~黒井剛士の日常④~
第3者目線の話は一旦終了です。
次からは新しい章になります。
第7章━7
微妙な空気が店内を流れる中、状況を変えるため僕は彼女に話を振った。空気を読むことはモブキャラの得意技だ。
「あ、あの人達、失礼ですよね?典子さんをオバサンなんて…」
「お~、英介ありがとう~。優しい男はモテるでぇ」
「いや、僕なんて全然…。典子さんはいるんですか?」
「ん?彼氏?おるよ~、めっちゃイイ男が!」
「へぇ~。黒井さんを前にそこまで言えるなんてよっぽど素敵な方なんでしょうね?」
彼女の明るい声にホッとしながら喋っていると反対側から突然割って入った声がふたつ。
「そりゃそうだ!光さんは俺達も認める男だからな…」
「俺にとって憧れの男だよ」
まさかのイケメン2人が憧れる人って……、どんな人だ?
「凄い人なんですね?お2人が憧れるくらいの人って…」
「英介にはそんな人おらんの?もちろんゴーシュ以外で…」
典子さんが答えづらい質問を投げかけてきた。
黒井さん本人を目の前に、彼以外で憧れの人を聞いてくるとは…。
「えっと、黒井さん以外でですか?実はいますよ、僕にも…」
「いんのかよっ!?兄貴以外で?」
「あ、あの黒井さんは僕の中ではヒーローですが、その人は僕の目標というか心の師なんです」
「「「どゆこと?」」」
両隣からハモり気味に聞き返された。
「ぼ、僕は黒井さんのようにはなれません。だからこそ憧れるし僕のヒーローなんです。逆にその人は僕が目指している姿を体現している理想の人なんです。あの人に追いつきたいっていう目標であり、あの人のようになりたいと思う憧れの人なんです!」
「へぇ~、そうなんやぁ。どんな人なん?」
「たぶん皆さんはご存知ないかもしれませんが、僕らの世界では知る人ぞ知る超有名人なんです。吉川光輝さんって方で…」
「ブ━━━ッ」
なぜか典子さんがジュースを吹いた。
「「マジか!?」」
代わりに龍斗さんとRyoさんが物凄い勢いで食いついてきた。
「お前、見る目ある奴だなぁ♪」
「おう!兄貴のことといい、英介は人を見る目があるぞ!」
「えっ、あ、ありがとうございます」
「ちょ、龍、場所代われ。それでそれでその人はどう凄いの?」
なぜか今度はRyoさんが僕の隣に座ってグイグイ来てる。
隣の典子さんはおしぼりで口の周りを拭きながら急に無口になってパインジュースを飲んでいる。
煌びやかな世界で活躍する芸能人の2人が、オタクでモブキャラの僕の話を聞いてくれている。それも上辺だけのおざなりって感じじゃなくて、真剣な顔で僕の話を夢中になって聞いてくれている。嬉し過ぎて僕の知る限りの情報を繰り出していた。
Ryoさんなんてさっきまでのクールなイメージとは別人のようなテンションで、僕の話にうんうん分かるって相づちを打ってくれている。
まだ会ったこともなく顔も知らない彼に憧れて、就職先も彼のいる会社にしたことや、彼の作った作品の凄さを一生懸命説明していた。
すると・・・。
「ゴメン、遅くなった」
店に入って来た男性がこっちにやって来た。
「もう!遅いわ、光君」
「何とかギリギリ締切に間に合ったよ」
「お疲れ!光さん」
「お疲れ~、光さんもまずはビールっしょ?」
どうやら待ち合わせしていた知り合いのようだ。
年齢的に黒井さんと同じくらいかなぁ~と思いながら、いいタイミングだったので僕は入って来た彼に場所を譲って帰ろうと椅子から立ち上がった。
「あっ、じゃあそろそろ僕は帰るのでこちらどうぞ」
「ありがとう」
「光君紹介するね。こちら矢野英介君!」
と、典子さんが僕を横の男性に紹介してくれた。
そして・・・
「で、英介。こちらが私の大切な彼氏である吉川光輝さん!」
「えっ!」
「どうも吉川です、初めまして」
「えぇ━━━━━━━━ッ!!!」
カウンターの皆が大爆笑している。
あの黒井さんまで微かに口の端が上がって、フッと笑っていた。
まさか、あの吉川光輝さん!?
さっきまで僕が熱弁していた相手?
マジ?マジで?信じられない!憧れの人が目の前に!
動揺しパニック状態で何も言えないの僕の代わりに、典子さんやRyoさんが吉川さんに説明してくれて事情を聞いた彼が僕に話しかけてくれた。
「春からうちに来るって?」
「は、はいっ!矢野英介です。よろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしく」
「あ、ありがとうございます」
「ははっ、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「いえ、吉川さんは、ぼ…僕の憧れなんで……」
「俺が?そうなんだ。それは嬉しいな」
「ぼ、僕こそお会いできて光栄です!か、感激してます!!」
たぶんまた半泣きになってたんだろう。
周りの皆が僕を見て茶化している。
でもそれは学生時代の嫌なイジリとかじゃなく、あったかい言葉で『良かったなぁ~』とか、『もう泣くなよ』とか…。
最終的には皆で記念撮影をしようとマスターがスマホで僕らの写真を撮ってくれた。僕を囲んで典子さん、吉川さん、黒井さん、龍斗さん、Ryoさんと…。
マスターが僕のスマホに撮った写真を転送してくれた。
隣で典子さんやRyoさんが『私にも』とか『俺にも』って、マスターに詰め寄っている。
そして本当に奢ってくれた龍斗さんに何度も頭を下げながら僕は店を出た。
改めて今日は本当に人生最高の1日だ!
