4 どうしてそんなに遠くへ行きたいんだよ
「どうして、たかが試運転でアルファ・ケンタウリまで行くんだよ!」
すぐに試乗したいとシャロンが言っていたが、精々月を周回して戻って来るぐらいかと思ったら、恒星間飛行がしたいと言い出したのだ。
「だって、太陽系の中じゃ、冥王星の外側を周ったって5分よ。つまんないわ」
「何言ってるんだ! いきなり超光速エンジンを使う気かよ! 通常運転でいいだろ! 月までゆっくり1時間かけて行けばいいじゃないか!」
興奮するおれを、荒川氏と黒田氏が両側から「まあまあ」「まあまあ」と宥めた。
「大丈夫じゃよ、中野くん。わしがちゃんとコース設定はするんじゃ。シャロンちゃんは、発進ボタンを押すだけじゃよ」
「うむ。わがはいも危険はないと思う。一番近い恒星系といっても凡そ4光年先だから少々時間はかかるが、それでも超光速なら往復8時間程度だ。途中ランチを食べて、晩飯までには帰って来れるよ」
二人にそう言われては仕方ない。
「わかりました。おれも船長としての責任上乗って行きますが、実はバイトの夜勤明けで今メチャメチャ眠いので、すみませんが人工冬眠カプセルを使わせていただきます。それなら、寝て起きたら地球に戻ってるわけですからね」
荒川氏がポンと膝を打った。
「おお、それが良いじゃろ。後はわしに任せて、ゆっくり休んでええぞ」
黒田氏は可愛い孫のため、珍しく頭を下げた。
「すまんが仕事があって、わがはいは戻らねばならん。シャロンを頼んだぞ」
「わかりました。って言っても、おれは寝てるだけですけど」
そのシャロンは、早くも操縦席に座って星図の確認をしている。なんてワガママ娘なんだと怒りが半分、夢中に取り組んでいる姿を可愛く思う気持ちが半分くらいあり、あり? あ、いやいや、今のなしね。
とにかく、黒田氏を見送ると、チャッピーの面倒をみるようプライデーZに頼み、モフモフの子供たちの世話は荒川氏に任せ、おれは人工冬眠カプセルのある部屋に入った。
二つ並んでいるカプセルのうち、使用中でない方に入って蓋を閉じた。すぐに快適に眠くなるガスが噴き出してくる。その時になって、気になることを思い出した。
「あれ? 使用中のカプセルって、誰が使ってるんだっけ?」
それ以上その疑問を考える前に、おれは眠りに落ちていた……。
……おれの耳元で、大音量の目覚まし時計が何個も鳴っている。寝ぼけ眼で止めようとするのだが、手が届かない。
「わかったよ! もう起きるよ!」
自分の声で目が醒めた。
大音量で鳴り響いているのは、目覚まし時計ではなく、非常放送だった。
《超光速エンジン破損! 超光速エンジン破損! 制御不能! 制御不能!》
「だから言ったじゃん! 素人には無理だって!」
しかし、文句を言っている場合ではなかった。おれは念のため非常用の宇宙服を着用し、コックピットのある司令室へ向かった。通路は赤い非常灯が明滅し、非常放送もずっと続いている。コマンドルームの扉は非常時は手動でしか開かないため、おれは取っ手を掴み、全身の力を籠めて横に引いた。ところが、ロックが掛かっていなかったらしく、拍子抜けするぐらい軽くスルンと開いた。
「みんな、大丈夫かーっ!」
叫びながら中に飛び込んだおれの目に映ったのは、両手両足を縛られ、口には猿轡を噛まされたシャロンと荒川氏の姿だった。そして、その前には、麻痺銃を手に持った男が立っていた。
「久しぶりだな」
男は荒川氏と同年配ぐらいだろう。髪はほとんどなく、ギョロリとした目をしており、唇が分厚い。その唇を皮肉そうに歪めて笑っている。
「お、おまえは、ええと、あれだ、うーん、そう、ドクター三角だな!」
「みすみ! 三角と書いてみすみと読むのだ! まあ、そんなことはどうでもいい。去年は、よくもぼくの邪魔をしてくれたな」
「何を言ってんだ! そっちがシャロンを誘拐したからじゃないか! って言うか、捕まって刑務所に入れられたんじゃないのか?」
「ふん、生憎だな。きみに復讐するため、先週脱獄したのさ」
そうだったのか。これが、宙港へ行くまでの、元子の過剰な警備の理由だろう。
「それなら、前もって言ってくれよ!」
「え? 脱獄を予告しろと言うのか?」
「あ、いや、こっちの話だ。でも、どうやってこの船に潜り込んだんだ?」
「ふん、いいだろう、教えてやろう。黒田がきみにジュピター二世号をプレゼントするという情報を掴み、人工冬眠カプセルの販売会社に正体を隠してアルバイトで入ったのさ。そして昨日、カプセルの搬入に同行し、船内に忍び込んだ。超光速エンジンに爆弾を仕掛け、発進して一時間で爆発するようセットして、カプセルで寝ていたのだよ。おかげで良く眠れた。刑務所では不眠症だったのでね。それもこれも、きみのせいだ!」
「自業自得だろ! もう、バカなまねは止めるんだ!」
「いや、止めないよ。復讐は始まったばかりさ。おお、そうだ」ニヤリと笑い「きみに紹介したい相手がいるんだよ。カモン!」
ドクターが手招きすると、仮面舞踏会に使うような黒いマスクを付けたロボットが出て来た。
「あっ、プライデーZじゃないか!」
「いや、わたしはもはやプライデーZなどという名ではない。ドクター三角の忠実な僕、プレミアムブラックフライデーだ!」
えええーっ、闇堕ちしてるよーっ。