3 波乱の船出もいいとこだよ
「いやいやいやいやいや、それダメだろ。免許取りたてで、いきなり宇宙旅行は無謀すぎるよ」
おれの抗議に、シャロンはプッと頬っぺたを膨らませた。
「何よ、その言い方。ちょっと謙遜したけど、宇宙飛行士免許の学科試験は制度開始以来初の満点だったのよ。まあ、実技はそんなに得意じゃないから、オートマティック限定だけど」
「ダメだろって! 何だよ、オートマティック限定って。発進ボタンを押すだけじゃないか。おれはまだ死にたくないよ!」
さすがに黒田氏が「まあまあ、落ち着いて」と割り込んで来た。
「中野くんの心配はもっともだが、ちゃんとベテランの副操縦士兼機関長が同乗するよ」
マイクロバスの中から「そうじゃ、心配せんでいいぞ」と声がして、もう一人降りて来た。大きな鼻を興奮で赤くした荒川氏だ。
「久しぶりじゃのう、中野くん。ドラードは、新しい大統領にメイメイの夫のヤコブが就任して、上手くやっておるよ。わしも潮時じゃと思って、大統領顧問を退いた。しばらくは悠々自適に暮らしておったが、さすがに退屈してしもうてのう。そこへ黒田から海賊船を買ったから乗らないかとの誘いが来た。渡りに船とはこのことじゃ。久々に冒険者の血が騒いだよ。事前に船内を確認したが、見かけと違って最新式じゃ。大船に、いや、大海賊船に乗ったつもりで、任せたまえ!」
おれは安心していいものかどうか計りかねた。
と、荒川氏の後ろから、何かがビューッと飛び出して来た。仔犬ぐらいの大きさの動物だ。続いてもう一匹。二匹が絡まるように、おれの周囲を縦横無尽に飛び回る。よく見ると、皮膜を拡げたカピバラのような生き物だ。こんなに小さいのは初めて目にしたが、もちろんドラード人、つまり、マムスターの子供だろう。
荒川氏は両手をバタバタさせ、「これっ! カイン! アベル! ケンカをするでない!」と叫んだ。
すると、一匹は黒田氏の背中に、もう一匹は、あろうことかおれの頭に乗って、互いに「フーッ!」という威嚇音を発しながら睨み合った。
「わわっ! ちょ、ちょっと、何なんですか、こいつらは!」
荒川氏はおれの頭に乗っている方に近づき、「これ、アベル。ドラードの英雄の上に乗るんじゃない。こっちへ来るんじゃ」と手を差し伸べた。
おれの頭に乗っているやつは、思い切り鉤爪を立ててジャンプした。
「痛ててっ!」
荒川氏は両手で受け止めると、愛おしむようにそいつの頭を撫でながら、「これこれ、おイタが過ぎるぞ、アベル」と満面の笑みを浮かべた。
「いやいやいや、おかしいでしょう! おれの頭皮と心は傷ついてますよ!」
「おお、すまんすまん。紹介が遅れてしもうた。わしが抱いておるのが、メイメイの息子のアベルで、黒田の背中にオンブされておるのがモフモフの息子のカインじゃ。ともに生後半年じゃが、マムスターは成長が早いでの。どちらも名付け親は、何を隠そう、このわしじゃよ」
「そうじゃなくて!」
横でおれたちのやりとりをイライラした様子で見ていたシャロンも痺れを切らし、「もう、いい加減にしてちょうだい! 早く試乗したいのに!」と地団駄を踏んだ。
背中のカインをあやしながら、黒田氏も「うむ、そうだな。とにかく乗船してもらおう」と微笑んだ。
荒川氏も黒田氏も、まるで幼い孫に甘えられているように、カインとアベルにメロメロなのだ。シャロンのイライラは、そこにも原因がありそうだ。
ちなみに、いくら成長が早いといっても、宇宙に連れ出すにはカインとアベルは幼過ぎると思うのだが、次の世代にはなるべくドラード以外の世界を見せたい、というモフモフたちの考えらしい。可愛い子には宇宙旅行をさせよ、ということか。
とにかく全員で乗船することになったが、宙港まで送ってくれた元子だけは、例の覆面パトカーで静かに帰って行った。静かに? そう、パトライトもサイレンもなしだ。この後、急ぎの用があると言っていたのは、ウソなのか? あれがおれの安全を確保するためだけだったとしたら、この先おれはどうなるの?
「どうした、中野くん?」
黒田氏に訊かれ、おれは思わず「いえ、何でもありません」と答えていた。
考え過ぎだ、考え過ぎだ、と自分に言い聞かせながらタラップを登り、海賊船の船内に入った。見かけと違い、確かに船内の設備は最新式のようだ。
おれが心配なのか、チャッピーはずっと足もとに纏わりついてくる。
一方、プライデーZはすっかり燥いで、「波動砲発射10秒前!」などと悦に入っている。
全員の乗船を確認すると、黒田氏が説明を始めた。
「元々このジュピター二世号は、ロビンソン一家のデモンストレーション用に造られたものだ。したがって、外観はほとんどハリボテでギリギリの強度しかないから、あまり無茶はせんでくれ。もっとも、本体の方はさすがに海賊船だから、頑丈だ。光子魚雷の二三発ぐらい屁でもない。あ、下品な喩えですまん。もっとも、当初装備されていた攻撃用の兵器は、当然、全て撤去した。その代わり、殺傷力のない大型麻痺砲を設置した。まあ、でっかいパラライザーだな。万が一の場合には、これで対処してくれ」
露骨にガッカリしているプライデーZの隣で、おれは万が一のことなどないよう、切に祈った。