37 空中散歩はもうたくさんだよ
いかにカインとアベルの成長が著しいといっても、所詮まだ子供である。おれとチャッピーの体重を支え切れず、加速度的に落下して行く。
「ヤバイよ、ヤバイよ~っ!」
巨木の森が眼前に迫り、難民キャンプのある樹上の広場もチラリと見えたが、その巨木の横を通り過ぎて遥か地上へ向っている。
おれは最早声も出ず、気絶しそうになっていたが、背中でずっと動き続けていたチャッピーが四方八方に糸を飛ばしたのがわかった。
ギューンと周囲から引っぱられる感覚と共に落下にブレーキがかかり、おれの体は巨木の間に宙吊りになって止まった。さっきカンダタ状態だった時に巻き付けられた糸に、周辺の巨木に飛ばした糸がくっ付けられているのだ。
「でかしたぞ、チャッピー!」
おれが褒めると、チャッピーは前に回って、おれの顔をペロペロ舐めた。
いいぞ、いいぞ、いくらでも舐めてくれ。
ずっとおれの両腕を掴んでいたカインとアベルも、ホッとしたようだ。
「良かったです。止まらないかと思いました」
「おっさん、少しダイエットしろよ」
誰がおっさんやねん、と思ったが、ここは大人として注意すべきだろう。
「まあ、今回はチャッピーのお陰で助かったけど、二度とこんな無茶はするなよ」
「はい」
「わかってるよ」
どうなのだろう。言葉遣いが丁寧か乱暴かの違いはあっても、やることは同じなのだ。似た者同士ということか。
この時も、返事をするや否や、二人同時に手を放したのである。
急にカインとアベルの分の重量が無くなったため、おれの体は糸の弾力に引っ張られ、グイーンと上に上がった。
「おい!」
頂点に達したところで、再び下がり始めた。
「だからさ!」
落ち切ると、また上昇する。
「ホントにもう!」
何度もバウンドするおれの周辺を、カインとアベルが旋回していた。
「遊んでないで、早く行きましょう」
「いい歳して、何やってんだ」
おまえらのせいだろ、と言い返そうとした時には、二人とも森の奥へ飛んで行った。全く、どこまでシンクロしてるんだ。
だが、こうしてはいられない。
「チャッピー! おれを吊るしてる糸を切ってくれ!」
言ってから、しまったと思ったが、チャッピーは再び背中に戻ると、躊躇わず、一気にプツプツと糸を切った。
「わわわっ!」
辛うじて一本残された糸に引っ張られ、おれの体は振り子のように飛んで行く。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
振り子が振り切る寸前、チャッピーはピューッと糸を前に飛ばし、それが別の巨木にくっ付くと、後方の糸を切った。
「またかよ!」
再び振り子のように揺られ、また、次の巨木に糸が飛ばされ、そうやって森の中を進んでいるのだ。
「わかるけど、もっと楽な方法ないの?」
もちろん、他の方法などあるはずもなく、チャッピーはお構いなしにズンズン進んで行く。
アッという間にカインとアベルに追いついた。と、同時に彼らの目的地が見えて来た。
おかしな言い方になってしまうが、周辺より一段低い高台である。
超高層ビル並みの巨木に囲まれているためそういうことになってしまうが、台地と言っていいほどの広さがある。一面のお花畑で、その中心部に白い卵型のドームが見える。ドームがフワフワと風に揺れているところを見ると、オランチュラの糸を編んだものだろう。
「こういう時って、東京ドーム何個分とか言うけどさ、東京ドームより小ちゃな場合は何て言うと思う?」
持論を述べようとした時には、おれの体は台地の手前にある最後の巨木を越えていた。そのためチャッピーが次に糸を飛ばす場所がなく、振り子が振り切ったところで、おれの体は空中に投げ出された。
「やっぱり、こうなるのかよおおお~っ!」
おれの周囲を旋回しているカインとアベルの話し声が聞こえてきた。
「どうしよう。さっき無茶しちゃいけないって言われたし」
「放っときゃ、いいんじゃね」
おれは絶叫した。
「助けてくれーっ!」
カインとアベルに左右から腕を掴まれ、減速しつつ、おれはお花畑に着地した。もっとも、最後の最後に、二人同時に手を放されたため、ソフトランディングとは行かなかった。
「ぐえっ!」
背中にチャッピーがいるので転がることもできず、おれはカエルのように腹から地面に落ちたのだ。
「ううっ、痛ってえ。チャッピー、おれの体、バラバラになってないか?」
もちろん、チャッピーに答えることはできないのだが、返事は前方から聞こえてきた。
《見たところ、手足は繋がっているようだぞ、地球人の友よ》
「え?」
おれが顔を上げると、携帯サイズの伝声器を持ったオランチュラが立っていた。
《久しぶりだな。元気そうで何よりだ》
「元気じゃないよ、森の精霊。痛くて動けないよー」
思わず甘えてしまった。
《ふふふ。相変わらずだな。よかろう、われらが運んでやろう》
「え、どこへ?」
《われらの避難所だよ。そこに、キャットリーヌ姫もいるぞ》
マジかよーっ!




