~夏フェスで誘拐?~
第10章━2
───なぜこうなった?
私は混乱していた。
目の前にいるのはあの世界的アーティストのリック・ロジャー。
まさかキャシーの言うリッキーがリック・ロジャーとは⋯⋯。
さすがに私もドン引きだ。汗が冷や汗に変わるくらいに⋯⋯。
《で、キャシーはどうしたいって?》
《だからリコと過ごしたいの!》
恐縮している私の目の前で、親子ならぬ祖父孫喧嘩が繰り広げられている。
さっきの二人はボディーガードだったようで、いなくなったキャシーを必死に探していたようだ。そりゃ言葉も通じない異国でボスの大事な孫を見失ったなんて、ボディーガード失格だろう。クビになっても仕方ない案件だ。
《さっき会ったばかりの知らない人間に、大切なキャシーを預けられると思うのか?》
《何よ! その知らない人間の方が私のこと心配してくれたし、相手もしてくれたわよ!》
《俺もDD達も心配して探し回ってたんだぞ!》
あのボディーガードの一人はDDって呼ばれてるんだ。元の名前はなんだろう?
そんなことをのんきに考えていた私に世界のリックが声をかける。
《リコとか言ったな。ここにいるということは関係者か?》
おおおぉ━━いッ!
リックに話しかけられちゃったよ私。自慢したい!
特に私の親世代の人達に!
《はい。私はこのフェスに参加しているRyoというアーティストの付き添いです。正確には代理マネージャーの手伝いを頼まれたバイトみたいな立ち位置ですが⋯⋯》
ここは素直に答えておこう。後で問題になった時に周りに迷惑をかけたくないからな。
《ということは、そちらのエージェントに依頼すれば仕事として受けてもらえるということなのか?》
《はっ?》
《バイトとして雇えるのなら、日本滞在中のキャシーのシッターとして雇いたいと言ってるんだ》
《私がですか?》
《リッキー! ホントに?》
話を聞いていたキャシーは喜んでいるが、私は軽くパニックになりかけた。
待て待て! 海外スタッフの子供と明日一日遊んであげるだけの話が、いつの間に世界的超スーパースターの孫の面倒を日本滞在中ずっとみるシッターの仕事の話になってるんだ?
《ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! そんな大事なことを私の一存で決められません!》
《リコは私と過ごすのがイヤなの?》
キャシーのすがるような瞳。
《ちがっ、そうじゃなくて!》
まいった。子を持つ母親として、小さな子供を悲しませたくはない。もっと言えば夏休みの思い出として、楽しい日本の記憶を残してあげたいとさえ思う。
だが、ここはキチンとしておいた方がいい。
《キャシー、私個人としてはさっきの約束を守りたいと思ってる。でもそれはキャシーがリックの孫と知らなかったから。世界的アーティストであるリック・ロジャーの関係者となると話は別だから》
《リッキーの孫だからダメなの? じゃあ、リッキーのせい?》
悲しそうだった瞳が非難するように変わった。
私は即座にそれを否定する。
《キャシー、それは違う。そもそもグランパが日本に連れてきてくれなかったら私達は会えなかったでしょ? そこは感謝すべきところよ。世界のリック・ロジャーの孫だからここにいるの。その恩恵を与えてもらってることに気付かず、文句を言うような子供じゃ今からの話は理解できない。どうする?》
厳しい言葉を投げ掛けた私にムカついたのか、子供扱いされたことに腹が立ったのか、キャシーは意地でも諦めないようだった。
《私はもう子供じゃないわ!》
《分かった。じゃあ今から私はキャシーを一人の人間として扱う。小さな子供じゃなく対等な人間として話すからよく聞いて》
グランパのリッキーを恨みがましい瞳で睨み付けていたキャシーは、私の言葉に少し驚いた表情を見せたが、すぐに気持ちを切り替えて私を真っ直ぐに見つめた。
