~黒井剛士の日常①~
今回は第三者目線で話が進みます。
第7章━4
僕がこの店に通いだして3年半くらいだろうか。
今では定期的に訪れるようになっている。
「いらっしゃい」
マスターがいつものように声をかけてくる。
店内は平日なのに8割ほど埋まっていた。
僕はいつものように1人カウンターに座った。
隣の居酒屋のざわめきが多少漏れ聞こえてはいるが、ここの客と店内に流れている音楽が混ざりあって何故か安心する空間になるのが不思議だ。
「何を飲まれますか?」
「とりあえずビールで…」
それだけ聞くとマスターは頷いてグラスに手をやる。
生樽のサーバーから注がれるビールを見つつ、僕は目当ての人を探していた。
今日はまだ来てないようだ…。
「お待たせしました」
マスターが僕の前にグラスを置く。
「あ、ありがとうございます」
軽くお礼を言いつつマスターにさっきから姿の見えない相手のことを尋ねてみる。
「あの~、今日は1人なんですか?」
「はい?」
「いつもは他にバーテンの人がいるじゃないですか?」
「あぁ、今日は平日なんで休みなんです」
「じゃあ、たまに手伝ってる人は今日来ないんですか?」
「えっ?」
「いや、バーテンの制服は着てないけど関係者みたいな人いますよね?たまにカウンターにいる背の高い…」
「彼に何の用です?」
説明の途中で逆にマスターから質問をくらった。
それも何故かドスの効いた声で…。
「えっ、あ、あの、実は僕、あの人のファンというか、憧れてるっていうか…」
しどろもどろで話す僕に、さっきとはうって変わった優しい口調でマスターが喋り出す。
「なるほど~ファンね。分かります。意外と多いんですよ、彼のファンって方」
「ヤッパリ!?」
「お客さん、たまに来られますけどいつも1人で黙って飲んでるので、まさか黒井さんのファンとは思いませんでしたよ」
「彼の名前、黒井って言うんですか?」
「えぇ、黒井剛士です」
「うわぁ~何かピッタリですね。彼にバッチリ合ってる名前じゃないですか!」
「そうですか?」
「えっ、そう思いませんか?彼っていつも黒っぽい服を着てるし、どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出してるっていうか、何か武士って感じしません?」
「ははっ、武士ですか?」
注文以外でマスターと喋ったのは今日が初めてだったが、僕が黒井さんのファンだと分かるといつもの営業スマイルではなく、もっとくだけた笑顔を見せてくれた。
と、その時。
「こんばんわぁ~」
妙齢の女性が店に入って来た。
30代後半?40歳?女性の年齢って読めないなぁ…。
その女性は入って来るなりカウンターからマスターにオレンジジュースを注文した。
バーに来て最初の注文がジュースって…。
何気に失礼なんじゃないか?
と思ってマスターを見るが、慣れた様子でオーダーを作っている。
「ここイイ?」
「えっ、はい、どうぞ」
いきなり話しかけられてビックリしたが、僕と違って人見知りしない性格のようで隣にひょっこりと座った。
「1人?」
「あ、は、はい…」
「マスターと何話っしょったん?」
「えっ?いや、ちょっと…」
「黒井さんの話ですよ」
マスターがオレンジジュースを差し出しながら僕の代わりに答えてくれた。目の前のジュースは何故か特別感満載のオレンジジュースだった。
「えっ!ゴーシュの?」
「えっ?ゴーシュって…?」
「あっ、ゴメン、ゴメン。剛士の話してたん?」
「は、はい。黒井さんの話をマスターから聞いてまして…」
「そうなん?何々、私にも教えてよ」
そう言われたマスターは少し困ったような表情を浮かべたが、仕方ないなぁ…とばかりに昔話を始めてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「実はこの店、元々は焼き鳥屋だったんですよ」
「そうなんですか?」
「定年退職したオヤジが始めた小さな店だったんですが、細々とやってましてね…」
今となっては懐かしい思い出だ。
「ところが、いつの時代もバカ野郎はいまして。この辺りってあまり治安が良くなかったので、嫌がらせをする輩が店に来るようになって…」
「マジで?最低やな」
「ははっ、そうなんですよ。最低な奴らだったんですが、それを黒井さんが返り討ちにしまして…」
「カッコいい!」
「さすがゴーシュ!」
「店の金に手を出そうとした奴らが、手に串を刺された話なんか今では語り草になってますよ」
