~続・それぞれの1日~
第9章ー1
色々あったがみんなの生活もだいぶ落ち着き、それぞれの日常が戻って来た。今日はそのある1日を振り返ろう。
★吉岡典子の場合★
いつものように手のかかるデカイ子供2人を叩き起こし、朝食を取らせて送り出した私は洗い物が片付いたところで自分も出掛ける準備をしていた。
「忘れ物はないな。買い物一覧は持ったし、やる事リストもある⋯。よし、出掛けるか」
年のせいか、最近は家に着いてから、
「あっ!アレ買って帰るの忘れてた!」
ということがしばしばあるのでメモに書き出しては財布に入れておくようにしている。
この家では最年長なので年寄り扱いされることが多いので──主に若い2人で光君は決してしないが──自分でも気をつけるようにしているのだ。
今日の私は小説の打ち合わせで久々に出版社に顔を出し、ついでに買い物をして帰る予定にしていた。
年を取ると出掛けるのも面倒になって、誰かに誘われないと家から出ないことがよくある。たまには外出するのもいいだろう。
★吉川光輝の場合★
お邪魔虫達が出掛けてやっと2人っきりになれる朝の10数分が、俺にとって至福の時間であることを彼女は気づいているだろうか?
みんなといる時の彼女は保護者の立ち位置でいることが多いが、朝のこの時間は俺だけの恋人として過ごしてくれる。
意識してるかは不明だけど、Ryoや龍斗がいる時には決して見せない甘えん坊な部分がちょくちょく顔を出して俺としてはかなり嬉しい。俺しか知らない典ちゃんの可愛らしい一面。誰にも見せたくはない反面、自慢したい気分にもさせられる。
「今日はいつもより早めに帰れそうだから」
「えっ、ホンマに?やったぁ~♪」
そう言って抱きついてくる典ちゃんが愛しい。
あの2人がいる時は身体的な接触を控えているからかもしれないが、こういうスキンシップは大歓迎だ。
「じゃあ今日は光君の好きなもん作るわ」
「別にいいよ」
「い~や、いつも若い2人の好みを優先させてるやろ?どうせ聞いてもアイツら『肉!』しか言わんのやから、今日は光君の食べたいもんにするわ」
「ん~、きんぴらとか茄子の煮浸しとか、和食系がいいな」
「OK!任せといて」
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
軽くキスをして家を出る俺。
幸せを実感し、今日の仕事に対しても気合いが入る朝だった。
★吉川涼也の場合★
怒濤のライブツアーは終了した。
最終日のハプニングによってしばらく騒ぎに巻き込まれたが、ネットの騒ぎは落ち着いたし、何より光さんを過去の柵から解放できたと思うとある意味満足だ。
あれ以来、光さんは以前にも増して典平にベタ惚れだ。
ゴーシュが恋敵になりそうだと心配していたが、それが払拭されるや否や昔からの友人のように仲良くなってるし⋯。
ちょっと悔しいが、生きてきた経験値が俺とは比べ物にならないんだから仕方ないと自分に言い聞かせている。
それにしても典平とゴーシュの前世の話にはマジで驚かされる。たまに「はぁぁぁ?」ってなるけど、世界が違うんだから常識も違うのは当たり前だろう。
聞いてるだけでかなりシビアな世界だって俺でも分かる。
だけどその2人が光さんに好意的だってことは、今後何かあった時に大きな助けになるはずだ。
もう2度と光さんが傷つかないよう俺達が守ってみせる。
「Ryoさん、着きましたよ」
「あ、うん」
マネージャーの五十嵐から声をかけられた。
「このスチール撮影が済んだら今日の仕事は終わりですから。あっ!ただし撮影の合間にインタビューが3件入ってますので」
「ライブDVDの宣伝を兼ねてんだろ?」
「よろしくお願いしますね」
「分かってるよ」
そう言いながら俺は車から降りてスタジオに向かった。
★横山龍斗の場合★
「そろそろ時間です」
「あっ、分かりました。おい龍斗、出番だぞ」
「OK」
俺は今、9月クールの連ドラの最中だ。
例のライブ騒動が終わってすぐに撮影に入ったのだ。
毎日台本を覚えて現場に入り、リハーサル後すぐ本番。
今回はやさぐれたチンピラが運命の相手と出逢ったことによって立ち直り、人生の再生を果たすという内容だ。
言っちゃ悪いがやり易い。
だって俺自身がそうだから⋯。
俺にとっての運命の相手は女じゃなく男だが、ゴーシュとRyoと光さんだ。この3人に出逢えたことで俺の人生は変わった。
それにしても兄貴が勇者だったなんて。
それを言うなら典ちゃんが冒険者だったことにも驚きだけど。
どちらも不思議と受け入れられたのは、そう言われればそれっぽいと納得できる雰囲気があるからだ。
特に典ちゃんの口の悪さは冒険者ならでは⋯って気がする。
つうか俺としては兄貴の勇者時代の話をもっと知りたいんだけど、そんなお宝話を典ちゃんだけ知ってるなんてズルくないか?
