~夏フェスの始まり~
第10章━1
暑い⋯⋯。
私は今、大型フェスの会場にいる。
Ryoのリハーサルに付き合わされているのだが、手伝い程度の下ッ端は雑用に振り回されて炎天下の中、さっきから走り回っていた。
───私がここまでする必要あるん?
一息ついた私は、日陰に座り込んで休憩していたが、内心全てを投げ捨ててクーラーの効いた部屋に帰りたかった。
「五十嵐ちゃん、カムバック!」
つい泣き言を口にしてしまった私に近づいてくる人影があった。
ふと顔をあげると小さな女の子。
ただし髪と目と肌の色から日本人ではないことは明らかだった。
「Hi,What's up?」
───あっ、ヤッパリ外人さんだ!
英語で話しかけられた私は久々の言語スキルを行使して少女に返事をした。
「What's up?」
英語で返事をされると思わなかったのか、少女は一瞬目を大きく見開いたが、言葉が通じると分かって嬉しかったようで笑顔で話しかけてきた。
《オバサン、英語が話せるの?》
《英語は話せるけど、初対面の相手にいきなりオバサンはいくら子供でも失礼やと思うで》
《じゃ、なんて呼んだらいいの?》
《私は典子って名前だけど?》
《の、りこ? じゃ、リコって呼んでいい?》
エリザベスをリズとかベスと呼ぶような感じかな?
まぁ、前世の名前だしゴーシュもリコ呼びだから別に違和感はない、良しとしよう。
《それでいいよ。ところでそっちの名前は?》
一目で分かる欧米人特有の肌の白さと明るい茶髪にブルーの瞳。
海外旅行で日本に来て、家族揃って夏フェスに参加って感じかな? 迷子なら救護所に連れていかなきゃ⋯⋯。
そう思いながら人形のように可愛い少女に名前を聞いた。
《私の名前を知りたいの?》
《知りたいの? って、教えん気ならそれでもえぇけど、そん時はおいとかちょっととかガキって呼ぶけどえぇの?》
私が意地悪そうに笑顔でそう言うと、
《私はキャサリンよ》
ちょっと拗ねながらも、なぜか無い胸を張って偉そうに答える少女⋯⋯ツンデレか?
《キャサリンね。じゃ、キャシーって呼んでいい?》
《キャシーって呼ぶのは家族以外では特別な相手にしか許してないのよ》
《じゃあ、キャサリンって呼ぶから別にええけど》
私が素っ気なくそう答えると少女は慌てて、
《で、でもリコには特別にキャシーって呼ぶのを許してあげる》
と、愛称のキャシー呼びを許してくれた。
───ふふっ、なんかメッチャ可愛いやん、この子。
《おおっ、それは有難いなキャシー》
《今回は特別よ。退屈だからリコが相手してよ》
偉そうにしてても子供やな⋯⋯。
だけど自分が暇やからって、大の大人を捕まえて「相手してよ」って何様やっちゅう話や。
私はさっきまでのふざけた雰囲気は消して、真剣な顔でキャシーに向き合った。
《キャシー、悪いけど私仕事中なんや。いくらキャシーが暇やって言うても、仕事を放ったらかして遊んであげられん》
《だってこんなとこで座り込んでたじゃない》
《それはこの暑い中さっきまで走り回って働いてたから休憩してただけ。一息ついたらまた仕事に戻らなきゃダメなんや》
そう言うとキャシーは落ち込んだような顔でうつむいてしまった。
《そんなことよりキャシーの親はどこにおるんよ?》
《パパとママは来てないわ。ジョージさえいれば私は必要ないのよ》
《はぁ? ジョージって誰よ?》
《半年前に生まれた私の弟⋯⋯》
ははぁ~ん、一人っ子のキャシーに新しい家族ができて、今まで自分が一番だった両親がその弟の世話に掛かりっきりって訳か。
相手してほしい構ってちゃん病になってるんやな。
《んじゃ、ここには誰と来たん?》
《リッキー達と》
《ん? リッキーって誰?》
《リッキーは私のグランパよ。このライブに参加するって言うから、サマーバケーションの間、一緒についてきたの》
《そのグランパは今どこにおるん?》
《リハーサルがあるって言ってたからあっちの方にいるんじゃない? リッキーは仕事中だけど私は暇だから抜け出してきたの》
そう言って足先で地面を左右になぞっている。要するに親にもおじいちゃんにも相手にしてもらえず拗ねてた訳ね。
仕事中ってことはおじいちゃんは外タレのスタッフとかかな?
