~koki's side~
第6章ー5
家に帰ると超ご機嫌な典ちゃんがいた。
「光君お帰り~♪」
「た、ただいま…」
玄関まで走って迎えに来るということは、かなり機嫌のいい証拠だ。だが内容は多種多様なので当てるのは難しい。
香川にいた頃に言われたのは、
「今日運転してて1回も信号に捕まらんかった!」
「今日3回買い物して3回ともお釣りなしの1円まで全部ピッタリで支払ったんで!」
などだった。当たるはずがない…。
日常の小さな幸せを見つけることができるのはいいことだ。特に典ちゃんは怒りの方が多いので、ご機嫌な時は俺も嬉しくなるし。
「聞いて、聞いて♪」
「うん、どした?何かいいことあった?」
こういう時の典ちゃんは割と甘えた感じになるので俺としてはwelcomeなのだが、まずは話を聞きながら晩御飯だろうから風呂は後になるな…、などと冷静に判断しながらリビングに移動した。
「あんなぁ、今日スゴい人に再会したんやって!」
「スゴい人って?」
「恩人!私の人生の恩人であり、憧れのヒーロー!」
「えっ?」
「もう感動したわ、めっちゃ嬉しくて泣いたし…」
「いや、典ちゃん…?」
「やっぱゴーシュはスゴいわッ!最高やし!!」
「ちょ、ちょっと典ちゃん!」
「ん?」
「ちょっと待って、落ち着いて。話が見えないんだけど?」
機関銃のごとく繰り出される怒濤の喋りについていけない。
それに今出た名前って男じゃなかったか?
ヒーローって言ってたし…。
「あぁ、ゴメンゴメン。つい興奮して…」
少し我に返った典ちゃんがキッチンに回り、茶碗にご飯を入れてくれてる。でも口は相変わらず動いたままだ。俺は話の内容より──誰?という疑問の方が強かった。
「昔、助けてもらったことのある人なんだけど、2度と会えないと思ってたのにまさかの再会を果たしたんやって!相変わらず強くてカッコ良くて無表情やったけど(笑)」
「へぇ~、カッコいいんだ?」
「私の永遠のヒーローやで?カッコいいに決まってるやん!」
「そんなに?へぇ~、どんな人?」
「あっ!そんなんちゃうから。恋愛感情とかちゃうし」
俺の返事から雰囲気を察知した典ちゃんが慌てて否定する。
興奮してても空気は読めるようだ。
「見る目の厳しい典ちゃんがそこまでベタ褒めする相手って、ちょっと、いや、かなり妬けるんだけど?」
「だからヒーローやって言うたやん。私にとってはライダーやスーパーマンみたいな感じなんやって」
「じゃあ、助けてもらったって?」
俺は妙に豪華な晩御飯を食べながら相手の男の情報を聞き出そうとした。今まで元の旦那さんや元彼の話は聞いたことあるが、そんな相手の話は初耳だ。
「……命、救ってもらったんやぁ」
「えっ!?」
想像の斜め上をいく想定外の答えが返ってきて俺は少し、いや、かなり動揺した。
「ちょ、ちょっと待って。命って、何があったの?」
持ってた箸を落とし、口からも少々ご飯粒がこぼれ落ちた。
「えーっと、あのぉ、随分前になるけどヤバい奴等に絡まれて」
「典ちゃんッ!」
「いや私が何かした訳じゃないし。おるやん、そういう奴等?」
「危ないことには気をつけてよ、ホント、マジで!」
「分かってるって。今は若い時より落ち着いてるし…」
いや、いや、典ちゃんの落ち着いてるは俺にはあんまり信用ないんだけど?何基準、誰基準で言ってる?
