~付き人・3日目~
第5章━4
付き人3日目。
事件が起きた…。
たいしてすることが分からないとはいえ、さすがに3日目にもなると自分でも出来ることぐらいは分かってくる。
昨日まで手伝いながら覚えたことをやりつつ、手があけば周りを見て動きまた手伝う。
そうこうしながら撮影は順調に進み、今日は無事龍斗の豪華な弁当も食べ、平和に時間が過ぎていた。
そして休憩終わりにふとセットを見ると足場のロープが緩んでいるようにみえた。
このままでいいのか分からなかったが、一応シッカリと結び直して
「よしッ!」
指差し確認までした私。
「何してんだよ?」
「あっ、ゴメンゴメン」
「ウロウロすんじゃねぇよ」
「別に迷子になったわけじゃないから」
「なったら笑ってやるよ」
「いやいや、必死に探してよ!」
「典ちゃんなら自力で戻ってきそうじゃん(笑)」
「確かに、そうかも」
「じゃ、俺行くわ」
「うん、頑張れ龍斗」
「任せとけって」
そう言って龍斗は撮影に戻って行った。
龍斗が撮影に入ったので控え室の片付けをしていると、大きな音がした後に悲鳴や怒声が聞こえてきた。
私は何事かと思って駆け出した。
郷田さんから頼まれた仕事なのに、万が一にでも龍斗に何かあったら完全に私の責任だ。
スタジオに駆け込むとセットの大道具が倒れていた。
その横には腕を押さえた龍斗の姿が!
「龍斗ッ!!」
急いで駆け寄り龍斗の左腕を見る。
衣装の上からでは特に異常は見られないが、どのようになったか分からない私は龍斗に尋ねた。
「龍斗っ、大丈夫?何があったん?」
「大丈夫。ちょっとよけ損ねただけだから」
「もしかしてコレが倒れてきたん?」
それはさっき私が結び直したセットだった。
でも…、おかしいやん。
私、わざわざもやい結びしたんやで。
万が一があったらマズイと思って結び目の王と言われる結び方をしたのに、何で外れてセットが倒れてるんよ!?
どういうこと?
確認しようと壊れたセットに近づこうとした私を大道具のスタッフが遮った。
「危ないので撤去作業が済むまでこちらには近づかないで下さい」
「いや、でも…」
「典ちゃん、現場には現場のルールがあるんだよ。邪魔しないようにしよう」
「………分かった」
とは言ったものの、現場に不信感を持った私はとりあえず龍斗を控え室に連れて行き、郷田さんに連絡したあと病院で診てもらおうとした。
すると、
「撤去作業中のスタッフ以外はこっちに集まって!」
助監督から号令がかかった。
とにかく龍斗の体が心配な私は、状況を説明して病院へ行く許可を取ろうとした。
が、それを龍斗本人が制止した。
「いいから典ちゃん。とりあえず話を聞いて」
「骨に異常があるかもしれんやろッ」
「大丈夫だから」
いざとなったら私の回復魔法で何とかしようと思っていたが、龍斗の様子からするとどうやら本当に大丈夫なようだ。
仕方なく龍斗に言われるがまま集合をかけた助監督のところへ一緒に向かった。
「静かにッ!」
助監督がざわつく現場でメガホン片手に声をあげる。
演者を始め、マネージャーや付き人も不安を隠しきれていないが、スタッフは淡々と作業を進めていた。
「今から名前を読み上げるので、呼ばれた方はどうぞお引き取り下さい。明日からの撮影にも参加しなくて結構です」
「「「えっ?!」」」
「「どういうこと?」」
より一層ざわつく現場で助監督は何事もなかったかのように話を続けた。
「APプロの堤さん、サニーの安田さん、日プロの堀井さん、MADの新城さん、以上の4名です」
「えっ、どうして?」
「何で?どういうこと??」
「ちょっと待ってください」
名前を呼ばれた4人は困惑の言葉を吐いている。
4人とも私と同じく役者に付いていた事務所スタッフだった。私と違って全員が若いが。
「すみません。どういうことですか?」
「急に私達だけ帰れって言われても意味分からないんですけど」
「そうですよ。役者だけ残して帰れませんよ。会社に何て説明したらいいんですかっ」
「説明してくだい。理由も分からず帰れません!」
まぁ、当然だろう。
私も何が何だか分かってないし。
つうか、もしかしてコイツらが犯人か?
撮影の妨害とか?
主役の龍斗に対する嫌がらせか?
その場合、私の手で極刑に処すけどな!
いや、でも、それにしてはおかしいよね?
名前を呼ばれたのは撮影スタッフではなく、役者側の付き人やスタッフで全員が若手だ。そんなことが出来るわけないし、そんな度胸もないだろう。
すでに泣きそうな子もいるし…。
するとざわつく現場を一瞬で静かにする声が響いた。
「事務所の許可は取ってある」
亀井監督が4人の疑問に答えた。
えっ?どういうこと?
