8 その肩書きは、もうイヤだよ
慌てているのは、おれたちだけではなかった。
スクリーンに映っているロベルティスの後ろにいる乗組員たちも、パニックに陥っていた。イタリア語らしい叫び声が、自動翻訳されて字幕で表示された。
【最高司令! 周辺の全艦からロックオンされています! 逃げられません!】
ロベルティスもおれたちの存在など忘れたように、【遮蔽モードに移行しろ!】と叫んでいる。
【ダメです! 遮蔽妨害ビームが当てられいます!】
どうなっているのか、訳もわからずにスクリーンを見ていると、いきなり画面が切り替わった。見覚えのある黒いレザーの上下を着た、髪の長い女が映っている。元子だ。
《ご苦労さま。ようやく大海賊ロベルティスを、海賊行為の現行犯で逮捕できるわ》
「どういうことだよ!」
《あら、言ったじゃない。スターポールが長年追っている、大海賊ロベルティスを誘き寄せる囮になるアルバイトを頼みたいって》
「オッケーした覚えはないぞ!」
《でも、明確に断りもしなかったわ》
「冗談だと思ったからだよ! あんた一流のブラックジョークだとね!」
元子はニヤリと笑った。
《へえ、それじゃ、バイト代は要らないのね》
ああ、貧乏ってイヤだ。そう言われると、なんだかすごく損をするような気がする。
「そ、そりゃ、こんだけ危険な目に遭ったんだから、くれるというなら、貰っといてやるけどさ」
《そう、わかったわ。じゃあ、あなたの口座に振り込んでおくわね、バイト代千五百円。あ、ごめんなさい、所得税は天引きよ》
「はあ? なんだよ千五百円って」
《あなたが人工冬眠から目醒めて、ちょうど一時間経過したわ。だから、実働一時間で千五百円。あなたのいたコンビニよりは高い時給よ》
「それこそ、冗談じゃない! 命の危険を冒して、なんで千五百円だよ!」
横にいたシャロンが、「何回同じこと言ってんのよ」と軽蔑の眼でおれを見た。
「って言うかさあ、あんた、折角の栄えある試運転に、なんで副業をブッ込んでんのよ。おかげでパラライザーで撃たれたじゃないの!」
「おれのせいかよ!」
次第に怒りのボルテージが上がってきたおれとシャロンの間に、「まあまあ」と言いながら荒川氏とプライデーZが割り込んで来た。
《話を続けていいかしら? 今からそこに居る脱獄犯のドクター三角を引き取りに行くわ。シールドを下げて、接続ドックを開けてちょうだい。ああ、そうそう、UPS付き通信機も回収しなきゃ》
おれはハッとして、シャツの襟を捲った。あった。五百円玉ぐらいの機械だ。またやられた。おそらく、コンビニを出て宙港に向かう間だ。
やがてジュピター二世号に乗り込んで来た元子に、おれは思い切り不満をぶちまけた。
「やり方がえげつないよ。今回も結果オーライだったから良かったけど」
元子はワザとらしく肩を竦めた。
「誤解があるようね。わたしたちだって、すべてわかってた訳じゃないわ。ドクター三角が脱獄したこと、何故か大海賊ロベルティスが密かにジュピター二世号の情報を集めていること、そのジュピター二世号を黒田さんが買ってあなたにプレゼントすること。これらの情報から、あなたをマークすればロベルティスを逮捕できるかもしれない、と気がついたの。でも、あまり詳しい情報を伝えると、あなたの行動が不自然になるから、ヒントだけ与えることにしたのよ。ごめんなさいね」
元子は軽く頭を下げたが、本気で謝るつもりがあるとは、とても思えない。だが、反論してもしょうがない。おれは諦めた。
「もういいよ。それより、おれはこれでお役御免なんだろ。ドクターと通信機を持って、さっさと帰ってくれ」
元子はニヤニヤ笑っている。ああ、もう、イヤな予感がするぜ、チクショー。
「実は相談があるのよ」
「なんだよ」
「この試運転が終わったら、どうするつもり?」
プライデーZが「海賊王に」と言いかけたが、荒川氏に口を押えられた。
「別に決めてないよ。だって、今日貰ったばかりだぜ。まあ、卒業旅行に使ったらいいのかもしれないけど、そこまで親しい同級生はいないしな。ま、近場を回ってみるかな」
「いいわね。ところで、頼みがあるの。どうせ宇宙を旅するなら、パトロールして欲しいのよ。そう、あなたをスターポールの特別暫定保安官補佐見習いに任命したいの」
「またそれかよ!」
「いいじゃない。コンビニ辞めて、どうせ新しいバイトしなきゃいけないでしょ。時間給は見習い期間は千五百円、本採用になれば、なんと!」
「いくらだよ?」
「危険手当を込みで千六百円よ。やってみない?」
「危険手当って、百円かよ!」
「それくらい安全な仕事ってことよ。もう次の行き先も決めてあるわ」
「もう、何を勝手に決めてんだよー」
「その行き先の件だけどさ、あなたってイヌ派、それともネコ派?」




