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~黒井剛士の日常③~

バーでの集いは今回と次で終了です。

第8章からは典子目線に戻ります。

第7章━6





懐かしい昔の頃を思い出し、目の前にいる黒井剛士ファンに当時の話を俺は語り始めた。


「さっきお客さんには説明しましたが、この店を始めたオヤジってのが元刑事でしてね。黒井さんも若い頃そのオヤジの世話になってたんです。その関係でオヤジが現役の頃は情報屋みたいなことしてたそうですよ」

「えぇ~そうだったんですか?僕、初耳です!」

「お世話になった刑事さんの話は知ってたけど、その人がここのオヤジさんだったんや。知らんかったわ」


カウンターに座る4人とも初耳のようだった。

話題に登っている張本人は今、席を外している。

カウンターのイケメン2人をよりもっと見たくて、いつも以上に注文し飲み過ぎて酔い潰れた女性客を慣れた様子で近所の交番へ送り届けに行ったのだ。


「さっき店に嫌がらせをする(ヤカラ)がいたって言いましたよね……」

「あ、はい。若いヤンチャな人達って…」

「それより酷かったのが、ここら一帯を締めていたヤクザですよ。元刑事ってことが鼻についたんでしょうね…」

「あぁ、引退したら()()()ってわけか…」

「ええ、正にそれです…」


俺は淡々と語り続けた。


「最初はチーマーのようなチンピラ、次は()()の若い衆、と返り討ちにする内に黒井さんも気づいたんでしょうね。()()()()()()()()()だけでは無駄だということに…。()()()()()()()()()()()()()()()()ということが分かった黒井さんは、組事務所に単身で乗り込み話をつけてきたんですよ」

「本当ですか、その話!?」

「兄貴スゲェ!」

「ま、ゴーシュなら朝飯前やろうけど」

「普通はやんねぇよな?」


黒井さんの行動に盛り上がるカウンター勢だが、話にはまだ続きがある。


「黒井さんはそこの組長に『オヤジの店には手を出さない』という()()()()をもらったんですよ。これは近隣の組にも徹底されましてね…。最初は素人に舐められやがって、と他の組から荒っぽい集団がご来店されましたが、アッという間に叩きのめされて…」

「「「だろうね…」」」


彼と親しそうな3人は納得の表情だが、この矢野という客は俺の口から紡ぎ出される話を聞くにつれ無言になっている。

刺激が強かったかもしれない…。

そう思っていた俺に予想外の言葉が届く。


「凄いです、僕の想像を何倍も上回る凄さです!」

「あ、あぁ、そうですか…」

「僕の知ってる黒井さんは極一部だったんですね」

「まぁ、そうでしょうね…」


この店の中で彼が暴れることはほとんどない。

だから彼の本当の恐ろしさを知っている者は少ない。

だが、それを見た者や聞いた者は決して彼の逆鱗に触れようとはしないし、その場に居合わせようともしない。


「ともかく、この店と隣の居酒屋は非武装地帯のようになってますね。ここでの揉め事は命取りだということは周知の事実ですから…」

「へぇ~」

「ちなみにこのビルって周りに比べるとかなり古いのに、テナント料が他よりも高いんですよ。なぜだか分かりますか?」

「ナゼですか?」

「彼が店の事務所を自宅代わりにしてるからですよ」

「黒井さんここに住んでるんですかっ!?」

「住んでるというか、居ついてるというか…」

「分かった!」


典子さんが答えに辿り着いたようだ。


「何か起きるとゴーシュ登場ってなるんやろ?」

「正解です」

「何それ?じゃ、兄貴はこのビルのセキュリティ担当?」

「みたいなもんですかね…」

「そりゃ、アイツなら安全だよな」

「Ryo、兄貴のことアイツって言うなよ!」

「はいはい…」




そうこうしている間に噂の張本人が帰って来た。

……が、()()()も一緒についてきていた。


彼はいつものように無表情だがどこか憮然とした雰囲気で、足早に店に入ると()()()を避けるように素早くカウンターにもぐり込んだ。


「おかえり、ゴーシュ」

「あぁ…」


彼に対してこんなにも気軽に声をかける人間を俺は今まで見たことがなかったし、彼自身もそれを許してはいなかった。

誰もが“黒井さん”と敬称をつけていたし、呼び捨てなんてあり得なかった。

正に孤高の存在だった彼を()()()()ってアダ名をつけて呼ぶなんて…。

このところ親しげな人間がちょくちょく店に顔を出すようになったが、その相手が超有名人の横山龍斗だったことにはかなり驚いた。が、それよりも俺が気になったのは()()女性(典子さん)だ。


本人曰く、『身内のようなもん』とのことだが、確かに昔からの知り合いのようで()()彼とタメ口で話している。

何より俺が知る限り、彼の無表情が崩れるのも優しい態度を見せるのも唯一彼女だけだという事実。

どういう関係かとても気になってはいるが、()()()()()()()()()に下手に関わって地雷を踏んだ場合・・・考えただけでも恐ろしい。スルーすべき案件なのは明らかだった。