《さっきも言ったけど私は仕事中なの。そして明日はオフだからキャシーと遊ぶ約束をした、それは守るつもり。だけどキャシーのグランパの頼みは日本滞在中ってこと。それは明日だけじゃなく今この時からってことになるでしょ? だってキャシーはもう日本にいるんだから》
《うん、そうだね⋯⋯》
《そうなると私は現在の仕事と今さっき頼まれた仕事と二つの仕事がダブっちゃうわけ。キャシーといたいからって今やってる仕事を放り出すのは大人としてダメなことなの。キャシーがパパやママと遊園地に行く約束をして向かってる最中に、弟のジョージが動物園がいいって言い出して、急に行き先を変えたらどう思う?》
《そんなのダメよっ! 私の約束が先なんだから!》
《でしょ? さすがキャシー、よく分かってるじゃない。そう約束は大切よね。でも明日遊園地に行くから許してって言われたらどうする? 隣では動物園がいいって赤ちゃんのジョージが泣きわめいてるとしたら?》
《ん~じゃあ、仕方ないから遊園地は明日でいいわ。その代わりポップコーンとアイスはつけてもらうけどね。ナイスアイデアでしょ?》
小さな胸を張るキャシー。
《キャシーはえらい。ジョージのために我慢できるのね。あなたがそう言ってくれるとパパやママも助かると思うわ》
《だって私は赤ちゃんのジョージと違って大人だもの》
今度は鼻息荒く自慢気に話すキャサリン。
《でも本当の大人の世界はもっと違うのよ》
そう言い放つ私をキャシーは不思議そうに見上げる。
《どう違うの?》
私はキャシーに近づいて少しかがみ込んで目線を合わせた。
《まず、大人の世界で仕事の約束は契約になるの。それを破るとごめんなさいでは済まされない。罰金を取られたり、次から仕事がもらえなくなっちゃうのよ》
《今度はちゃんとするからって謝っても?》
《キャシー、このフェスは後3日で終わるのよ。今度は来年になるの。今度ちゃんとするって言っても一年も先のことなんか誰も分からないじゃない。それまでに私が病気やケガで入院したり死んでたら、結局今度もちゃんとしなかったことになるの》
キャシーは私の話を一生懸命理解しようとしている。
《もし来年のフェスに無事参加してちゃんと約束を守ったとしても、それまでの一年間は約束を守らなかった事実だけあるの。それは来年約束を守ったと証明されるまで、信用を失ったままということ。信用のない人間に仕事が来ると思う? 仕事がなければお金がもらえないのよ? 生活できなくなるよね?》
困った顔のキャシーを見れば、なんとなく理解できていることが分かる。
《だから契約を破るんじゃなくて変更してもらうの》
《変更?》
《そう。今の仕事はそのまま継続だけど、キャシーが日本にいる間だけはそっちを優先するって条件を追加でつけてもらうのよ》
《そんなことできるの?》
みるみるうちに表情が明るくなってゆくキャシー。
《あれ? これはあなたがくれたヒントなんだけど。さっきポップコーンとアイスをつけてもらうって条件をつけてたのキャシーじゃない?》
《あっ!》
《本当にナイスアイデアね、ありがとう》
《私のお陰ってことね!》
持ち上げて機嫌を取ったところ、見事術中にはまったようだ。
さてと、ここからが本番だ。
《なので今から大人の話をキャシーのグランパとするから、あっちで大人しく待っててくれる?》
《分かったわ》
機嫌が良くなったのか、納得したのか、キャシーは大人しくボディーガードと一緒に部屋から出て行った。
さぁ、真剣なビジネスの話をしよう。
《それではミスターロジャー、細かい話を始めてもいいですか?》
《あ、あぁ⋯⋯ところでキャシーの扱いがとても上手いな?》
《伊達に子育てしてませんから》
《なるほど。キャシーくらいの子供がいるとか?》
《いえ、上の子は成人してますけど?》
《えっ? 失礼だが年齢は⋯⋯?》
《私ですか? 40超えてますけど⋯⋯》
《Oh my God!》
まさか、こんなところで生のオーマイガーを聞けるとは⋯⋯。




