~春の嵐がやってきた③~
今回はゴーシュ目線で進みます。
第8章━3
──その頃俺は日本にいなかった。
あの日から表の作戦は光輝に任せて、俺は裏の作戦を開始していた。他の誰にも漏れてはいけないリコと俺だけの初めての作戦だった。
俺は自分でも驚くほど張り切っていた。
今のリコは家族にも友人にも恵まれ、幸せな暮らしをしている。俺の出る幕はなかった。
そんな中、今回の事件が状況を一変させた。
リコの幸せを脅かす存在。
敵認定したからには容赦しない。
再会してからリコが俺に何かを頼むことはなかった。あの頃と違い、今は魔物や野盗もなく平和な世界だ。俺の能力は今や無用の長物だった。
だが、今回の一件でリコは初めて俺に頼み事をした。
あの頃に戻り、持ちうる力全てを使って協力することに何の躊躇いもなかった。
何より前世で出来なかった他の誰かとの共闘、それが唯一仲間に…と願ったリコとだ。
燃えないはずがなかった。やる気に満ちている。
殺らなければ殺られる…。
俺もリコもあの頃の感覚が戻ってきていた。
もちろんあの頃と違って本当に殺すことはしない。
だが、社会的抹殺がリコの希望だ。
ギルドから依頼された魔物討伐のように、一切の容赦なく黒幕への報復を提案してきたのだ。
相手に対する温情も躊躇もない。
冒険者だった頃のリコがそうだった…。
そして闇の勇者だった頃の自分も甦ってきた。
リコ、任せておけ!
俺はこれまで依頼の全てを達成してきた男だ!
今回の計画も誰にも知られることなく完璧にこなして見せる…。
◆◇◆ 第二段階・裏 ◆◇◆
あの日、光輝が来るまでの間に俺とリコは裏の計画を2人で練っていた。
それは俺にしか出来ない作戦だった。
リコから裏の世界とのツテがあるかと聞かれた時から、目の前にいる彼女は吉岡典子ではなく冒険者リコであると確信した。
依頼達成という目的のためには手段を選ばない、異世界では当たり前のこと。生きるか死ぬかの世界だったのだ、それも仕方ないというものだ。
だが、それを今のリコから聞くことになるとは思ってもいなかった。子供にまで手が及んだことがよほど頭にきたのだろう。
敵と見なしたら一切の容赦はしない。
綺麗事ではないのだ。
俺は今でもそっち方面からスカウトが絶えないことを正直に話した。
そしてリコから計画の全容を告白された…。
翌日俺は以前殴り込んだ組事務所に来ていた。
組長は高齢のため検査入院していて、若頭の新見が俺の目の前にいる。
「久しぶりだなぁ黒井。やっとうちの組に入る気になったのか?」
不敵な笑みを浮かべながら新見は俺に話しかけてきた。
俺はそれを無視してこちらの要求を淡々と喋り始めた。
「……今、困ってることはないか?」
「!」
一瞬、新見の顔色が変わったのを俺は見逃さなかった。
この街に住んでいると色んな情報が俺の耳に入ってくる。
表の世界だけでなく裏の世界の情報もだ。
俺はこの組が東南アジアの組織とゴタゴタしているという噂を小耳に挟んでいた。
「何が言いたい?」
「取引しようじゃないか…」
「取引?」
「簡単なことだ。俺がお前の心配事を片付ける。代わりにお前は俺の頼みを1つ聞くってのはどうだ?」
「それはこっちの世界に来るってことか?」
「違う。あくまでも取引としての提案だ」
「それは今後もあるのか?」
「さぁ…それは神のみぞ知るってヤツだろう……」
「・・・」
新見はしばし考えていたが、俺は奴がこの話に乗る確信があった。
最近この国には海外からぞくぞくと人がやって来ている。
その中には裏の世界の住人もいる。それは気配で分かる。
東南アジアに手を広げ、現地の人間を飼い慣らしていた頃と違って、今では逆に進出されようとしているのが現状だ。
組の看板を守るため、シノギを守るため、組長が留守の間は若頭の新見が組の顔として仕切ることになる。その結果が今後の跡目争いに大きく関わってくるはずだ。
いつの時代も権力争いというものはやっかいだ。
暴対法によって日本のヤクザは居場所をなくしつつある。
いくら本家とはいえ、傘下の人間を食わしていかなきゃ組が成り立たない。その為に海外へと目を向けたのだ。
ところが、急激に力をつけた現地の新興勢力が対立組織として名を挙げてきたのだ。
ここで目障りな奴等に立場というものを教え、叩いておきたいはずだ。
俺は視線の先にある新見の表情を見逃すまいと、ジッと見つめ続けた。
「…分かった、その話に乗ろう」
「取引成立だな…」
「仮に……、もしもの話だが万が一俺が約束を守らなかっ」
「組長より先に逝くか?」
「冗談だ…。お前を敵に回す気はない」
食い気味に返答した俺を見ながらタバコを吸う新見の右手の甲には、刃物によってつけられた傷跡が大きく残っていた。
初めて俺がこの場所へ現れた日に組事務所にいた組員は決して裏切ることはないだろう。
ほんの10分くらいの間に全員の未来をその手にした姿を忘れることはないだろうから…。
その翌日、俺は再び新見の前にいた。
「じゃあ頼んだぞ」
「あぁ、まずはフィリピンへ行って今日中に片付ける。その後のタイとベトナムはついでだ。早ければ3日で終わるだろう」
「1日ずつ終わらせていくつもりか?」
「1番の悩みの種はフィリピンだろう?後はおまけだ…」
「ふっ、お前には驚かされてばかりだな。だが、それが本当に可能だと俺は分かるから余計に恐ろしいがな…」