「えっ!手に串ですか?」
若い男性客は若干引き気味に驚いていた。
「えぇ。親指と人差し指の間の水掻きのところ、ほら柔らかいひだみたいなところあるでしょ?あそこにグサッと焼き鳥の串をね。それからは逆にそういう奴らの溜まり場みたいになりましたよ」
「黒井さんの凄さが身に染みたんでしょうね…」
「おっ?さすがファンですね。お客さん分かります?」
「えぇ、まあ。実際この店でも何回か見ましたよ。酔っ払い客のあしらいに慣れてますもんね。ただ、そこまでのは知りませんでしたけど…」
「そりゃそうですよ。今ではこの辺りのヤバい奴らは全員知ってますからね。黒井さんに逆らうと地獄を見るって(笑)」
「それ私は知ってるけどね」
「だから最近は素人の酔っ払いくらいですよ。でも黒井さんは誰彼構わずってわけじゃなく、相手を見て対処するんで安心して任せられますよ」
そう言いながら俺は2杯目のビールを客に出した。
「とにかく、そんなこんなでヤンチャな奴らが集まって店の手伝いをしているうちに居酒屋を開こうって話になりましてね」
「あっ、もしかして隣の居酒屋って…」
「そう、焼き鳥屋から居酒屋になったんですよ」
「じゃあ、このバーは?」
「そのオヤジが親身になって世話していた奴らを居酒屋で雇って、軌道に乗ったところで自分はバーを始めたんですよ」
「へぇ~。じゃあ隣とここってオーナーが一緒だったんですね。だからかぁ~、なるほど!」
若い客は1人で納得している。
「お客さん、何がなるほどなんですか?」
その若い客は店に来るようになったきっかけを教えてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「僕が大学生になって初めての忘年会で隣の居酒屋に連れてこられたんですけどね、先輩が割りと強引な人で…」
「何となく先が読める気がするゎ」
隣の女性は察しがいいようだ。
「案の定、イッキ飲みをさせられて完全に潰たんですよ、僕」
「うん、それで?」
「それでも無理矢理飲まそうとする先輩に、隣で食事をしていた黒井さんが『もうやめとけ』って止めに入ってくれて…」
「さっすがぁ~♪」
「でも、酔っ払った先輩が関係ない奴が口を出すなって…」
「黒井さんに喰ってかかったんですね?」
「…はい…」
「アホやなそいつ。はい、死んだぁ~」
カウンターをバンッと叩きながらジュースを飲む女性。
僕は話を続けた。
「その先輩の大先輩が昔隣でバイトリーダーしてた関係で、代々うちのサークルの飲み会はココって決まってたんです。だから先輩も俺はその人の知り合いなんだぞぉ~って、黒井さんに…」
「ケンカを売ったと…」
「まぁ、そんな流れになっちゃいまして…」
「うっわぁ~、知らんって怖いわぁ~」
「ただただ同情します」
隣の女性とマスターが2人揃って沈痛な面持ちになる。
「相手の黒井さんが1人だったこともあるんでしょうけど、こっちはサークルの集まりで20人近くいたし、アルコールの影響もあって気が大きくなってたんでしょうね。下手に関わると痛い目に遭うぞって脅し文句を言った途端…」
「どうなったん?」
「周りにいた客の半数ぐらいがガタンッと立ち上がって…」
「あぁ…」
「目に浮かびますね…」
2人はその先の予想がついているようだ。
「その先輩も大学では割りと知られてるんですけど、立ち上がった人達が見るからにヤバそうな感じで一瞬で酔いが覚めたみたいで…」
「で?」
「黒井さんが店員にそのバイトリーダーしてた大先輩を呼べって言うと、30分もしないうちにすっ飛んで来ましたよ」
「だろうね」
「可哀想に…。イイ迷惑ですね」
その後、やって来た元バイトリーダーが黒井さんと周りの客に平謝りしてサークルメンバーを連れ帰ったこと。
僕は酔いつぶれたため1人店に残されたが、目覚めるまで黒井さんが側で面倒を見てくれたこと。
後日、大学で先輩達に会うとみな一様に大人しくなっていたことなどを説明した。
「そりゃ、そうでしょうね。あの頃から黒井さんは用心棒のようなもんでしたから…」
「えっ、そうだったんですか?」
「分かる~それ!」
「店員ってわけじゃなく顧問みたいな立ち位置で、気が向いたら店に顔出して手伝った後に賄いを食べて行くって感じでしたね」
「凄いですね!」
「え~なんか違う。私のイメージは顧問より顔役って感じ?」
3人でそんな風に盛り上がっている時だった。
店のドアが開いた。
「悪い、遅くなった」
今、話していた相手、黒井さん本人が入って来た!