外国のタレントやスタッフは家族を同行することがよくあるって聞いたことあるし。夏休みだからついでに孫を連れてきたのかも⋯⋯。でも仕事が優先なのは仕方ないよな。
《キャシー、気持ちは分かるけどグランパは仕事で日本に来たんやろ? なら邪魔したらいかんし、心配させても駄目やろ。キャシーは生まれたばかりの赤ちゃんのジョージと違ってお姉さんなんやから、私の言ってること分かるやろ?》
《そんなの分かってる⋯⋯》
そう言うキャシーの口はアヒルのようになっている。
拗ねた時の子供の仕草って万国共通なんかいの? ふて腐れた態度が唇に集約されている。
《じゃあ皆に心配かける前にスタッフルームに戻ろう。私も雑用が残ってるし⋯⋯》
そう言いながら立ち上がった私は、足取りの重いキャシーの手を引いてリハーサルをしているメインステージの方に向かった。
《リコはいつまでいるの?》
少し機嫌の直ったらしいキャシーが私を見上げながら話しかけてくる。
《明日から三日間あるフェスで私の担当しているアーティストは最終日だから、明日と明後日はいないけどその次の日は来るよ》
《じゃあ、明日と明後日は暇なの?》
暇って聞かれると答えにくいが、私にだって休みは欲しい。
フェス本番までに色々と手伝わされて、当初の予定以上に忙しかったんだ。簡単に五十嵐ちゃんの代理でRyoについたけど、二度とやりたくない。今日のリハが済んだら明日と明後日は休みにしてくれと泣きついたんだから。
《暇っていうか、休みもらったんだ。元々私はピンチヒッターでたいしたことできないし。後は最終日の本番にちょこっと顔出して手伝ったら私の仕事は終わり》
《じゃあ、私と一緒に遊んでよ》
急に目を輝かせてギュッと私の手を握るキャシー。
そんな目で見られたら断れんやん。子育ても終わり、人の顔見りゃ「今日のメシ何?」しか言わなくなった亘や、母親より好きな芸能人に夢中の亜紀に比べたらまるで孫のように可愛いキャシー。
まぁ知らない国に連れて来られて、周りは仕事中の大人ばっかりだし、言葉も通じなきゃ退屈してんだろうなぁ⋯⋯ってことは分かるけど、人様の子供を勝手に連れ出したりはできない。それじゃ私が誘拐犯になってしまう。
《保護者の許可が得られたらね》
《ホント? 約束よ!》
スキップし出したキャシーは、さっきとは全然違う足取りでスタッフルームを目指して歩いている。
メインステージに近づくにつれ周囲が騒がしく、スタッフが慌ただしく動いているのが見えた。
───どしたんやろ? 機材トラブルでもあったんかな?
と、気楽に考えていた私に、向こうの方にいた外人さんが大声で指差して叫んでいる。えらくガタイのいい外人二人が全速力で走って来た。さてはキャシーのおじいちゃんかな?
《キャサリン! 今までどこにいたんだ、心配しただろ!》
《リッキーもリハどころじゃなくなってるぞ!》
慌てて駆け寄ってきた外人さんらに凄い目で睨まれたので、急いで事情を説明する私。誘拐犯じゃないからね、私⋯⋯。
《そういうわけで明日からリコと過ごすから私は大丈夫よ》
キャシーは自分の倍以上ある外人さんに、王女様のような振る舞いでそう言った。
《勝手にそんなこと言われてもリッキーが許すはずないだろ》
《リッキーは関係ないわ。私がそうするって決めたの》
《ジーザス、勘弁してくれよ⋯⋯》
大の大人が⋯⋯それも190cm近くあるレスラーのような大人がキャシーに振り回されている。ちょっと可哀想になった。
《キャシー。さっき言ったよね? 保護者の許可が得られたらって。あんたが勝手に決めることじゃないやろ。なぜそうしたいのか、ちゃんと自分で説明して、グランパが納得してくれたら二日間キャシーと過ごしてあげるって。そうじゃなきゃ私が悪者になってしまうやろ? そんなん勘弁やで。約束も守れんならさっきの話はナシやな》
《えっ、嘘ッ!? ごめんリコ、ちゃんと言うから!》
《《ッ!?》》
えっ、何故あんたら大人が驚いている?
あっ、私が英語で喋ったからか?
呆気に取られている二人組の背後から、キャシーの保護者であるグランパが駆け寄ってきた。
《キャシー!》
《リッキー!》
そう言ってキャシーが抱きついた相手は、この夏フェスの大トリを飾る有名な海外アーティストのボーカル、リック・ロジャーだった。