「龍斗、頑張ってくれよ」
「任せとけって」
そう言って俺はスタジオのセットに入っていった。
★黒井剛士の場合★
目の前にチキン南蛮、焼き鳥、唐揚げと今日は鶏尽くしだ。
「黒井さん、お待たせしました」
「あぁ⋯」
俺のテーブルに生ビールが置かれた。
「すみません⋯今日のオススメに鶏系の料理が多くて、賄いもこんな感じになってしまって⋯」
「別に気にしない⋯」
「じゃあ良かったです」
「こっちこそ助かる⋯」
俺がそう言うと若い店員は厨房へ下がって行った。
今日は久しぶりにバーへ行く前に居酒屋の方へ顔を出した。
バイトの店員の中には見知らぬ顔も数人いたが、なぜか全員が俺のことを知っているようだった。後で店長に聞いてみよう。
ビールを一口飲んでから焼き鳥を1本手にする。
タレと塩の両方あるが、俺はタレの方が好きだった。
昔の記憶のせいか塩味より濃いめの味が俺は好みだった。
あの頃は味の好みなんて考えたこともなかった。生きるために腹を満たすだけの食事は実に味気なかったから。
だが今は色んな味を楽しむことが出来るのだ。
前世のように暴れまわることはなくなったが、食事のレパートリーが増えたことは嬉しい限りだ。
特に先日、リコの家族と一緒に取った食事は自分でも驚くほど楽しい時間を過ごすことができた。みんなが俺も家族の一員のように接してくれたのだ。あれが幸せという感覚なのだろうか?
「おいおい、俺にもう飲ませないつもりかよッ!?」
奥のテーブルで怒鳴っている酔っ払い客がいるようだ。
店員がなだめに行ったが余計に声がデカくなっている。
邪魔だな⋯。
せっかくの夕食が台無しになるだろう。
俺は近くにいた見知らぬ新人店員を捕まえた。
「どうした?」
急に声をかけられた店員は一瞬ビクッとしたが、緊張した面持ちで状況を説明してくれた。どうやら開店と同時にやって来た客がずーっと長居したまま悪酔いしているそうだ。
「なるほどな⋯分かった」
「えっ?」
俺は一言告げると奥のテーブルへ向かった⋯。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「久々でしたね?」
「まぁな⋯」
私はグラスを出しながらクスッと笑っている。
隣の居酒屋の前には眠ったように気絶している男が3人いた。
どうやら初めての客だったんだろう。あの店で騒ぎを起こすなんて馬鹿はそうそういないから。
「ところで⋯」
「はい?」
「隣の店員が数人入れ替わっていたんだが⋯」
「春は卒業や入社でバイトの入れ替わりがありますから」
「なるほどな⋯」
「どうしたんですか?」
「知らない奴等が俺のことを知っていた⋯」
「あ~ぁ、フフッ」
「なんだ?」
「裏の従業員用通用口の壁に写真が貼ってあるんですよ」
「そんな物いつ撮ったんだ?」
「撮ったんじゃなくてSNSからプリントしたんですよ」
「??」
どうやら黒井さんはよく分かっていないようだ。
「ここで前にスマホで撮ったでしょ?」
「リコ達と撮ったやつか?」
「それですよ」
「そうか⋯」
気に入らなかったのだろうか?
無表情なので彼の感情を読み取ることはかなり難しい。
まぁ、気に入らなければ明日にでも通路から写真は消えているだろう。それに写真がなくても彼のことは自然と覚えるはずだ。
プルルルルルッ⋯⋯
黒井さんの電話が鳴った。
「⋯あぁ、分かった⋯」
それだけ言うと彼は電話を切ってグラスを飲み干した。
「典子さんですか?」
「あぁ⋯」
⋯そうだろう。彼に電話をかける人は滅多にいない。
ほとんどが彼からの連絡を待つ立場で、自らかける勇気を持っている人間は数えるほどしかいない。その中でも遠慮なく電話をする人物は彼女くらいしか思い浮かばなかった。
「もう行く⋯」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言って私はバーのドアから出て行く彼を見送った。
数年前からは想像も出来なかった光景だ。
ケンカ以外で彼を呼び出す人間がいることと、呼び出されたのに不機嫌じゃない彼の姿が⋯。




