~春の嵐がやってきた④~
第8章━4
私は今、例のバーの事務所にいる。
昼間なのでまだ誰もいないし、悪巧みをするにはうってつけの場所だ。
ゴーシュから頼んでいた物が手に入ったと連絡がきたので、私は書きかけの小説もそのままでこの場所にすっ飛んで来たのだ。
「ゴーシュ!」
「リコ、こっちだ」
前回と同じソファーに座るゴーシュの右手にはA4サイズの茶封筒がしっかりと握られていた。
「見せてっ!」
私はゴーシュから奪い取るかのように封筒を引ったくると急いで中身を取り出した。
身上調査と言えば聞こえはいいが、要は犯人を見つけ出してもらったのだ…、それも恐ろしいほど細部に至るまで調べ挙げて。
「こいつかよ…」
私は封筒に入っていた写真の1枚を取り出して復讐する相手の顔を頭に刻み付けた。
顔に見覚えは無いし名前に聞き覚えも一切無い。
だいたい誰だ、この男は?
あの2人のファンなら絶対女が犯人だと思っていたのになぜ男?
まぁ今のご時世男性ファンもいるだろうが、サイトでの書き込みの仕方や内容はとても男とは思えなかった。
だが確実に犯人はこいつだと証拠が全てを物語っている。
アカウントを消して自分だけさっさと逃げた犯人。
決して許すまじ!地獄の果てまで追い詰めて引導を渡してやるから覚悟して待っていろッ!
資料を元に計画を詰める私達2人。
犯人の名は“森川進”という30半ばの男。
そもそもこいつに恨みを買う覚えは一切なかった。
そりゃ女性ファンがヤキモチ焼くのは予想できたが、Ryoと龍斗の2人より年上の男から嫌がらせされるとか誰が想像できた?
そして私とゴーシュはサイトの書き込みを最初から全て目を通していった。
最初はRyoと龍斗絡みのちょっとした嫉妬の書き込みだったが、次第に私への個人攻撃がメインになるように誘導しているみたいだった。
「リコ、これ見てみろ」
「どれ?どこ?」
「この部分変じゃないか?」
「あっ!それだとこれも怪しくなるな」
書き込みの中におかしな箇所を見つけたゴーシュはサイトではなく、メールのやり取りを印刷した紙を抜き出して見せてきた。
「この中に知ってる奴はいないか?」
「えっ、どゆこと?」
「もしかするとこいつだけじゃなく、裏に共犯がいるかもしれんぞ?そいつが本当の黒幕かも…?」
「ちょっと貸して!」
私はやっと800番台まで目を通したサイトの紙を横に置き、森川とかいう奴のメール相手をチェックしていった。
知ってる奴、知ってる奴、知ってる奴、知って…
「おったぁぁぁ━━━━ッ!!!」
私は絶叫した。
「どいつだ?」
「こいつよ、こいつ!」
「誰だ?」
やっと見つけた真犯人への逆襲を思い浮かべながら私はタバコに火をつけ一服した後、大きく煙を吐き出しながら答えた。
「私達の敵!」
自分の悪口を散々目にしてイライラの限界だった私は、明確な敵が判明したことで怒りは頂点に達していた。
──翌日。
世の中は通勤ラッシュの時間帯。
私達はとあるマンションの一室のドア付近で待ち構えていた。
もちろん、森川進の部屋だ。
8時を過ぎた頃…、ドアノブが回る音がした。
「ふぁ~あ……」
大きなあくびをしながら出てきた森川をゴーシュがアイアンクローを極めたまま押し戻し、私達は一緒に部屋の中へ押し入った。
「うわぁぁぁっ!」
「黙れ」
強盗と勘違いしたのか驚いて叫び続ける森川に対し、ゴーシュは『黙れ』の一言と同時に腹パン一発お見舞いした。
「ん、うぅぅん…」
「気がついたな」
「ん?んんん…うぅぅん!?むぅぅん!!!」
「うるさいから静かにさせてもらっている」
猿ぐつわで喋れず目隠しまでされた森川は、腕と足さえも縛られていることで自分が完全な拘束状態であることに気づき、恐怖のあまり震え泣き始めた。
「うぅぅん、んがんがぁぁ」
「うるさい、黙れ」
ゴーシュが横っ面を引っ張たいた。
森川はさっきよりおとなしくなったが涙は止まらない。
相手に私の姿は見えていない。
私達は計画通りに事を進めることにした。
まずはゴーシュが話しかけた。
「今から質問する…」
「んん━ん」
「聞かれたことに答えろ…」
「・・・」
「返事は?」
「ングゥゥゥ━━━━ッ!」
「分かったな?」
ゴーシュが火魔法で作り出した火の玉を奴の耳元に近づけると、ジリジリと音がして髪の毛が焦げる臭いがした。
目隠しされている森川は必死に頭を上下に揺らし頷いている。
「今から口は外してやるが騒げばどうなるか…分かるな?」
森川はひたすらブンブンと頭を上下に振っている。
私は奴の猿ぐつわを外してやった。
「はぁ、はぁ、はぁ、いったい…」
「誰が喋っていいと言った?」
「グワァッ!グフッ、ゴホッ…」
勝手に喋りだした森川の腹の上に、ゴーシュが勢いよくドンッと体重をかけ右足を落とし込んだ。
「聞かれたことに答えろ、いいな?」
「・・・」
「返事は?」
「は、はいっ!」
怯えきっている森川は体の震えが止まらないようだが、だから何だというのか?私の怒りは収まってなどいないのだ。
私はボイスチェンジャーで男の声を変え、森川に質問した。