私も意味分からんのやけど。
亀井監督はこの一言を発した後、椅子から立ち上がるとスタジオ奥に消えて行った。
その途端、現場に残された役者やベテランスタッフ達の緊張がとけた。そして苦笑いしながら口々に納得の声をあげる。
周りの状況が把握できず理解が追いつかない私に、
「もう大丈夫だから」
龍斗が押さえていた左腕をグルグル回し、全身を伸ばしながら私の頭をそっと撫でた。
「えっ、えっ、何?何なん?!」
未だに意味不明なままの私が龍斗に詰め寄ると、
「監督の代わりに説明します」
助監督が落ち着いた声で話し出した。
今度はメガホン抜きで。
なぜなら名前を呼ばれなかった役者やスタッフがそれぞれ自分達の控え室に戻って行ってるからだ。
残ったのは名前を呼ばれた4人と私や龍斗を含めた15人ほどだった。
立ち去った人達は説明を受ける必要がないということだろうか?
でも確実に龍斗は知ってる様子だ。
「まず始めに、先程のセットの事故は自作自演です。別スタジオのバラエティーのものを使用しました。セットは主に発泡スチロール製なので主演の横山さんにも怪我はありません」
「そうなんッ!?」
「うん」
「ふざけんなッ!心配したやん」
「悪い、ゴメン」
まるでドッキリにかけられた気分の私は龍斗の横っ腹を裏拳で叩いた。
その間も助監督の説明は続いていた。
「これは亀井組の撮影に参加するにあたって各事務所の許可をもらってから行う通過儀礼のようなものです。新人が多く参加する場合やっていることです」
「ドッキリですか?」
不参加を言い渡された安田さんが助監督に尋ねた。
「まぁ、近いものもありますがドッキリではありません。ハッキリ言いますが亀井組では安田さん達4人の受け入れはできません。一連の出来事はそれを判断する為のものでした」
「そんな…」
文字通りハッキリと拒否された安田さんが涙目で助監督を見ている。
「すみません、納得できません。それは僕らが若いからですか?理由を教えてください!」
唯一の男性、堤君が助監督に詰め寄る。
確かに『なぜ自分が?』という理由が分からなければ納得しないだろう。
名前を呼ばれなかった他の若い付き人達も、
『なぜ自分達は助かったのか?』
という理由が知りたいようでこの場から離れようとしない…。
もちろん私もだが。
これで何度目だろうか…。
俺は亀井監督と仕事をしてからだから3回目だろう。
毎回というわけではないが新人が入った時によくやっている覚えがある。
助監の谷さんの説明もそろそろ覚えた。
さすがに典ちゃんを含めた周りの人達は初めてのことだから真剣に聞いているが、俺としては当たり前のことだし聞き飽きた部分もある。
それに典ちゃんは聞く必要などない。
名前を呼ばれなかったのだから。
「説明がないと納得されないのは理解できます。なので、ここからは建前なしの本音で話します。言葉遣いが多少崩れるかもしれませんがご了承下さい」
助監督の谷さんがいつもの説明に入った。
俺の隣で典ちゃんも真剣な眼差しで話を聞いていた。
「亀井監督は無類の野球好きで、よく仕事を野球に例えることがあります。虎党なので一旦身内と認めればとことん世話してくれますが、役立たずや害にしかならないと判断したら切るのは早いです」
「じゃあ、私達は切られたってことですか?」
4人のうちの新城さんが問いただす。
「そうですね…」
「なぜですか?」
「そうです。なぜ僕らだけ…」
「それが分かってないからだよ」
俺が急に口を挟んだので、その場にいた全員がコッチへ振り返った。
「龍斗、アンタ知ってたん?」
「あぁ」
「なら私にもちゃんと教えてよ」
典ちゃんが俺を横目で睨みながら、後ろ手で背中をつねって脅してくる。
「谷さん、いい?」
「…任せます」
助監督の谷さんに許可を取った俺は典ちゃんに聞いた。
「典ちゃんはこの現場で、ううん、期間限定で俺の付き人をすることになってどう思った?」
「そりゃあ大変だろうなぁ…とか、迷惑かけられんなぁ…とか思ったよ」
「で、実際3日間働いてみて何を考えてどういう風にしてた?」
「何をって…、私は本職じゃないし業界のことも全然分からん、新人どころかズブの素人やん。雑用ぐらいしか出来んから周りのスタッフの手伝いとか、自分の出来ることを見つけてやれる範囲でやってたぐらいやで?」
「そうだよな。それが当たり前だよな?典ちゃんはこの業界のことなんて全く知らないんだから、何も出来なくても仕方ないんだよ」
「ごめん、役立たずで…」
なぜか謝る典ちゃん。
「謝る必要はありませんよ、吉岡さん」
谷さんがフォローしてくれた。
「ド素人の吉岡さんでさえ出来ることが出来ていないからこそ必要ないと見なされたんですから」
「どういうことですか?」
「私達も手伝ってました」
堀井さんや新城さんが声をあげる。
「言われてから動く人間と、自ら動く人間は違います。あなた方は亀井組の人間として働いていなかった。むしろ働かされている風に思ってなかったですか?」
「そんなこと…」
反論する間を与えずに谷さんは続けた。
「監督がよく例えますから私も言わせてもらいます。野球好きにも色々あります。高校野球、プロ野球、草野球と。仕事としてお金を稼いでいる以上、全員がチームの勝利に一丸となって戦うのがプロです。成績が悪ければ容赦なく二軍落ちかトレード、悪ければクビです。私達もプロです。亀井組というチームでより良い作品を…と誰もが必死に努力し、自分の仕事に責任を持って働いています」
「俺達の努力が足りないと?」
「…やる気ですかね」
谷さんが冷めた目つきで堤に答えた。
「どの球団のどの選手が、打席に立ってるのに、
『今だ、打てッ!』
と言われてからバットを振ります?