嬉しくてスキップしたのなんて何年ぶりだろう?
大して飲んでもいないのに上機嫌でアパートに帰った僕は興奮冷めやらず、なかなか寝つくことが出来なかった…。
翌朝・・・。
爆睡していた僕が目覚めた時には昼前になっていた。
確かに寝つくのに時間もかかったし、アルコールも入っていたので起きるのに時間がかかると思ってはいたが、スマホの目覚ましをかけていたのはずなのに鳴った覚えがないぞ?
枕元のスマホを手に取ると電源が落ちていた。
充電しないまま寝たので切れたようだ。
充電器に差し込んで電源をONにした途端、
「ピロン」「ピロン」「ピロン」・・・
鳴り止まないメールの音…。
何事かと思って開いてみると、今だかつてないくらいのメールの件数が表示されていた。
とりあえず一件開いて内容を見ると、
「何で!?すごいじゃん!」
と、高校の同級生からショートメールが入っていた。
他のメールも開いていくと中学や高校、大学のサークル仲間など特に親しくもないが連絡先は知っているくらいの友人から次々とメールが届いていた。それも女子率が高い!
読んでいく内に原因が分かってきた。
「どこでRyoと知り合ったの?」
「龍斗と肩組んで写メ撮るなんて羨ましい!」
「Ryoと龍斗の知り合いなの?紹介して!」
などなどなど…。
中には高校時代のヤンキーグループからも…。
「矢野!何でお前が黒井さんと写ってんだよ!?」
やはりそっち系の人達には黒井さんはかなり有名なようだった。
僕をパシリ扱いしていた奴等が、こっちのご機嫌を伺うようなメールを送ってきているのには苦笑いしかなかったが…。
どうやら昨日撮った記念写真が彼らのSNSにアップされたということは分かった。
僕はまだ鳴っているメールを無視して検索してみた。
【久々に楽しい酒が飲めた・・・新しい友人と!】
タイトルが目に入った瞬間、目頭が熱くなって昨日の興奮が甦ってきた。夢じゃなかったと。憧れの2人と超有名人の2人、そしてその皆から大切にされている彼女、そんな人達と笑い、話し、夢のような一時を過ごしたことを実感していた。
写メの僕は皆に囲まれて満面の笑みを浮かべていた。
遺影は絶対これにしようと、心に誓った。
メールはほぼ無視して着信を見ると、こちらも凄いことになっていた。
なぜか親からも着信が入っていた…。
思っていたよりも僕の母はミーハーなようだ。
3月末まで入っているバイト先に行くと、いつもは挨拶くらいしかしない女子達がこぞって僕に話しかけてきた。
話題はやはりSNSにアップされた内容だった。
適当にあしらいながら、こんな僕ですら今日1日でこんな風になるのなら、Ryoさんと龍斗さんは毎日が大変だろうなぁ…、などと的外れなことを思い浮かべていた。
バイトをあがったら今日もあの店に行ってみようっと…。
「いらっしゃい」
「あ、こんばんわ」
いつも通りマスターが出迎えてくれた。
昨日と同じカウンターに座る僕にマスターが一言。
「どうでした?」
半笑いで聞いてきた。
どうやらマスターは予想がついていたようだ。
「起きたら大変なことになってましたよ」
「でしょうね(笑)」
そう言いながらオーダーしたビールをそっと差し出してくれるマスター。落ち着いていて無駄口も叩かず、客が居心地良く過ごせるよう気遣いのできるマスターって本当に素敵な大人だ。
「あっ、そういえば昨日、黒井さんの名前は聞きましたけどマスターの名前を聞いてませんでしたよね?」
「私ですか?」
「はい。昨日は色々あってすっかり忘れていましたが、1番お世話になっている顔見知りのマスターの名前を聞き忘れちゃマズイなと思って…」
「黒井です」
「へっ?」
「黒井真人と言います」
まさかの黒井!?えっ、兄弟?親戚?えっ?えっ??
何が何だか分からなくなっている僕にマスターが、
「昨日、黒井さんが世話になったオヤジの話をしましたよね?あれ私の父なんですよ。今は私に店を任せて悠々自適ですけど…」
「え━━━っ!」
衝撃の事実をぶちまけた。
「養子ってわけじゃないんですが、事情があって黒井さんはうちの姓を名乗っているんです」
「そうだったんですか…。義兄弟みたいですね…」
「確かに。言われてみればそんな感じですかね?」
「じゃあ、昔から仲が良かったんですか?」
「そうでもなかったですよ…」
「そうなんですか?」
「出会った頃は私もヤンチャな年頃でしたし、父が親身になって面倒をみている彼に対抗心もありましてね。今思えば反抗期だったんでしょうね…」
「へぇ~、今からは想像つきませんけどね」
そう言った僕にマスターは利き腕と反対の左手を広げて見せてきた。
「どうです、分かりますか?」
「???」
薄暗いバーの店内で目を凝らしてマスターの手のひらを見る。
「ん~?あっ!えっ?まさか、これって…」
「はい、黒井さんに刺された痕です」
「えぇ━━━━っ!!」
マスターの左手の親指と人差し指の間には串で刺された丸い傷痕がうっすらと残っていた。
「串で良かったですよ。組の連中は刃物でしたから…」
昨日と今日、僕は人生においてこんなにも驚きの連続だったことはなかった…。




