5 ピンチの後に、本当にチャンスは来るのかよ
ドクター三角は、自慢げに小鼻をヒクつかせた。
「説明しよう。元々こいつは家事専用だったのをぼくが改造し、雑用係として使っていたロボットだ。ところが、ぼくが悪事を働こうとすると、倫理的にどうのとか言って一々邪魔をする。そこで、強引にアシモフ回路を抜き取って、逆向きに接続し直したのだ。すると、喜んで悪いことをするようになったのはいいが、性格まで悪くなり、反抗ばかりするようになった。きみたちに回路を元に戻され、裏切られたのはショックだったが、その後、随分性能をアップしてくれたようだな。おかげで、再びアシモフ回路を逆転させたら、実に従順になった。改めて、お礼を言うよ」
おれは怒りに震えた。
「冗談じゃない! おれの仲間になんてことをしてくれたんだ! 今すぐ元に戻せ!」
ドクターは分厚い唇を皮肉そうに歪めて笑った。
「ものわかりの悪い坊やだな。今のこの状態が、元の状態なのだよ」
またカッとなって反論しようとして、おれはあることに気づいた。
チャッピーがいない。それに、モフモフとメイメイの息子たちも。うまく逃げたのか、それとも、考えたくないが、やられてしまったのか。
もし、どこかに隠れているなら、ドクターに気づかれてはマズイ。おれはなるべく視線を彷徨わせないようにしながら、周辺視野を意識した。
いた。奥の天井に黒い塊が張り付いているのが、視野の隅に入った。チャッピーだ。逆さまになって、ゆっくり天井をこちらに進んでいる。
「どうした、何を考えている?」
いけない、怪しまれている。何かで気を逸らさねば。
「あ、いや、その、今、どの辺を飛んでいるのかなあ、と思って」
「ふん、気になるか? ならば教えてやろう。すでに太陽系の最外縁のオールトの雲も越え、定期航路からも外れた、宇宙の空白領域だ。ここなら、スターポールの巡回も滅多に来ない。思わぬ助けを期待しているなら、諦めることだな」
その思わぬ助けが、おまえの頭の上にいるんだよ!
おれが、そう意識したのがいけなかった。チラリと天井を見てしまったのだ。
「うん、どうした? どこを見てる?」
ああ、万事休すか。
ドクターが頭上を見ようとした、まさにその時。
パタパタと羽ばたくような音と共に茶色の塊が二つ、おれたちのところに飛んで来た。一つはおれの頭の上に、もう一つはドクターのツルツルの頭に、ポン、ポンと乗っかり、「フーッ!」と威嚇音を発して互いに睨み合っている。カインとアベルだ。
髪の毛があるおれでさえ鉤爪が当たって痛いのに、ドクターは直接で、しかも、頭が滑るから余計にグッと力を籠めているようだ。
「痛ててててーっ!」
ドクターの注意が逸れた隙に、おれはパラライザーを持っている手を蹴り上げた。シャロンほど足は上がらないが、パラライザーを弾き飛ばすことができた。しかも、うまい具合に、おれの急激な動きに驚いたカインとアベルは、それぞれの頭から飛び去ってくれた。
「今だ! チャッピー!」
おれの呼び掛けに応え、天井のチャッピーが網状の糸を吐き出した。それは空中でパッと拡がり、ドクターの全身を包み込んだ。
「うわっ! なんじゃこれは!」
糸に絡まれ、もがくドクターに、おれは「観念しろ!」と指を突き付けた。
だが、勝利を確信したおれの体に、ドーンと衝撃が走った。正座し過ぎて足が痺れるような感覚が全身を襲い、それが徐々に激しい痛みに変わっていく。
「な、なんで……」
痛みで朦朧と霞む視線の先に、パラライザーを手にしたプライデーZ、いや、プレミアムブラックフライデーが立っていた。しかも、さらに引鉄を引こうとしている。
「や、やめろ……」
おれは辛うじてそう言ったが、すぐに第二弾が来た。が、おれに衝撃はなく、目の前にドサリとチャッピーが倒れた。また、おれを庇ってくれたのだ。
まだ粘りつく糸と格闘しているドクターが、「ざまを見ろ!」と叫んだ。
「言っただろう。こいつはぼくの忠実な僕なのだ。さあ、プレミアムブラックフライデー、パラライザーの出力をマックスにして、そいつにお見舞いしてやれ!」
プレミアムブラックフライデーは、出力ダイヤルをギリッと回した。おれに狙いを定め、さらに近づいて来る。もう至近距離だ。外しようもないだろう。
「やめて……くれ……プライデーZ……仲間じゃ……ないか」
おれは痛みで、それだけの言葉を絞り出すのがやっとだった。
と、プレミアムブラックフライデーのパラライザーの引鉄に掛けた指が、ピタリと止まった。
「仲間?」
「そうだ……おれたち……仲間だろ?」
「な、か、ま。ナ、カ、マ。う、うーっ。うおーっ!」
そう叫び声をあげると、プレミアムブラックフライデーのパラライザーを持っていない方の腕が、ギシギシ音を立てて後ろに動き出した。
人間には不可能な角度に曲がり、自分の背中を探っている。ピクンと手が止まり、ベリベリッとマジックテープを剥がすような音がした。そこに手を差し込み、コの字型の部品を抜き取ると、左右を反転してもう一度差し込んだ。
手を戻すと、しばらくガクガクと体を震わせていたが、それが止まると、持っていたパラライザーを捨て、おれを抱き起した。
「すみませんでした、ボス!」
「いいんだ。お帰り、プライデーZ」
おれは、ロボットが泣くのを、初めて見た。