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~夏フェスでバイト~

第10章━3





 そして今、私は⋯⋯いや、私達は社長室にいる。

 あの後、リハーサルを終えたリックは早々に会社にやってきてバイトの話を詰めようとしたのだ。


「ようこそ、ミスターロジャー。ライト・エンターテイメント社長の神谷と申します」


 神谷社長も緊張の面持ちで右手を差し出した。

 その隣には英会話のできない神谷社長の代わりに通訳をしている中村女史。

 さすが敏腕秘書、中村女史。

 私のような前世の力に頼った英語じゃなく、自力で手に入れた能力を遺憾なく発揮している。


 私はというと⋯⋯あの後、急いで郷田さんに連絡して事情を説明したところ、とりあえず会社に来てくれという返事がきたのでそれに従っていたのだが、自分がついて行った方が話が早いだろうというリックが何故かボディーガードのDDと一緒に隣にいる。

 そして物凄く不機嫌な顔をしたRyoも一緒にこの場にいた。

 郷田さんに連絡して、会社に戻るよう言われた私が「帰る」と伝えたところ、「何があった?」と問い詰められ仕方なく正直に話したのだが⋯⋯メッチャ怒られた。

 そしてリックロジャーに会ったらテンション爆上がりで一緒についてきたのだ。

 説明のために私だけが来るはずだった社長室には、何故か私以外にRyoとリック、キャシー、ボディーガードのDDまでいる手狭な状態だ。


《早速だが私達が日本にいる間、彼女(リコ)を孫キャシーのシッターとして雇いたい》


 リックが神谷社長と中村女史に直球で用件を投げ掛けた。


《失礼ですが、お孫さんはおいくつでしょうか?》


 中村女史が冷静に質問する。


《私は10歳よ》


 キャシーは自ら自分の年齢を堂々と告げた。


《恐れながらここ日本では、小学生のそれも高学年でシッターなどまずつきませんが、本当に必要ですか?》


 そもそも日本に住む私達はシッターという言葉に馴染みがない。

 ベビーシッターと聞けば赤ちゃんのためのものであり、小学生それも10才の高学年にもなってシッターがついているなんて考えられない。


《この国ではそうかもしれないが、アメリカでは子供だけ置いて夜出掛けただけでも逮捕されることがある。それにキャシーは私の孫なので誘拐の危険性もあるんだ》

《なるほど⋯⋯国の違い、環境の違いですね?》


 中村女史が納得したように社長へ伝える。

 そしてリックは話を続ける。


《私からすればジュニアハイ(中学校)にも入ってない子供が、一人で電車に乗って通学するなんて驚愕ものだったよ。周りの大人も平気な顔して気にも留めてない》

《俺達の地元じゃ考えられないな》


 リックの言葉にボディーガードのDDが補足する。

 うわぁ~、生々しい話やな。日本の治安の良さが身に染みるゎ。

 そういえばリックは元々スラム出身って聞いたことあるな。もしかしてDDってその頃からの知り合いなんかいの? 後でキャシーに聞いてみよう。


《とにかく、母国(アメリカ)だろうが日本だろうが関係ない。常に(キャシー)には安全でいて欲しいというのが私の願いだ。その為に必ずボディーガードをつけている》


 なるほど⋯⋯それがDD達ってことか。

 でもそのボディーガードが保護対象者(キャシー)から避けられてたら意味がないよね? そもそも何でキャシーはDD達から逃げるんだろう?


《私も年頃なのに軍人あがりのイカついオジサンに付きまとわれたら気分が悪いわ》

《キャシー! DDに謝れっ!》

《いいさリック、もう最近は慣れた。でも⋯⋯小さい頃はあんなに俺になついていたのになぁ⋯⋯》


 キャシーの言葉に注意するおじいちゃん(リック)と傷ついた様子のDD。ちょっと可哀想になってきた。


「あの~、ちょっといいですか?」


 みんなの話し合いに割って入った私だが、さすがに自分のことなのにここまで蚊帳の外では情けなくなる。


「中村さん、すみませんがリック達に通訳してください」

「わかりました」

「では神谷社長⋯⋯」


 私は中村女史に通訳を任せて神谷社長と向かい合った。


「そもそも今回の件は私がキャシーと軽い気持ちで約束してしまったことが始まりなんです。キャシーがリックの孫だとは知らずに、寂しそうな女の子と一日遊んであげるという、お節介なおばちゃんが()()()()()()()()()()()をしてしまっただけの話なんです」

「なるほど⋯⋯経緯はわかりました」

「ですからキャシーの日本滞在の残り五日間を、シッターとして会社からの()()という形で対応させてもらえませんか?」

「派遣?」

「えぇ。元々私は大した戦力にはならないでしょう? それより実績のある子供の面倒を見る方が良くないですか?」


 中村女史の通訳を聞きながらキャシーとリックは満足そうに笑っているが、どこかDDは不満気な表情を浮かべている。

 そりゃそうだろう。

 さっきのキャシーの言葉からすれば、DDは元軍人のボディーガードなんだろう。それが平和ボケした日本のただのオバサンに仕事を取られるなんて。プロからしたら素人に負けた気分になるわな⋯⋯。