「やり方は俺に任せてもらう…」
「あぁ、それに関しては一切口出ししない」
「じゃあ、俺が帰ってくるまでに頼むぞ…」
「任せておけ。うちのフロント企業でそっち方面に詳しい奴等が何人かいるから、総力を挙げて調べておくさ」
「じゃあ行ってくる…」
そう言って案内役の1人と一緒に空港を旅立った。
俺は最短で日本に帰るスケジュールを組んでいた。その予定を変えるつもりもなかったし、邪魔するものは全て排除する気満々だった。
可能な限り今のリコの側についていたかったからだ。離れていることが不安で仕方なかった。
それは身の危険というより、リコの今の幸せが壊れてしまわないか心配だったからだ。本来今回の計画など今のリコには有り得ないことだったのに、光輝に内緒で俺に報復を持ちかけてきた。闇に堕ちるのは俺だけで十分だ。あいつには笑っていて欲しい…。俺は前世を思いだし闇の勇者として名を馳せた頃の自分に戻っていった。
──3日後。
予定通り俺は日本に戻ってきた。
案内役として付き添っていた男は、帰る頃には俺が話しかけないと一言も喋らなかったし近づいても来なくなっていた。
まぁ、3日間この世の地獄を隣で見て回ったのだ、仕方ない。
迎えの車に乗り込むと空港から直接組事務所へ向かった。
俺の役目は済んだ。後は目的の物を受けとるだけだ。
「お疲れさん」
「約束の物は?」
「せっかちな奴だな。少しいいか?」
事務所で待ち構えていた新見が座るように促してきた。
俺はソファーに腰を降ろしタバコに火をつけた。
「案内役の若い奴にはマメに連絡を入れるよう指示してあったから首尾が上々ってのは分かってる。ただ、ひとつ教えてくれ…」
「…なんだ?」
「なぜ殺さなかった?」
新見は俺を探るような視線を向け尋ねてきた。
出来たはずなのにやらなかった理由が知りたいのだろう…。
俺が答える前に続けて奴が口を開いた。
「お前なら全員一撃で殺すことも出来たはずだ。なのに誰も殺してないのはなぜなんだ?ビビったとか可哀想だとか言って誤魔化すのは無しだ、教えてくれ」
「殺して良かったのか?」
「えっ?」
俺の答えが予想外だったのか、思わぬ反応が帰って来た。
「1人殺すと必ず誰かの恨みを買う。ましてや今回の獲物は新興勢力の奴等だ…、全員殺せばその人数分の家族や恋人の恨みを買うことになるぞ。後々の禍根は残さない方がいいだろう…」
「確かにそうだが…」
「日本でも一昔前まではやったやられたの報復合戦があったみたいだが、その結果が今の暴対法だろう?あまり目立つことはしない方がいいと思うぞ…」
「だが、結局あんたが組織を壊滅に追い込んだなら一緒じゃないのか?」
「殺人とケンカは違う。警察の捜査が極端に変わってくる。大量殺人だと指名手配までついて面倒になるが、死人が出なければそこまでしつこく犯人を探したりしない。あいつらもたった1人にやられたとあっちゃ面子丸潰れだ…俺のことは喋らないだろう。ましてや警察は手を焼いていた組織が無くなったんだ、逆に有難いことだろう…」
「そこまで計算して?」
「元々の目的はお前達に歯向かわなくすることだろう?殺すより生かしておいて、お前らの組織の恐ろしさを知らしめた方がいいんじゃないか?戦争と同じだ。殺せばそれで終わりだが延々と恨みを買い続ける。だが怪我人や病人は闘いのお荷物になる上、それを見るたびにお前達の恐ろしさを思い出させることが出来る…」
「悪魔の発想だな…。確かに体の不自由な奴等を抱えての組織の再興は現実的に難しいだろう…。だから全員どこかしらを壊して障害が残るようにしてきたのか?」
「もう1つ、念押しもしておいたぞ」
「ん?」
「全ての場所で『お前らにも家族はいるだろう。それに免じて命だけは助けてやる。日本には人情という言葉があるからな…。だが2度目はない。その時は一族郎党皆殺しだ』とな…」
「恩を売ったフリして脅しもかけてきたわけか…」
「これで良かったか?」
「いいどころか、大満足だ!」
「それじゃあ例の物を…」
俺がそれを催促すると、新見の後ろに立っていた神経質そうで青白い顔の眼鏡をかけた若い奴がA4サイズの封筒を俺に手渡してきた。
俺はその場で中身を開け内容と顔写真を確認した。
「黒井さんのご要望通り、私共でそいつの名前・住所・携帯・勤め先・家族構成・友人関係・趣味に至るまで有りとあらゆる情報を調べてあげております…」
「そうか感謝する…」
「あと、例の準備はすでに出来ていますので、何ならこちらで対応しますが…」
「いや、それはいい。後で連絡する…」
俺は封筒を元に戻しながら立ち上がった。
「こいつには俺が直接カタをつけたいもんでな…」
「し、失礼しました…、出過ぎたことでした」
「いや、助かった。こういうのは苦手でな…」
「お前さんにも苦手なことがあったとは…」
「生き物は得意だが、機械関係はサッパリだ」
「十分ですよ、黒井さんは…」
「邪魔したな」
帰ろうとした俺を背後から新見の声が引き留めた。
「黒井!もう1度聞く。うちのお抱えになる気はないか?」
「…悪いがすでに売約済みだ」
「えっ!?」
「心配するな。こっちの世界の人間じゃない…」
そう言って俺は出口のドアノブに手をかけて、
「ただ、その人に手を出せば皆殺しだ!」
そう言い残して事務所を後にした。




