~回想・rico side~
第6章ー2
それは深い記憶の底にある古い思い出だった。
私は幼い頃に両親と死別して田舎にある村の小さな孤児院で育てられた。
そこでは後の冒険者パーティーで仲間となる幼馴染み達も一緒に暮らしていた。
田舎であるため王都のある都会より村人達はお互いを助け、支え合って生きていた。
それは人間に限らず獣人も同様に村の一員として穏やかに暮らしていた。
そんな子供達の憧れは見たこともない王子様やお姫様ではなく、身近にいる冒険者だった。
実際この村は数年前、ゴブリンの集団に襲われ多数の死者が出た。私の両親もその時の犠牲者だ。
その戦いで村を全滅から救ってくれたのは冒険者ギルドから派遣されて来た冒険者達だった。
村の大人達も家族を守るために冒険者と一緒になって戦い、亡くなった者もいる。その中に私の両親も含まれていた。
「私も大きくなったら父さん達のように村を助けられる強い大人になるんだ」
「俺だって!」
「私も!」
「僕もなる!」
そんな風に子供達の中では冒険者はヒーローであり将来の目標でもあった。
そして月日が過ぎ、私が7歳の冬に村は再び魔物の襲撃に会うこととなる。
冬が来て山や森の実りも少なくなり、魔物の食べる物が無くなったことで人里に降りてきたのだ。
今回はオークの集団だった。
1ヶ月ほど前に山2つ向こうの村がオークの集団に全滅させられたと風の噂が届いた頃だった。
前回のゴブリンより強大な力を持つオークの集団ということもあり、近隣の村々と連名で王都へ正式に討伐の嘆願書を送った。
いつ自分達の土地にやって来るか分からない不安はどんどん膨らんでいくが、王都からの返事は待てど暮らせど届かない。
2週間ほどたった頃、やっと王都からの返事が届いたがその内容は自分達の村が国から見捨てられたと絶望するものだった。
村長が簡単に説明してくれた内容は…
~王家はもちろん、貴族や商人の住む王都の警備に兵士を当てている為、地方の村まで人員を回せない。勇者も来るべき魔王復活に備え、ドラゴン討伐へと遠方に出征している。なので自発的に冒険者ギルドへオーク討伐の依頼を出すことを薦める。これは村々への防衛費として王家からせめてもの心配りである。有り難く受け取るように~
王都から届いた返事と共に入っていた防衛費とは、わずか金貨5枚だけだった。
「ワシらは国からも見捨てられたのか…」
「これでオークの集団と戦ってくれる冒険者がどこにいるっていうんだ!」
「王都に近いほど報酬も跳ね上がる。こんな田舎の村をわざわざ助けに来てくれる冒険者なんているわけないだろっ」
「どこかに逃げよう」
「どこに逃げるって言うんだ?」
「討伐されない限り春になるまでオーク達は強奪し続けるんだぞ!」
「逃げるにしてもその間の食料はどうするんだ?」
「村を捨てて食料もない中でこの冬をどこでどうやってオークから身を守るとを言うんだ!」
村長を始めとした大人達の絶望感は次第に子供達にも伝わり、1週間もすると村全体が生き残ることに対して諦めムードを醸し出していた。
そんな中、何の前触れもなく私達の村はオークの襲撃に会った・・・が、死者は誰1人としてなく、わずかな怪我人と家屋の倒壊で幕を閉じた。
「俺達助かったのか?」
「あぁ…」
「凄かったな…」
「あれが勇者様か…」
村で1番頑丈な孤児院にみんなで立て籠りオークの集団をやり過ごすという対策しか見つからなかった大人達は、目の前で起こった現実をまだ受け入れられていなかった。
「お前達、ボーッとしてる場合か!村を救ってくれた有難い勇者様にお礼をせねば!」
「はっ!そうですね」
「誰か早く勇者様に声をかけてこいッ!」
「よしっ、俺が行って来る!」
慌ただしくなる孤児院の中で私達子供は聞き慣れない勇者という言葉を村長に尋ねた。
「村長、勇者様って?」
「おぉ子供達よ。勇者様とは冒険者より遥かに強く剣や魔法を駆使してあの魔王を討つことの出来る、この世で最強のお方を示す称号じゃ」
「冒険者より強いの?!」
「比べ物にならんわ」
「「「「「!!!!!」」」」」
村長のその言葉に私達子供の目はキラキラと輝きを取り戻した。
かつて村を救ってくれた冒険者よりも偉大だという勇者の存在は、その瞬間から子供達の新たなヒーローとなった。
となると、近づきたくなるのが子供の性。
憧れのヒーローと話したい、となるのは時間の問題だったし、実際のところ直接お礼を伝えたいと思っていたのは子供達だけではなかった。
その日は村に1泊してもらい、夜は出来る限りの食事を準備してもてなすこととなった。
「勇者ゴーシュ様、今宵は我が村を救ってくださった感謝の宴です。大したものはござりませんが、どうぞお召し上がりください」
村長の挨拶で宴は始まり、大人も子供もオークの恐怖から解放され、みな楽しそうに食事を始めた。
私は勇者と話がしたかった。
どうすれば強くなれる?
