~春の嵐がやってきた⑦~
第8章ー7
──ライブ翌日には世間が大騒ぎになっていた。
昨日の出来事が既に朝のニュースで流れていた。何より驚いたのは、あれだけチェックしていたにも関わらず、ライブを録音・録画している奴がいたことだ。
どうやって持ち込んでいるんだろう?
ただ、そのおかげでアンコール前の私達の会話は真実としてお茶の間に流れた為、完全なる被害者となることに成功した。
また、一部ファンの嫉妬による暴走として捉えられていた炎上事件が、実はRyoの叔父である光君の元嫁の仕業だと判明した途端、ファンは元より世間からの犯人に対するバッシングが凄かった。
ついこの前までは、Ryoや龍斗の熱狂的ファンによる私への嫉妬からアンチサイトが立ち上がり、そのせいで【RR】の停止に陥ったと世間では認知されていた。
当然、ファンの質が悪いだの何だの言われ、結果ファン同士がいがみ合う状態だった。
ところが、ふたを開けてみればファンは一切関係なく、アラサーの浮気女の元嫁が嫉妬にかられ仕組んだことと分かったのだ。
この事実にネットはさらに荒れた。
元嫁の個人情報はこれでもかと晒され、誹謗中傷の嵐は止まず、恐ろしいほど増え続けるバッシングは驚くべき速さで拡散された。
人間誰しもそうだが、共通の敵を持つと結束力が高まる。仲の悪いグループがいても、クラスマッチになると同じように自分のクラスを応援する。その際、他のクラスは攻撃対象となる。
野球を例にすると分かりやすい。
甲子園をかけた学校vs学校の試合になると、自分の母校を応援する。もし負けても地元の高校を応援する。それが昨日までの対戦校であってもだ。
人はより自分に身近なものに依存する。それは規模が大きくなっても変わらず同じような影響を及ぼす。
プロ野球でいつもは自分の好きなチームを応援していても、WBCやオリンピックなどで選抜チームが出来れば日本代表を応援する。
クラスが学校になり、学校が県になり、都道府県が国になり、国が世界⋯と規模が大きくなっても同じだ。もし宇宙からエイリアンが攻めてくれば、地球人という仲間意識で一致団結することだろう。
特に日本人はその傾向が高い。
オリンピックなどで巻き起こる『ニッポンコール』は正にその象徴ではないだろうか。
他国がそれぞれ思い思いに応援する中、練習もしていないのに統率されたかのような『ニッポンコール』は、結束力の高さと共にみんなと一緒に応援したい、この応援団の仲間でいたいという群衆心理を上手く利用しているとも言える。
話は逸れたが、今回もそれが上手く作用した。
仲違いしていたファン同士が明確な敵を見つけたことで一致団結したこと。浮気した元嫁がRyoや龍斗に近づこうとしていたことが世の女達から反感を買ったこと。男は良くても女の浮気は許さないという昔からの古い因習が働いたこと。また離婚した時の状況が状況で──両親の死、光君の大怪我、その中での香の浮気──人として有り得ない、許せないという世間の怒りが爆発したことで、香は一躍日本一の悪女と呼ばれるようになった。
極一部から可哀想だという声も聞こえてきたが、私からすれば知ったこっちゃない。因果応報、自業自得だ。
私は罵声を浴びせながら笑ってやる自信がある。
私は神でも仏でも聖女でもない。
ただのアラフォー、シングルマザーだ。
そりゃ死んで転生して、また死んで元に戻るという滅多にない現象と、前世のスキルをちょっと使える他人にはない特異さはあるが、そんなことを知らない世間一般からすれば私は普通のオバサンなのだ。
要は見知らぬ他人より身内の人間を大事にしたい。
簡単に言うと好きか嫌いかという単純明快なことだ。
それに元々、短気で怒りっぽい私に慈悲なんて言葉はない。そんなものは前世で聖女にくれてやった。
喧嘩を売られたから買っただけ、やられたらやりかえす、情け容赦なく叩き潰すのが冒険者だった私の主義だ。
だから香を庇う人間がいても気にしない。それでも多少はアンチがいるだろうと覚悟していた。
ところが、女手一つで2人の子供を育て上げたアラフォーが素敵な年下の彼と運命的な出逢いをし、そして絶大な人気を誇る今をときめくイケメン2人と一緒に暮らしている。それを邪魔する悪女登場という流れは、気づけば正にシンデレラストーリーとなっていた。これも幸運スキルのおかげだろうか⋯?