 すると、おもむろにDDが発言した。


《確かに子供の面倒を見るという観点からすれば俺より適任だろう。だが、キャシーを守るという一点だけは譲れない。襲われたり、さらわれたりした時に何の役にも立たないじゃないかっ!》


 おぉっ、正論だ。

 DDの言うことは間違ってない。いくら安全な日本とはいえ、完全にキャシーを危険から排除できるかと聞かれれば()だ。

 まぁ、そこは私も考えがあるんだけどね。

 そんなことを考えている私の目の前で、目まぐるしく通訳をこなしている中村女史。本当にこの人はスーパー秘書やな。


「では吉岡さんをシッターとして派遣することを前提に、ここまでの問題点をあげて解決案を出していけばよろしいんじゃないですか?」


 あっ! とうとう中村女史も面倒になってたな?

 なんとなく締めに持っていってる気がする。

 まぁ仕方ないかぁ⋯⋯通訳というより仲裁役みたいだし、右に左にと説明している姿は正直可哀想に見えてきた。


「おい、典平(のりへい)のことで話し合ってんだろ? いいのか、勝手に話が進んでも?」


 今まで黙ってこの場にいたRyoがコソッと私に耳打ちする。


「まぁねぇ~。元々私は明日の休みをキャシーと過ごすつもりだったから、それが一日か五日か、単なる遊びかシッターとしての仕事かくらいの違いだからね。期間が伸びた分、報酬が出ることになったと思えば私としては別に問題ないんやけど」

「じゃあ何でまだ揉めてんだよ?」

「キャシーがただの女の子じゃなくて、リックロジャーの孫ってことが問題なの。世界のリックの孫だから、万が一のことがあった時の責任を私個人、またこの会社だけで取れないだろうってこと」

「ま、そうだろうな。じゃこの話は流れんじゃね?」


 Ryoは軽くそう言うが、話はそう簡単じゃない。

 一番の問題はリックが初孫のキャシーを溺愛していることだ。

 愛するキャシーの願いは叶えてやりたいが、危険な目には合わせたくない。でもこれを却下すればキャシーから嫌われる。堂々巡りの状態だ。

 話し合いから一時間近くたっていた。

 そろそろ最後の秘策を出して決着をつけようか⋯⋯。


《あの~、ちょっといいですか?》


 私はリックとDDに向かって話し掛けた。

 中村女史に神谷社長へ通訳してくれるよう頼んでおく。


《要するにキャシーの安全の確保さえできれば問題ないんですよね?》


 この私の一言にカチンときたのはDDだった。


《簡単に言うなっ! いくら安全大国日本とはいえ全ての危険からキャシーを守るなんて素人のお前にできるわけないだろう!!》


 ありゃ? 私の言い方がお気に召さなかったようだ。


《もちろん私には無理です。ですがこちらにもプロがいますから、()に私達の護衛としてついてもらいます》

《プロだぁ? たかだか日本の護衛が俺達より上だとでも言うのか?》


 おっとぉ~、火に油を注いだか? 余計おかんむりになってしまった。


「おい、まさか典平(のりへい)の言う()()って⋯⋯」

「そう。Ryoは分かるよね?」

「まさか、()()()か?」


 ひどく慌てた様子のRyoを見て、神谷社長が訝しげに私の方を見る。

 リックとキャシーは妥協点が見つかって一安心という雰囲気だが、DDとしては納得できないのだろう。そりゃ仕方ないわな。


「おい、Ryo。いったい誰の話をしてるんだ?」


 痺れを切らした神谷社長がRyoに詰め寄る。

 私はまたもや中村女史に通訳を頼んで、絶対に負けない策を披露することにした。


「社長、今回の問題には護衛が不可欠ということですよね。そこで以前話した黒井さん。ほら、龍斗の撮影に同行する黒井さんを今回の護衛としてつけようと思うんです。彼の実力も確認できて一石二鳥でしょ?」

「はぁ? 黒井? あぁ、龍斗がしつこく言ってた人か?」

「えぇ。これから彼を呼び出しますので、彼らに納得していただければ全て丸く収まると思うんですよ」


 私と社長のやり取りを通訳を介して聞いていたDDは、リックとキャシーに説得されながら不満気な顔でこう言った。


《分かった。ならそいつがこちらの条件をクリアできれば認めようじゃないか!》


 よしっ! これで問題は解決したも同然。

 どうせ日本人を舐めてるんだろう。所詮、平和ボケした国の護衛なんか自分の足元にも及ばないと考えているのが見え見えだ。

 さぁご覧にいれよう、勇者の力を!

 さっそく私は携帯を出し連絡を取り始めた。


「もしもし、ゴーシュ?」


 隣でホッとため息ひとつつき、社長の後ろに控えた中村女史の姿が見えた。






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