「とにかくそいつらを返り討ちにして、私を助けてくれたのがゴーシュだったんや」
「えっ、ゴー何?何て名前?外人?」
「あっ、いや、剛士って言うんやけど、つい呼ぶ時はゴーシュって言うてしまう癖があるだけ。日本人!」
「へぇ~、そんな人がいたんだ…。じゃあ、俺と会う前にその人と再会してたらどうしてた?」
自分でも馬鹿な質問してるって分かってたけど、聞かずにはいられなかった。亮や龍斗ですらここまでベタ褒めすることのない典ちゃんが憧れのヒーローとまで言う男。気にするなという方が難しい。
「どうするも何も弟子入りしてたやろ!」
「はっ?」
「憧れの相手のやで?頼み込んでたわ、絶対!」
「弟子入りって、何の?ケンカの?」
「あっ!いや、ほら若気の至りって感じ?今はもうそんなつもりないけど、やっぱ憧れるやん?最強って称号に」
「・・・」
「ホンマにマジで好きとかそういうんじゃないから!いや、好きなんやけど男と女の恋愛感情とかじゃないから!」
「・・・うん、分かった」
思考が小学生の男子だった。
ヤキモチを妬いていた自分が情けなくなった。
どんな相手か気にはなるがライバルではなかった。
聞いた感じではファンみたいなもんかな?
「今度、会ってよ」
「ブッ!!!」
ビールが気管に入ってかなりむせた。
「大丈夫、光君?」
「ゴホッ、ゴホッ、う、うん、大丈夫だけど…」
今、会ってくれって言ったよな?
典ちゃんがここまで心酔している男に会うの、俺?
「今幸せに暮らしてるって、素敵なパートナーもいるって言ったら喜んでくれたんだぁ。だから今度会って欲しいんやって」
「えっ、いや、別にいいけど、俺が会う意味ある?」
「私が会って欲しいんやって!」
「まぁ、いいけど…」
「ちょっと近寄りがたい感じする人やけど…」
「うん」
「絶対に男も惚れる男やから!」
「ふ~ん」
どんな男だよ?
典ちゃんが会わせたいって言うぐらいだから、やましい相手ではないんだろうけど、彼女がベタ褒めしてる相手に会うって気持ちが追いつかないんだけど、俺…。
「バレンタインの日は久しぶりに外に食べに行こうよ?」
「えっ、あ、うん」
話題が急に変わった。
典ちゃんといるとよくあることだ。
頭に浮かんだことを次々と口にするから、何繋がりで出てきた?って話もよくあるが、典ちゃんの表情豊かな顔がコロコロ変わって見ていて楽しいし、ドラマの台詞のように声色を変えて説明してくれるところも聞いていて面白い。
結局、どんな典ちゃんも好きなんだなぁ…と毎回自覚する。
「光君は仕事どうなん?落ち着いてきた?」
「あぁ、もうだいぶ追い込みに入ったから」
「じゃあ、約束やで。バレンタイン」
「わかった」
「仕事に夢中になって忘れたらいかんで?」
「大丈夫だって」
「よしっ!」
そう言って鼻歌まじりでキッチンへ向かう典ちゃんは本当にご機嫌だった。最近はそういう話題がなかったので忘れていたが、好きな人が自分の知らない他の男を褒めるとこんなにモヤモヤするんだなぁって単純に気に食わなかった。
前嫁は誰々の彼氏がこうだったとか、どこどこの店員がカッコ良かったとか、道でナンパされたとか…ヤキモチを妬かせる為なのかよく他の男の話をしていた。正直どうでも良かった。というか、香が俺を好きなら関係ないことだからいちいち相づちをするのが面倒だった。が、あの後に香は浮気をした。
見た目も性格も趣味も全く違うタイプだし、年齢も立場も違うから比べること自体意味がないのかもしれないが、あの頃の香には抱かなかった気持ちが典ちゃんにはある。
浮気なんかするはずないと信じていた香は浮気をして俺から離れていった。もちろん典ちゃんのことは信じている。むしろ香よりずっと信頼している。だからかもしれないが恋愛の駆け引きなんかやりそうもない典ちゃんが真っ直ぐに誉めてくる男の話はどうでも良くなかった。この年になって自分がヤキモチを妬いていることに俺自身が割と驚いていた。
「今度っていつだよ…」
まだ見ぬ典ちゃんの憧れのヒーローとやらに何やら対抗心を抱いていることに気づいた俺は、まだ決まってもいない顔合わせの日に不安を覚えていた。




