39 子はカスガイって、こういうことかよ
おれが何か言う前に、シャロンが「お断りしますわ、デリカット王子さま」と慇懃無礼に笑った。
「違うよ! 余はギルバートだよ。ああ、いや、そんなことはどうでもいい。ここに匿われているバステト星の破廉恥姫を渡してもらおう!」
ギルバート王子が手を差し出してポーズを決めると、全身黒タイツの手下たちが、「イー!」「イー!」「イー!」と盛り上げた。
「冗談じゃないわ! 身重の姫をどうしようっていうのよ!」
あの、おれにも言わせて欲しいんだけど。
「ふん、知れたこと。余は下等なバステト星人の親戚などいらんのだ。兄の恥ずべき行為の尻拭いをするのが、弟たる余の役目。しかる後、兄には退いてもらって、由緒正しい伝統を守る余が王位を継承するのだ」
シャロンは、今まで見たこともないほど怒っていた。
「なんてことを言うの! 生まれて来る赤ちゃんに、何の罪があるっていうのよ! 王位が欲しけりゃ勝手にそうすればいい! でも、姫にも赤ちゃんにも、指一本触れさせないわ! あたしが絶対に護ってみせる!」
おれは思わず拍手しそうになったが、バフッという気の抜けた銃声のような音に首を竦めた。
苛立ったギルバート王子が、大型麻痺銃を天井に向けて威嚇発砲したのである。
「地球人の小娘に何ができる! さあ、大人しく姫を渡せ!」
「イー!」「イー!」「イー?」
最後の手下の声にはてなマークが付いているのは誤字ではない。おれも気がついたが、手下たちの周りの景色の一部がユラユラ揺らいで見える。
と、ボクッと音がして、手下の一人が吹っ飛んだ。
「ギョエッ!」
続いて、ガツンと音がして、もう一人が仰向けに倒れた。
「ヒーッ!」
最後の一人はエビ反って、バックドロップを掛けられたような体勢で後頭部から落ちた。
「アウチ!」
外国人が混じっていたらしい。
それはともかく、ブーンという音がして光学迷彩が解け、ミシェル刑事の姿が現れた。いつの間に奪ったのか、大型パラライザーを手にしている。その銃口をギルバート王子に向けた。
「小柳捜査官のお下がりのハイパースーツが役に立ったわ。さあ、無駄な抵抗はしないことね。すでにアヌビス星警察にも、スターポールにも通報したわ」
「無礼者! 余は王位継承権者だぞ! 下賤な警察などに逮捕されない特権がある!」
その時、ビーッビーッというブザー音と共に、ドームの天井から大型スクリーンが下りて来た。そこに映し出されたのは、ヒダヒダの白い襟を首に巻いた、面長のコリーのようなアヌビス星人だった。非常に厳しそうな顔をしている。
《息子のその特権は、たった今、剥奪します。刑事さん、どうか不肖の息子を逮捕してちょうだい》
と、いうことは、このコリー、あ、いや、アヌビス星人がイヌザベス女王だろう。
ギルバート王子は、「ママン、違うんだ、誤解だよー」と泣きついたが、女王の返事は、にべもなかった。
《おまえのことは見損ないました。もう、親でも子でもありません。暫く牢屋で頭を冷やしなさい》
ホッとしていると、シャロンがツカツカと女王の前に進み出た。
「陛下、この馬鹿息子に一発お見舞いしていいかしら?」
《おお、どうか母の代わりに、お願いするわ》
「ありがとう」
シャロンはニッコリ笑うと、振り向きざま、ギルバート王子に強烈なパンチを浴びせた。
「キャウン!」
ぶっ倒れたギルバート王子に、ミシェル刑事が手錠を掛けた。
そこへ、白衣を着たアメリちゃんが駆け込んで来た。
「生まれました! 男の子と女の子の双子です!」
その場の全員が「おお!」と声を上げた。
《わらわにも、見せてもらえるかしら?》
「もちろんですとも!」
そう答えたのは、双子を抱えて産室から出て来たムッシュ医師である。
おれも顔を見せてもらった。イヌのようでもあり、ネコのようでもあるが、確かなことは、この世のものとも思えないほど可愛い、ということだ。
《ありがとう。こんな可愛い孫ができて、本当に嬉しいわ。キャットリーヌ姫が落ち着いたら、直接お礼が言いたいわ。是非アヌビス星に来るように伝えてね》
ムッシュ医師は感涙にむせながら、最敬礼した。
「畏まりました、女王陛下!」
おれもちょっとグッと来ていたが、シャロンにバシッと背中を叩かれた。
「ボーッとしてんじゃないわよ! これから忙しくなるのよ!」
やれやれ。ヒーローも楽じゃないよ。