「まず、お前はネットに若い女の盗撮写真や動画を大量にアップしてるな?それも有料サイトを立ち上げて…」
「そ、それは…」
「イエスかノーで答えろ!」
「あ、あれは…」
「もう一度体に聞くか?」
「はいっ!は、はい、その通りです!」
ゴーシュが首を掴んで森川を持ち上げると奴は素直に認めた。
質問する私と自分を痛めつけている男、最低でも2人いることに気づいた奴は逃げ場はないと諦めたのだろう。大人しく質問に答えるようになった。
「それは会社に内緒の副業でやってるな?」
「…はい、そうです……」
「同じ会社やこのマンションの娘にもやったな?」
「……はい」
「かなり手広くやってるようだが、少なく見積もっても軽く100人は超えている。実はこの中の1人が問題でな…」
「えっ?」
「ある組の跡目と婚約関係にあるご令嬢の盗撮写真がお前のサイトにアップされてるんだよ。ご令嬢の親御さんは大層ご立腹でなぁ…」
「し、知らなかったんです!そんな人だ…グフッ!」
ゴーシュに殴られた森川は口元から血が出ている。
「誰が勝手に喋っていいと言った?」
「すみません、すみません、すみません、すみません…」
「中国からの一般留学生として身元を隠してはいるが、実は国に帰れば中国マフィアの首領の愛娘。そんな人の盗撮映像をネットにアップするなんて自殺願望があるかドM確定だな?」
森川はまさかの展開に自分の行く末が想像できたようだ。
「この縁談が上手くまとまれば裏の世界でも日中友好、抗争もなく平和な日本が保たれるはずだったのに、まさか素人の小遣い稼ぎに邪魔されるとは……」
「す、すみません!本当に知らなかったんです!僕は…」
森川は謝罪の言葉を言い切る前にゴーシュよって首を掴まれ、喉を締め上げられた。奴は苦しみの余り嗚咽をあげている。
「いい、降ろせ!なぁ、森川。よくよく調べてみるとお前、依頼も受けて商売までしてるようじゃないか?」
「ゲホッ、ゴホッ、そ、それは…」
「アップするだけの悪戯ならまだしも、仕事にしているとなるとうちの組織の商売敵ってことになるなぁ…」
「やめますっ、今すぐやめます!だからどうか許し…」
「ゴメンですめば警察はいらねぇんだよッ!」
私は森川の髪の毛を掴んで思いっきり後ろの壁に頭をぶつけてやった。あまりにも腹が立ったからだ。
好き勝手やっておきながら、謝れば許してもらえると本気で思っているのか、このアホは?
「ゆ、許して……ください……」
震えた泣き声は消えそうなくらい小さくなっている。
今の森川は完全に心が折れているようだった。
でも・・・私 は 許 さ な い !
冷酷な声がボイスチェンジャーから放たれた。
「命だけは助けてやる。だが、お前の人生は今日からお前のものではなくなった」
「えっ!どういう……」
「我々がお前にたどり着いたということは、いずれ中国側も同じように行き着くだろう。そうなったらお前の命なんぞ虫ケラ以下だ。こちらとしては下手な面倒は避けたいんでな…。国外に逃がしてやる」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ。ただし2度と日本に戻れると思うな」
「えっ、いや、ずっと帰れな…」
「生きるか死ぬか、どっちがいい?お前に選ばせてやる」
「し、死にたくないです!!」
「決まりだな。お得意のそのスキルを東南アジアの組織で思う存分生かしてもらおう」
「あの……いつからですか?」
「すぐに決まってるだろ。あっ、お前の会社には退職届をメールで送っておいてやるから安心しろ」
「なっ!そ、そんな……」
自分の未来が既に決まっていることを自覚した森川はもう泣きも喚きもしなかったが、これからの自分の立場を理解して一気に脱力した。もちろん中国マフィアの話は全て嘘の作り話だ。
だが、こいつが日本に帰れないことは事実だ。
そんな男に最後の質問を投げ掛ける。
「ところで、もう1つお前に聞きたいことがあるんだが…」
そう言いながら私はコッソリとスマホで動画を撮り始めた。
目隠ししているところを避け、縛り上げている体はもちろん入らないようにして、鼻から下と胸から上だけを撮りながら1番重要なことを森川に尋ねた。
そして完璧な証拠を手に入れた私達はすぐさま行動に移した。
「俺だ。例の件進めてくれ。あと例の男を連れていくから今から言う場所に人を回してくれ」
ゴーシュが取引相手の組に連絡をする。
電話口には青白い顔の眼鏡をかけたあの男だ。
電話を切ったゴーシュは森川の背後に周り素早く首筋に手刀を入れ、一瞬のうちに奴の意識を刈った。
そして私達は証拠の数々をかき集めて静かに部屋を出た。
後は計画通り組の若い衆が森川を運び出し、明日にでも国外へ連れ出すことだろう。こいつは死ぬまで組の働きアリとして東南アジアのどこかで一生を終えるのだ。
こいつが今後どうなろうと私は知ったこっちゃない。
自業自得、因果応報、目には目と歯を・・・。
敵と見なしたからには徹底的にやるのが前世からの私達のルールだから。
残るはラスボスのみ。
被害者だった私は完全に悪役へと変貌し、加害者となることに何の躊躇も後悔もなかった…。




