~春の嵐がやってきた⑥~
第8章ー6
会場のボルテージは最高潮だ。
後は予定通り龍斗の登場と最後の仕上げ。
見てろよぉ~、キャンッ!って言わせてやる。
つうか、泣けっ、泣きわめけっ!
そんな私の心とは裏腹にステージではラストに向けRyoが最後の仕上げに取りかかった。
「じゃ、これがラストの曲……」
そう言った途端、ステージが真っ暗になり会場は暗闇に包まれた。
すると微かに聞こえる前奏でラストが何の曲か気づいたファンから歓声があがる。
徐々に曲の音量が大きくなり、歌い出しのタイミングでステージの照明が一気についた。
「「「「キャァァァァ━━━━ッ!!!」」」」
「「「嘘ぉ━━━━ッ!!」」」
「「「マジでぇ━━━━ッ!!?」」」
ステージ上でマイクを持ち、ラストナンバーを歌っているのはRyoではなく龍斗だった。
龍斗のドラマの主題歌だった曲。
勿論ファンなら誰もが知っていることだが、まさか龍斗本人がRyoの代わりにライブで歌うなんて誰が想像できただろう。
会場は今日1番の盛り上がりを見せた。
何より私は、思ったより歌上手いやん龍斗……って違うところに感心していた。
そしてサビの部分でRyoも登場し更なる歓声があがる。ステージ上を所狭しとファンに手を振りながら2人が駆け巡る。今日のお客さんには出血大サービスの大盤振る舞いだ。なんせ今からこの会場にいる人間は、ある意味証人という共犯になってもらうのだから。
さぁ、ここからが私にとっての本番だ…。
「今日は本当にありがとう━━っ!」
「俺も楽しかったよ━━━っ!」
「SPゲスト、横山龍斗でしたぁ━━っ!!」
「ありがとう━━っ!!」
「「「「キャァァァァ━━━━っ!!」」」」
そんな大歓声と共にバックステージに下がってきた2人へ他のスタッフより早く近寄る人影が…。
龍斗のマネージャー、郷田さんだ。
「Ryo、龍斗。今分かったことなんだが落ち着いて聞いてくれ」
「何?」
「どうしたんだよ?」
「例の犯人はすでに海外逃亡したようだが、あの嫌がらせサイトを作るように依頼した相手が分かったんだ……」
「えっ!?」
「マジかよ?」
「あぁ。さっき事務所から連絡が入って分かった」
「他の事務所の嫌がらせとか?」
「とにかく誰だよっ!?」
「それが……」
「何だよ、早く言えよ!」
「……香さんだ……」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと待てよ。香ってあの?」
「あぁ、吉川さんの元嫁の香さんだったんだ……」
話の内容が内容なので、他のスタッフより先に2人に駆け寄り人払いをして郷田さんは話を続ける。
「さっき吉岡さんにも伝えたところだが、自分が吉川さんと付き合ったせいで恨みを買い、そのせいで2人に迷惑を掛けることになったなんて……ってショックを受けてたよ。ファンの嫉妬だと思っていたが、まさか吉川さんの元嫁だったとは……」
「ふざけんなよッ!」
Ryoが叫んだ。
「自分の浮気が原因で別れたくせに今更何で……」
「お前が有名になったからじゃねぇか?」
龍斗がRyoに言う。
「光さんが結婚してたのってお前が学生の頃だろ?まだRyoとして世間に出てなかったじゃねぇか。よく聞く話じゃん。有名になった途端、見知らぬ親戚や友人が増えたとか…。別れてからそれに気づいて、失敗した、もったいないことした、って考えたんだろ、逆恨みだよ、たぶん……」
「じゃあ、俺のせいか……」
「違う!お前のせいじゃねぇよ!」
「俺がこの仕事始めなきゃ光さんに迷惑かけな……」
「ちが……」
「違うっ!Ryoのせいちゃう。私のせいやわ!」
龍斗の否定の言葉を食い気味に遮り、はい!私登場。
「私が光君と付き合わんかったら、こんな騒ぎも起きんかったんや。私のせいでみんなに迷惑かけたんや……」
一世一代の大芝居を打って出る私に周りのスタッフから同情の視線が集まる。
「そんなことねぇよ!」
「そうだよ典ちゃん!」
「だって……」
「あの頃の光さんを典平は知らないから。あの時の光さんは本当に生きる屍みたいだったんだ。事故で両親が亡くなって自分も大怪我して、1番支えが必要な時に浮気して光さんを見捨てた女だぞ!俺の女嫌いはあいつが原因なんだよ!全部あいつが悪いに決まってんだろ!」
あの頃を実際に知っているRyoはそれを思い出したのか、目には涙まで浮かんでいる。ゴメン、Ryo。