どうやって強くなった?
聞きたいことはたくさんあったが、まずはオークの集団をたった1人で殲滅した勇者という人物と単純に話がしたかったのだ。
村の大人達が勇者に酒をついでいた。
もう出来上がっているのか、かなり酔っ払っている者もいたので、こっそり近づいて話しかけてみた。
「ゆ、勇者…様?」
「ん?」
「私はリコと言います」
「俺はロン」
「僕はトト」
「私はルル」
私達は勇者様を囲んで一気に自己紹介をした。
「コラッ、子供はあっちへ行ってろ」
「別にいいじゃんか」
「そうだよ、俺達も勇者様と話したい」
「俺は別に構わんが…」
「「「やったぁ━ッ!」」」
無表情で近寄りがたい雰囲気だったが、勇者様はとても穏やかに私達子供の話を聞いてくれた。
そしてたくさんの話を聞かせてもくれた。
勇者様への憧れはますます強くなり、まずは冒険者になることを目標として私達は日々過ごすこととなるが、実際に冒険者になったのは10年後のことだった。
─あれから10数年。
やっと念願の冒険者としてギルドに登録し、何とかB級まで駆け上がってきたが、自分の実力も把握できる今となっては勇者がどれだけ凄い存在か、さすがの私も理解できた。
そして現在、大量の魔物が異常発生した森へ討伐部隊として参加していた。
冒険者ギルド総出の依頼だが、今回はかなりヤバイ魔物もいるという噂だった。
「ロン、準備はいい?」
「俺は大丈夫!ルルは?」
「OKよ。回復薬の管理は私に任せて!」
「じゃ後はトトね。アイツどこ行ったの?」
「リコは心配し過ぎだって」
「パーティー全員が揃ってないと意味ないじゃん」
「出発までには来るだろ?あっ、ほら来たぞ」
「悪い、悪い、ちょっと遅れたな」
「トト!集団行動する時はちゃんとしないと真っ先に殺られるよッ!」
「分かってるって、ゴメン」
私達幼馴染みは4人とも念願の冒険者となり一緒にパーティーを組んでいた。
今回はギルドからの強制依頼で登録している冒険者パーティーは全員参加の大規模な討伐だった。
そして運命の時がやって来た…。
魔物が大量発生したという目的の森へ着いた途端、戦闘の火蓋は切って落とされた。
私はパーティーでは斥候役で亜眼を使って周囲を探索していた為、最初の攻撃は何とか回避できた。が、他のパーティーでは前触れもなく現れた魔物に成す術もなく散っていった者もいた。
これが後にギルドで語り継がれることとなる戦闘の始まりだった。
絶え間なく森の奥から湧き出てくる魔物達の攻撃を何とか防ぎながら戦い続けていた私達だったが、どんどん体力は消耗し疲労は蓄積され気がつけば負傷者の数が増すばかりだった。
「こ、こんなのどうすればいいの…?もう回復薬だって弾切れよ…」
「いったい奴等はどこから来てるんだ?」
「無駄口叩いてる場合じゃないぞッ!」
「リコ!何か見えないか?」
「魔物が邪魔でよく分かんないんだけど、あの奥から何かが出てるのは確か!」
「そこまでどうやって行くかだな…」
何とか生き残っているが満身創痍の私達は原因らしき問題の場所に近づくことも出来ずにいた。
「あっ!ルル、後ろッ!」
「えっ?あ、キャ━━━ッ!」
「「「ルル━━ッ!!!」」」
間一髪で直撃は避けたがルルは後ろから襲われ右肩がザックリと裂けた。
「回復薬ッ!」
「で、でも…これが最後の1本…」
「いいから使って!」
「み、みんなゴメン…」
敗戦濃厚な雰囲気の中、気づけば周りの冒険者達の数も出発時の3分の2ほどに減っていた。
もしかすると私達も、もう……。
そんな意識が芽生え始めた瞬間だった。
凄まじい稲光りが魔物の中心に落ち、一瞬にして目の前にいた敵が消滅した。
振り返るとそこにはかつて見たあの姿があった。
「ゴーシュだ…」
「ゆ、勇者が来た…」
懐かしい偉大なる勇者は、あの日よりもより強大な闘気を身に纏い戦場に降り立った。
私の亜眼からは涙が流れ落ちていた。
─やはりゴーシュは私のヒーローだ。
─絶体絶命の時は必ず助けに来てくれる。
─最後に頼りになるのは勇者ゴーシュだ。
そんな想いでゴーシュを見つめる私をよそに、魔物を殲滅してゆく勇者の姿は神々しかった。
そして戦況は一変した。
ゴーシュの参戦により下位の冒険者や負傷者は後方へ一旦下がり、前線にはA級やS級の冒険者が勇者のフォローに回った。
迫り来る魔物達を流れるような剣技と見たこともない魔法で粉砕し、上位種の魔物が湧き出る中心へに向かったゴーシュ。
私達はもっと見たかった。
自分達には到底届くことのない遥か高みにある勇者の戦いぶりを。
そして勝利の時には勇者の近くで一緒に喜びを分かち合いたかった。
戦闘中にも関わらず、そんな甘いことを考えていた私達は完全に油断していた。
前線では勇者ゴーシュと上級冒険者達による戦闘の真っ最中だったが、勝利を確信した私達は自分達のレベルも考えずノコノコと戦いに加わったのだ。
「リコ早く来いよ!」
「ロン!気をつけて、前に出過ぎ!」
「俺も行く!」
「トトはルルを連れて下がって」
「でも…」
「回復薬使ったとはいえ、ルルは元々戦闘向きじゃないし、もう限界だから!」
「…分かった」
「ゴメンねトト、私のせいで…」
「気にすんな。ルルは一旦下がろう」
後方に下がる2人を確認し、先に行ったロンの後を追いかけた私。
勇者の間近まで迫ったロンの姿を見つけ声を掛けようとしたその時!