なにせ軽い気持ちで彼女なのか聞こうとして、「かの…」と言いかけたところで久しぶりに殺されそうな視線を向けられた。

まぁ、感じのいい明るい女性なので俺としては居てくれた方が助かってはいる・・・彼の周囲の空気が和むから…。


「キャア━━━━ァッ!」

「えぇ━━━━っ、嘘ぉ━━━━っ!?」

「何でRyoと龍斗がいるのぉ━━━っ!?」


彼についてきた()()()のキャバ嬢達がカウンターにいる有名人を見つけて大声で騒ぎ出す。

店内にいた他の客は()()()()()()()()()()()をしてくれていたのに、これでは今までの客の努力も台無しだ。

3人のキャバ嬢のうち2人は騒ぎながら勝手に有名人の横につき話しかけている。残る1人は反対側に回り、カウンター越しにしきりと黒井さんを店に誘っていた。

どうやらこのビルの上の階に入っている店のキャバ嬢のようだ。

3人ともいかにも…というドレスや髪型で急にカウンターが香水の匂いで充満した。

慣れた様子で適当にあしらう龍斗さんに、ガン無視するRyoさん。居場所を失ったかのような矢野英介さんを、隣で『気にすんな』と励ます典子さん。その向かいには無言を貫く黒井さんの姿があった。


「ねぇねぇ、黒井さん。飲むんならここじゃなく上の店に来てよぉ~。もちろん私の奢りだからぁ~」

「・・・」


黒井さんを自分の客として店につれて行きたいキャバ嬢は後をたたない。例の一件があってから、夜の街では黒井さんの存在はかなり大きい。下手な組関係の人間を連れて行くより店側にも喜ばれるだろう。何せ彼のいる店で揉め事を起こすバカはいないし、彼の行き付けの店となれば周りに対して絶大な信頼が得られる。そしてキャバ嬢達も()()黒井さんを客にしたということで内外にかなりのインパクトを与えることができる。

必死で彼を口説くキャバ嬢達を見るのは当然のことだった。

その上、今日は超有名人のRyoさんと龍斗さんのイケメン2人までいる。まとめて店に連れ帰れば自分達の株が大幅アップなのは間違いないだろう。

そんな裏の事情を想像しつつ俺は他の客に断りを入れて回った。

お騒がせして申し訳ありません……と。


「ねぇねぇ、1回でいいから付き合ってよぉ~」

「・・・」


ある意味、チャレンジャーとも言える。

今まで何人ものキャバ嬢が彼を誘っては玉砕しているのだ。

まず、まともに会話すら出来ていないのだから…。

反対側では有名人に夢中の2人がキャーキャー騒いでいた。

カウンターの男と女の温度差が激し過ぎる。


相変わらずキャバ嬢をいないものとして扱っている彼が、目の前のグラスが空になっていることに気づき声を発した。


「……次は?」


特別な存在(典子さん)の空のグラスを下げながらオーダーを聞く。


「ん~、じゃあ、次はパインで!」


相変わらずアルコールを一切注文しない彼女(典子さん)

だが、それを聞いた隣のキャバ嬢がバカにした口調で彼女を笑った。


「え~マジ?パインってジュース?バーに来て、それもカウンターでジュースって何なのオバサン?」


その言葉を聞いて俺は焦ってカウンターに戻ろうとした。

その俺の目に入ったのは、普段無表情な彼の眉がピクリと動き、険しい顔つきに変わる瞬間だった。


「店に来るならせめてアルコール頼めばぁ?」

「飲めないのよ、私」

「なら何でバーに来てんの?バッカじゃない?」

「あのねぇ、お嬢ちゃん。初対面の人に対して失礼やろ?」

「えっ、何が?」

「バカ呼ばわりもオバサン呼びも。せめて“お姉さん”って……」

「ウケる~。自分でお姉さんだって……」

「黙れ」


間に合わなかった。

彼の一言で店内は一瞬にして静まりかえり、彼女(典子さん)をバカにしていたキャバ嬢の顔はこわばっていた。


「まぁまぁ、ゴーシュ。子供の言うことやん」

「出て行け」


典子さんがその場の空気を変えようとするが、その甲斐なく店内は凍ったままだ。もはやキャバ嬢の居場所はなかった。


俺は慌てて店から出て行くキャバ嬢達の後ろ姿を見送りながら、カウンターにいる彼女(典子さん)に謝罪の言葉を伝えた。


「マスターが気にすることないって。つうか、ゴーシュがお客さん帰してしもてゴメンなぁ、ホンマにもう…」

「いえ、他のお客さんにも迷惑でしたから…大丈夫ですよ」

「・・・」


いつものような無表情に戻った彼は無言で彼女から頼まれたパインジュースをさりげなくカウンターの上に置いた。

良かった…。

今日は『黙れ』と『出て行け』の二言で済んだ。

以前、酔っ払った客が今日みたいにジュースを飲む彼女(典子さん)に絡んで肩に触れた途端、アイアンクローをくらってその場から投げ飛ばされた。その瞬間死んだな…と思った。


典子さん本人が割って入り止めてくれたおかげで、その男は今も地に足をつけてこの世の空気を吸うことが出来ているが、あれ以来この店では彼女は特別な存在と認識された。

彼を唯一動かすことのできる存在として、そして彼の怒りを止めることのできるの()()()()()として。


絶対不可侵の存在は有り難くもあり恐ろしかった。

彼女に何かあれば地獄絵図となることは明白だったから…。

ゆえにこの店で彼女がジュースを注文することに、俺を始めとしたバイトも含め異議を唱える者は誰もいない。





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