「そうだよ典ちゃん。生きる気力もなくなって、もう2度と恋愛なんてしないって言ってた光さんが今はどうだよ?毎日俺らと笑って過ごしてんじゃんか。女嫌いのRyoが同居するなんて考えられなかったんだから。今があるのは典ちゃんのおかげなんだよ!」
龍斗も必死にRyoを慰めている。ゴメン、龍斗。
「光君やあんたらの迷惑になってない?」
「典平いないと誰がメシ作んだよ?」
「朝、起きれねぇし俺」
「確かに…、吉岡さんには私達も感謝してます」
何も知らない郷田さんまで話に加わる。
「とにかく典平は光さんのフォロー頼む」
「うん」
「今回の件が元嫁のせいだって知ったら、光さんまた傷つくはずだ…絶対。俺、あんな光さん2度と見たくない」
「分かった」
「俺の大事な叔父さんだから」
「私の大切な人やし」
「俺の方が光さんのこと大切に思ってるよ!」
「私だってアンタに負けんわっ!」
「どっちも光さんが大事だってこと分かってっから。俺だって光さんのこと大好きだし」
芝居のはずだったのに、どっちが光君のことが好きか本気で言い合ってしまった私を龍斗が慌てて仲裁に入る。
そこにスタッフから……
「すみません!マイク入ったままです!」
「「「「えっ!?」」」」
周りは本気で驚いていたが、私だけは計画通りだ。
「時間おしてますっ。そのままアンコール行って下さい!」
「マジか?」
「Ryo、龍斗。後のことは上と相談するから、まずは行ってこい」
郷田さんが焦りながらもマネージャーとしてプロ根性を見せる。
そして私も…。
「せっかくライブに来てくれたファンに笑顔で挨拶してきなよ」
「「おうっ!!」」
そう返事をすると2人は再びステージへ向かって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「「アンコール、アンコール・・・」」」」
会場は2人がステージから消えてすぐにアンコールの大合唱。
私も声の限りに叫んでいる。
Ryoの大ファンの私はライブの抽選に外れたが、運良く学生時代の友人からチケットを譲ってもらい今日この会場にいる。
隣には久しぶりに会った大学時代の友人も一緒だ。
卒業後は連絡もなくなり縁遠くなった友人だが…。
私がライブチケット2枚を手に入れたことを誰かから聞いたのだろう、昔と変わらぬ可愛いさでお願いされて気づけば一緒に来ることとなった。親友というわけじゃないが、同じグループで仲良くしていたことは何となく覚えている。
ただ、何となくモヤモヤした感情もあるのだが、それが何だったか古い記憶なのでハッキリと思い出せない。
そんな時、暗転した会場に話し声が流れてきた…。
さっきまでアンコールの呼び声で鳴り響いていた会場には、マイクから聞こえる会話が全て伝わり、ファンは事件の黒幕が誰なのか知るところとなった。
ざわめきは2人の登場で歓声に変わったが会場の一角では不穏な空気が流れていた。
「香……嘘でしょ?」
「え、いや、まさか、そんな訳ないじゃん……」
「でも、吉川君との離婚原因が香の浮気だなんて聞いてないよ?」
「そ、それは、何かの間違いだよ……」
「香……アンタ、まさかマジで今度のこと関わってんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか……ははっ」
「ッ!!」
誤魔化しながら髪をかきあげる香。
その髪の先端をクルクルと触る仕草を見た途端、香が嘘をついていることがハッキリと分かった。
学生時代からの付き合いだ。香の癖は知っている。
嘘をついたり、何かを誤魔化したりする時に必ず香はこの仕草をする。
私にとっては分かりやすくて嘘も見抜けるので、香本人には伝えてなかったが、まさかこんな大事に関わってるなんて。
そもそも今日のライブだって、吉川君と同じ会社の真鍋がチケットを融通してくれるって昔の友達から連絡が回ってきたから、Ryoの大ファンの私がみんなを説得して手に入れたのに…。
久しぶりに連絡してきたと思ったら『戸籍上今は他人だけどちょっと前までは親戚だったし、Ryoがなついていたからもしかしたらライブ後に会えるかもよ?』なんて言われて、あれよあれよという間に香と一緒に行くことになっていた。
「信じらんない……」
正面にある巨大スクリーンに映し出されているRyoと龍斗。
ステージ上に出てきた2人は舞台裏の出来事なんかなかったかのような素振りでアンコールに答えている。
だが、そのRyoの目が真っ赤だ。泣いたことは明らかだった。
友人だと思っていた香が大好きなRyoを傷つけ、女嫌いになるきっかけを作った張本人だったなんて!