飛んで来たボールを、
『そっちに行ったからお前が取れッ!』
と言われるまで動かない野手がいますか?
攻守交代の時に『戻って来い』と言われるまでボーッと立ってる選手を見たことがあるんですか、あなたは?」
かなり語気が強くなってきていた。
「ハッキリ言わせてもらう。亀井組でというよりも、社会人として働く上での覚悟が出来てないんだよッ!ここまで言わなきゃ分からないか?ここは学校じゃないんだ。月謝を払ってるわけじゃなくお前らが給料をもらってる立場だろ?分からないことや知らないことがあれば自分から進んで教えを乞うのが当たり前なんだよ。やる気のない奴に手間と時間をかける暇などこっちにはないんだ!」
言葉遣いが急に変わった助監督に周りの新人達は驚きと共に萎縮していた。
「お前ら仕事ナメてないか?時間が過ぎるのをただボーッと待ってるのが仕事じゃねぇんだぞ。投げたボールを取らないキャッチャーがいるか?どっちかが取ってくれるだろうとボールを追わないセンターがいるか?シュートされてるのに動かないキーパーがいるか?お前らは合唱の時に大勢いるからバレないだろうと口パクしている奴らと同じなんだよッ!仕事しているふりをしてるだけだ!野球好きといっても一緒にプレーする仲間じゃなくスタンドで応援している、それもヤジばっかり飛ばしている敵側のファンみたいなもんなんだよッ!」
谷さんが珍しく感情的になっている…と思って話を聞いていたが、隣の典ちゃんは謎が解けたとばかりの顔をしていた。
「それで今日はラストチャンスだったが、やはりお前らはダメだった…」
谷さん、あれをバラすのか…。
「吉岡さん。あなたは会社員として働いた経験があるでしょうからお伺いします。あなたが仕事をする上で気をつけていたことは何ですか?」
「えっ?」
「こことは職種が違うでしょうから何でもいいです、おっしゃってください」
少し冷静になった谷さんが典ちゃんに問う。
急に話を振られて戸惑ってる典ちゃん。
俺を見るなよ…。
「あの~、私個人の意見でもよろしいですか?」
「もちろん」
その言葉に少し安心したのか典ちゃんが話し出した。
「最初に断っておきますが、会社員として20年ほど働いてきた私の個人的な意見です。社会に出て働く以上、会社に利益を出さなければいけません。例えるならさっきのプロ野球と同じです。勝たなければ意味がないんです。頑張ったで誉められるのは高校野球や草野球までです。無給ならともかく、給料をもらってる以上はそれなりの働きが絶対です」
「他には?」
「利益とは別に守らなければならないことがあります」
「それは?」
「会社としては社員の、社員はお客様の安全です」
「というと?」
「私のいた会社では、火災と食中毒と情報漏洩の3つがありました。いずれも安全を守るということですが、要するに一番大事なことは命を守るということです」
谷さんが上手く典ちゃんの話を誘導している。
「3つとも命に関わることだからです。この現場でも同様に、火事はもちろんのこと食中毒で倒れるケースもあり得ますよね?情報が漏れて熱烈なファンやストーカーに刺される心配もあります」
「なるほど…さすがですね」
谷さんも納得の答えただったようだ。
「あと…付け加えるなら、皆で一生懸命やった後の達成感。これはプロアマ関係ないと思います。勝っても負けても感動するのはプロ野球も高校野球も同じです。それは選手が本気で取り組んで必死に練習して一生懸命戦っているからだと思います。そんな中でやる気のない選手がチームにいたら迷惑なだけです。足を引っ張るようなもんですから…」
「吉岡さん、ありがとうございます」
典ちゃんの言葉を最後は谷さんがお礼の言葉で締めた。
たぶんあれを言うんだろう。
「…さっきのセットの倒壊ですが、あなた方は何も気づきませんでしたか?」
「「「えっ?」」」
「やはり気づいてなかったようですね…」
「どういう意味ですか?」
安田さんが小さな声で谷さんに聞いた。