私としては今回は普通に生きて寿命で死にたい。
波瀾万丈な人生は前世で十分味わったから、今度は長生きして孫を可愛がりながら光君と穏やかに暮らしたい⋯と思っているだけだ。
私だけじゃない。
光君を初め、人が羨むような暮らしに見える龍斗もRyoも心に傷をおっている⋯⋯もちろんゴーシュも。
みんな幸せになって欲しい。
そう願わずにいられなかった⋯⋯。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ~い、こちらライブの打ち上げ会場でぇ~す!」
「典ちゃんもこっち来いよ」
「典平、さっそく撮ってんのかよ?」
「私はえぇから、あんたらを撮ってるんやし」
ライブ終了後の打ち上げを私は【RR】にアップしていた。
絶対ファンが見たいはずだから。
この動画にはサーバーがパンクするくらい反響があった。
スタッフと乾杯しながら笑顔ではしゃぐ2人や、一緒にカラオケをする様子など、レアな姿を撮りまくってやった。
Ryoが自分の曲以外を歌ってるとこなんかファンにとって鼻血もんだうな⋯⋯。
最後には仕事を終えて遅れて会場にやってきた光君が、私を抱き締めながらひたすら謝り、それをみんなでなだめるという状況を郷田さんによって撮られ、嬉し泣きするRyoや龍斗に「何撮ってんだよ!」と怒鳴られた場面で切れた。
そしてスタッフを含めた全員の記念写真をアップして終わった。
「良かったな⋯」
「うん、ゴーシュのおかげや」
「いや、俺は⋯」
「ありがとう」
口の端をフッとあげ、照れたように笑うゴーシュを見て私まで嬉しくなった。
バーの事務所でライブ当日の事の顛末と、計画の成功を報告して私達はSNSの動画を見ていた。
「でも光君には悪いことしたよね⋯⋯」
昔の古傷をえぐるような行為だと私も自覚している。
「勘違いするなリコ。これはあいつの為でもあるんだ」
「どういうこと?」
ゴーシュの言葉に私は自分の疑問を投げ掛ける。
「今回のことで俺はあいつに問い詰めたんだ」
「えっ!?」
聞いてないよ、それ。
「お前が犯人に対して怒りを爆発させたように、あいつも胸の内で静かに怒りを溜め込んでいたんだ」
「!」
いつも穏やかな光君が実は怒ってたんだ⋯⋯。
「だが、お前と違い怒りをぶつける明確な相手が分からない光は、次第に自分を責めていた」
「嘘⋯⋯」
「事実だ。自分がRyoの叔父だから、そんな自分がお前と付き合ったから世間からこんなに叩かれるようになってしまったと⋯⋯」
「そんなん光君は悪くないやん!」
「そうだ。だから生け贄が必要だったんだ。あいつが何の遠慮もなく怒りをぶつける相手、あの優しい男が心の底から憎むことのできる相手が⋯⋯」
「それが元嫁?」
無言で頷くゴーシュ。
「ある意味良かったんだ。ファンが犯人だとあいつは責めることができなかっただろう。応援しているファンの気持ちを考えてしまう優しい奴だから。そこに元嫁だ。まさか黒幕が光の元嫁だとは思わなかったが、本来恨んで当然の相手なのに光は自分が幸せにしてやれなかったことをどこか負い目に感じていた。だが、今回の件であいつはキッパリと過去と決別することができた。負い目を感じることなく、明確に憎むべき相手として元嫁を位置付けた。もう昔の女⋯お前以外の女を心配することはないだろう⋯⋯」
「あ⋯まさか⋯今回の計画って私の為?」
「・・・」
「元嫁が黒幕だって分かった時、私は直接乗り込んでボコボコにしてやるつもりだったのに。この計画を提案したのって光君を過去の柵から解放して私以外の女を切り離す為?」
「お前以外の女を気にかける必要などないだろう。そんな男にお前を幸せにする資格はないからな⋯⋯」
「ゴーシュ⋯⋯」
「心配するな。すでに光は吹っ切っていたぞ。今回の件で今までの以上にお前のことを大切に思っている」
「ありがとう、ゴーシュ。本当にありがとう」
「礼などいらん」
「やっぱりゴーシュは私のヒーローやわ」
「よせ。俺はお前と組めて楽しかったぞ」
「そう?」
「あぁ。生まれ変わっても前世と同じような情け容赦ない感じは昔のままだな」
「それ褒めとん?」
「当たり前だ。冒険者には必要なことだろう?」
「そうやね(笑)」
こうして私とゴーシュ2人の初めてのミッションは終了した。




