているDDは甘やかす、キャシーは当然のように現状に甘える。家族のような相手だからこそ過保護になってるんやろうけど、本来護衛対象へ殺害予告が出てるわけでもないのに、本人が何をしようが余程のことじゃなければ行動を制限したりせんやろ? だけどキャシーには危ない目に合わないよう先回りしてるように見えるんや。それって過保護って言うんじゃない?》
その言葉にハッとしてキャシーと私を見るDDは少々動揺している。
《このままだとキャシーはダメな大人になるよ?》
《えっ? どういうこと?》
今度はキャシー本人が焦って私の服を引っ張る。
《ハッキリ言えば、キャシーあなたには何の力もないってこと。日本に来れたのもおじいちゃんのおかげ。ボディーガードがついているのも同じ。自分で稼いだこともないのに何でも手に入って、何不自由なく好きなことが出来るのも、み~んな周りの大人のおかげってこと分かってる?》
《ッ!!!》
衝撃の事実をまだ10歳の子供にぶつける鬼のような私。
今度はキャシーが言葉を失う。
《もっと言えばただの生意気な子供。虎の威を借る狐って言って、おじいちゃんの力に守られているだけの何も出来ないただの子供。なのに我が儘放題で好き勝手して、周りに迷惑をかけていることすら分かっていないムカつく子供。そして私、バカは嫌いなんや》
《言い過ぎだぞッ!》
私の胸ぐらを掴もうとしたDDの手はゴーシュによって阻まれた。
電車の座席に並んで座っている私とキャシーの前に、それぞれが立っているのだから当たり前だ。ゴーシュがそんなことを許すはずがない。
《ゴーシュ、離してあげて》
《⋯⋯》
相変わらず無言のまま掴んだDDの腕を離したゴーシュ。
《ねぇキャシー、今の見た? ゴーシュは何があっても私を守ってくれるの》
《うん、知ってる。NINJAなんでしょ》
おぉっ、設定を信じきってるな。
《そう。だけどDDだってキャシーのことを何があっても守ってくれてるのよ。例えどんなバカな子供だとしても。それは知ってた?》
《⋯⋯》
今度はだんまりかよ⋯⋯。
《そのDDに対してあまりにも感謝とか礼儀が欠けてると思うのは私の気のせいかな?》
そう言った私に驚いた目で見返してきたキャシーとDD。
《私も口は悪い方だから喋り方にアレコレ言うつもりはないけど、最低限の礼儀くらいは分かってるつもり。キャシーは幼い頃から自分を守ってきてくれた周囲の大人達に対して、今までどういう態度で接してきた? まさか当たり前だなんて思ってないよね? アメリカは日本なんか比べ物にならないくらい危険な場所が山程あるやろ? そんな中、今まで無事に過ごせてこれたのは一体誰のおかげ? いい加減に認めたら? 恵まれた環境に甘えてたってことに⋯⋯。そしてさっきも言ったけど、私は礼儀知らずのバカは嫌いだから》
ちょっと涙目になってるキャシー。可哀想だけど今日から面倒を見るわけだから、最初にガツンと現実を見せておかないとこっちが困るしね。
後はこっちか⋯⋯。
《それからDD。短期のバイトが言うことじゃないと思うけど、もうちょっと客観的に見ないとキャシー本人のためにならんよ? おじいちゃんの権力を傘にきるバカ娘になって欲しい? 軍人のようにスパルタとまでは言わんけど、少しは厳しくて接してもえぇんちゃうかな?》
昨日今日会ったばかりの素人女にボロカス言われて、苛立ちを隠しきれないDDだったが、ボディーガードとしてのプライドから反論はしてこなかった。
そんな話をしている間に電車は目的地の渋谷へと到着した。
《さぁ、つまんないお説教はこれで終わりにして、キャシーの残り少ない日本の夏休みを思いっきり楽しむでぇ~♪》
そう言って立ち上がった私に呆れた口調でDDが、
《切り替え早過ぎないか?》
と言ってきた。
一緒に電車から降りたキャシーはまだ無言だ。
ゴーシュに至ってはいつも通りだが。
《言わなきゃと思ったことは言わせてもらった。後はキャシー本人の問題やろ? 今までと何も変わらずにバカ娘にまっしぐらなら仕方ないし、逆に何かに気づいて成長してくれるんなら私は嬉しいってだけ》
《今のままじゃダメってことよね?》
ここでやっとキャシーが喋った。
だから今度は優しく話しかける。
《頭のいいキャシーのことだからホントは私の言ったこと分かってるやろ? 今は子供の我が儘で笑って済ませることでも、あと数年もすれば周りの見る目も変わってくるよ。それに大人として扱って欲しいなら自分も大人としての振る舞いが必要になるしね? それから⋯⋯》
《それから何?》
キャシーの手を握りながらこう答えた。
《赤ちゃんのジョージが大きくなってんのに、お姉ちゃんの方がバカな子供だと恥ずかしいやろ?》
《私、大人になるわ!!》
効果てきめんだな、こりゃ。
姉弟は一緒に遊んだりケンカしながら大人になるもんよ。キャシーも赤ちゃんのジョージを相手にすれば思いやりや我慢も覚えるだろうし。何せ言葉の通じない赤ちゃんの我が儘は最強だし、一番身近なライバル出現に負けるわけにはいかないでしょ。
《じゃあまずは腹ごしらえかな。何が食べたい?》
そう言って駅構内から抜け出た私達一行は、ランチにショッピング、ゲーセンと休日初日をこれでもかと満喫した。
着せ替え人形のように着飾るキャシーを見て目が垂れ下がっていたり、プリクラのツーショットを撮ってもらい感激していたDDに気づいて密かに笑っていたことは本人には内緒だが⋯⋯。