「あのセットの結び目をわざと緩めておいたんです。そのロープの近くであなた方は仲良くお喋りしてましたが、危ないと思わなかったんですか?」
「「「「っ!!」」」」
バラしやがった。
毎回思うけど楽しそうだよな…。
だんだん手が込んできてるし。
「ちなみに他の方々は慣れない手つきで結び直したり、大道具スタッフに声をかけたりと何かしらのアクションを起こしてました。中には驚くほどシッカリとロープを結び直した猛者もいましたが…」
それを聞いた典ちゃんが目を大きくした。
すかさず俺がそっと囁いた。
「典ちゃんがあまりにもシッカリ結ぶからスタッフが焦ってたよ。もやい結びだって?」
「ゴメン、ほんまにゴメン…」
「よく知ってるなぁ…ってスタッフが驚いてたよ」
「まぁ、ちょっとね…」
実は前世で夜営や罠を仕掛ける時にやっていたので知っていた、とは言えなかった。
「中にはバラけたロープを足で踏んでおきながら、何事もなかったように無視した人もいたようで…」
「あっ…」
堤が小さく声を出し顔を下げた。
「あと亀井監督からですが、
『仕事現場を合コン会場と勘違いしている奴らはいらない』
そうです。リハ中でも遠慮なくお喋りする、本番中にシャラシャラ鳴るイヤリングやネックレス、役者より派手なメイクや服装。仕事をしに来ているとは思えない態度と服装に、怒りを通り越して呆れてました。各事務所にはやる気のある人間をつけるよう伝えたそうです。忙しい中、うちで新人教育する気はないと。以上があなた方4名を現場から外す理由です。何か言いたいことはありますか?」
「「「・・・」」」
「ありません…」
かろうじて堤が返事をしたが、残る女性3人は泣いていて声も出せなかったようだ。
「それじゃ、解散。この後は本物のセットを組んで撮影再開となりますので、4人以外の皆さんはよろしくお願いします」
そう言うと谷さんはその場から去って行った。
他の若いスタッフも複雑な顔でその場を離れていたが、理由が分かって納得顔もあれば安堵の顔もあった。
現場を外された4人はその場に立ち尽くしていた。
男は頭を抱えてるし、女どもは抱き合って泣いていた。
そこへ典ちゃんが近づいて行く。
「いつまでも泣いてたって仕方ないやろ?」
こんな時でも鬼だな。トドメ刺しに行ったのか?
「この現場にはもうおれんのやから、さっさと事務所に戻ってちゃんと説明して頭下げよう。失敗の報告は早いに越したことないで」
「…はい」
ノロノロと歩き出した4人は、
「あと当たり前やけど監督にもお詫びしなよ」
「っ!…はい、ありがとうございます…」
典ちゃんにクギを刺されてお礼を言った。
「お疲れ様」
「ここでアンタにそれ言われるとは思わんかった」
「さっきの格好良かったじゃん」
「ん?」
「安全第一ってやつ」
「そりゃあ大事なうちの子がおる現場やし」
「じゃあ、もっと気をつけてくれよな?」
「何が?」
「俺、割りとあの子に迷惑してたんだけど…」
立ち去ろうとしている後ろ姿を顎で示す。
「はぁ?マジで?!」
「マジで」
「もっとキツく言ってやれば良かった!」
「泣いてるのに?」
「関係あるかいッ!仕事現場で役者に言い寄る付き人って考えられんやろッ?もういっぺん泣かしたろか!」
「まぁまぁ、もういなくなるんだから」
「龍斗もちゃんと教えてよ!」
「何を?」
「全部!知らんかったら助けられんやろ?」
「・・・」
「何?教えるん嫌なん?」
「いや、そうじゃなくて…。うん、これからはちゃんと言うよ。ありがと典ちゃん」
「ほな戻ろう。セットが出来るまでちょっとは休憩できるやろ?」
「うん」
そう言った俺はちょっと感動していた。
助けるって言葉に…。
怪我したふりのさっきの俺を本気で心配してたし、言い寄られていたことを暴露すれば本気で怒ってくれる。
身内認定されるってかなり嬉しいもんだな。
でも怒ってる典ちゃんには内緒にしておこう。
ニヤニヤしている俺を見て、典ちゃんがまだ隠し事があると勘違いし胸ぐらを掴んできたけど…。