最近のRyoはライブで長めのMCをするようになったし、【RR】でのプライベート動画からは、以前のようなクールなRyoとは違った一面が見え始めた。
実はクールではなく単なる女嫌いだったとしたら…。
最近のRyoが本当の姿で、女性ファンを大事にするようになったのはあの典子さんって人のおかげだとしたら…。
私の隣にいる香は世界で1番Ryoに恨まれ嫌われている人間で、逆に彼女はそんなRyoや吉川君を救った人間ってことだ。
私は香の嘘に付き合うつもりはもうなかった。
必死に言い訳をする香を無視して、私は巨大スクリーンに映し出されるRyoの表情を目に焼きつけた。
私達ファンに「ありがとう」と感謝の言葉をかけながらも、時折唇を噛み必死に何かに耐えている姿は痛々しかった。
漏れ聞こえてきたさっきの会話で、その原因が何か会場のファンはみんな分かっている。
「こんな俺をいつも応援してくれて本当に感謝してる…。みんな、みんな、本当にありがとう━━━っ!」
そう言ったRyoの目には光るものがあり、隠すよう頭を下げた。
が、マイクごしに嗚咽する声が聞こえRyoが泣いていることが分かる。
ファンのみんなから歓声や悲鳴があがる。
「ほら、顔あげろよ。お前のライブだぞ?」
と言って龍斗がRyoの頭をガシガシ撫でている。
男の友情っていいなぁ……と思った途端、私は隣にいる元友人を見て、女の友情って何なんだろうと思った。
いや、元々この子は私のことを友人だと思っていたのだろうか?
大学時代から可愛くてモテていた香。ゼミが一緒で何となく仲良くなって、気づけば同じグループに一緒にいた。
代返したり課題を手伝ってあげる私に、一部の女子からは「いいように使われてるだけだよ」と言われたこともある。
その時は、同じグループに入れず仲良くなれなかったひがみだと思っていた。
でも今ハッキリとあの頃の自分の立場を思い出した。
女子会や旅行に誘われたことがない、結婚式にも招待されなかった。なのに合コンには必ず声がかかった。地味で垢抜けない私をイジる男子から「やめてあげて」と庇ってくれていたのは優しさじゃなく、自分の株をあげるため?
もしかして私って香の引き立て役だったの?
そう気づいた途端、今までのモヤモヤが一気に晴れた気になった。
アンコールを終え、会場を後にした私は勿論1人だった。
あんな女と同じ空気を吸っていたくなかった。
外に出る間、必死に取り繕う香が私に話しかけていたが、近くの座席にいた周りのファンが私達の会話から何やらスマホで検索し始めて、Ryoを女嫌いにした原因が目の前の女だと気づいたのだ。
そこから香は熱狂的なRyoのファン達に詰め寄られ、逃げるようにして会場から去っていった。
そんな香に対する怒りが収まらない私は、昔の友人達に今日の出来事を事細かにメールで拡散した。
その後、香のアドレスは削除した…。