「ロンッ!危ないッ!!」
私達のレベルでは対処出来ない上位種の魔物が今にもロンに襲い掛かろうとしていた。
周りでは魔物と冒険者が入り乱れて戦っている為、広範囲の魔法攻撃は味方にも危険が及ぶ。
目の前の魔物は自分の実力で対処するしかないのだが、ロンにその力はない。
─あのバカ、やらかしやがった。
そう思って幼馴染みの死を覚悟した私が見たのは、勇者ゴーシュがロンを庇って魔物の首を切り落とす場面だった。
「良かった…」
無謀な行動を取ったロンに対する怒りと、仲間を助けてくれたゴーシュへの感謝を告げようとした私の亜眼に、黒いモヤが湧き出ている吹き溜まりが見えた。
そこはクレーターのように大きな穴が開いているように見えるが周りの冒険者達は気づいていない。
だが、ゴーシュは気づいていた。
原因はここにあるのだと。
「全員下がれッ!」
ゴーシュが大声で叫ぶ。
「俺が今から異常発生の根源を叩く。全力で攻撃するから巻き込まれないよう退避ッ!」
その号令で冒険者達は一斉にゴーシュの後方へ移動した…が、逃げ遅れた奴がいた。
ロンだ!
さっきの衝撃で腰を抜かしたのか、助けられた後もその場から動けなかったのだ。
「バカ━━━ッ!ロン走れぇ━━ッ!」
私はロンを助けに向かった。
「ドッ━━━━━ンッ!!!!!」
ロンの手を掴み転がった私達のすぐ横には、何も残されていない焦土があった。
「助かった…」
九死に一生を得た私達にゴーシュが駆けよって来た。
「大丈夫かッ!」
「はい大丈夫です。つうか、ロンのボケッ!」
「ゴメン…」
と、その時!
最後の足掻きのように焦土の煙に紛れて黒いモヤがゴーシュ目掛けて襲って来た。
ロンと私を助ける為に全力攻撃の手を緩めた結果、完全に消滅させられなかったのだ。
「ゴーシュッ!」
私はゴーシュを突き飛ばした。
黒いモヤは私の体を突き破った。
亜眼持ちの私には見えていた黒いモヤだが、ロンや他の冒険者達には見えていなかった。
もし、ゴーシュも見えてなかったら…、そう思った時にはすでに体が動いていた。
だが、勇者ゴーシュなら気づいていただろう。
万が一、気づかなかったとしてもゴーシュなら避けられていたはずだ。
結果、無駄死にだったかもしれない。
私の体を突き破った最後の黒いモヤを一撃で粉砕消滅させた勇者ゴーシュ。
そのゴーシュが私を抱きかかえている。
「リコッ!しっかりしろッ!」
ロンの泣き叫ぶ声が遠くに聞こえる。
「誰か上級の回復薬はないのかッ!?」
ゴーシュが必死に声をあげるが誰も予備は残ってないだろう。
「…ゴーシュ、無事ですか?」
「あぁ、お前のお陰だ!」
「フフッ。そんな事…ゴーシュなら余裕で避けられたはず、でしょ?」
「…ありがとう」
ゴーシュが私を抱き締めながら頭を下げた。
自慢の亜眼ももう霞んで見えなくなってきた。
「いいんです。今まで生きてこれたのはゴーシュのお陰なんだから…、最後に少しは恩返しできた……かなぁ?それに…憧れのゴーシュの腕の中で死ねるなんて……自分は幸せ者です………」
「・・・」
「……みんなを………頼…み…ます……」
そうして戦いは幕を閉じた。
私の生涯も19年で幕を閉じた。




