30 何回どんでん返しがあるんだよ
「やだー、やめてよー! 微笑みネコって言われるシャルトリューは、わりと好きな品種なのに、キライになっちゃうじゃない!」
シャロンのわけのわからない抗議は聞き流し、おれは努めて冷静にサバスチャンに尋ねた。
「これは、どういうことだ? 下手をすると、アヌビス星じゃなく地球と戦争になるぞ」
サバスチャンは馬鹿丁寧に頭を下げた。慇懃無礼というやつだ。
「それはご勘弁ください。いかなる星とも、二度と戦争などしたくはないのです。わたくしの幼い弟は、先の戦争で亡くなりました」
おれは、つまらないことを言った自分を恥じた。
「そうか。それは可哀想に。失礼なことを言ったのなら、謝るよ。しかし、銃を突きつけられては、普通に話せないじゃないか」
サバスチャンは頷いて、衛兵たちに銃を下ろすように命じた。ただし、アメリちゃんに向けた銃はそのままだ。
「こちらこそ、失礼なことをいたしました。あまりにも早く、メモの秘密を見抜かれたので、動揺してしまいました。申し訳ございません。わたくしが気づいたのは、つい昨日のことです。誘拐犯からなかなか次の連絡が来ないので、もう一度最初から証拠品を調べようと思い立ち、シャトルの再調査をしてる時、メモの透かしに気づきました。となれば、少なくとも犯人の一人はアメリです。難民キャンプからの引揚者で、当日姫の近辺にいたのは彼女だけですから」
おれは振り返った。アメリちゃんもさすがに観念したのか、パラライザーはもう下ろしていた。まだ細かく震えていて、余程の事情があるようだ。
「アメリちゃん、正直に言ってくれ。きみは誘拐犯の一味なのか?」
おれを見つめるエメラルドグリーンの瞳が潤み、ぽろぽろと涙が零れた。それでも、口はきつく結んで開かない。
サバスチャンは「わたくしが解説いたしましょう」と話し始めた。
そもそも、わたくしがスパイの真似事をするようになったのは、姫のご命令でした。先方のジョンとは同じ執事として気も合い、和平交渉も順調に進んでおりました。
ところが、予期せぬことが起こりました。
話し合いのために互いに行き来するうち、キャットリーヌ姫とケント王子が恋に落ちてしまったのです。
それまで和平交渉に消極的賛成という立場だった両星の王室は、一気に反対に傾きました。困ったことに、アヌビス星には強硬な反対派のギルバート王子がおり、イヌザベス女王は彼に王位を譲ると言い出したのです。
それまで築き上げて来た和平への道程が頓挫しかねないと、わたくしたちは焦りました。
そこにタイミングよく、ネコジャラス王が、いっそのこと姫をしばらく監禁して熱を冷ませ、とおっしゃられたのです。わたくしたちもその流れに乗って、畏れながら姫さまを幽閉する準備を始めました。
その矢先に今回の誘拐事件が起きたのです。
わたくしたちも王と同じく、偽装誘拐による駆け落ちであろうと思いました。
王のスパイであるマリリンとは別に、ジョンもケント王子に怪しい素振りがないか、徹底的に調べてくれました。
結果は、わたくしたちの予想に反し、まったくのシロでした。
まあ、考えてみれば、お人好しの、あ、失礼、好人物のケント王子に、演技などできるはずもなく、身も世もなく嘆く姿に嘘はありませんでした。
さあ、そうなると、厄介です。宇宙海賊などの本物の犯罪者が係わっていたら、そう思っただけで、居ても立ってもおられません。
アメリが怪しいとわかった時、まず考えたのは、仲間がいるに違いない、ということです。彼女を手先にしているのは誰なのか。本当に宇宙海賊などが絡んでいるのか。
そこにあなた方が来られたのです。
わたくしは疑いました。この中に真犯人、もしくは、その仲間が紛れ込んでいるのではないかと。そう、特にアメリと親しげな中野さま、あなたをね。少なくとも、身元のハッキリしているシャロンさまと荒川さまは、あなたに騙されていると思いました。
そこで、自分がスパイであることを明かして、反応を見たのです。しかし、ますますわからなくなるばかりでした。
「ちょっと、待ってくれ」
さすがに腹が立ってきて、おれはサバスチャンの話を遮った。
「おれが犯人と思ってたのか?」
サバスチャンは苦笑した。
「申し訳ございません。もしかしてドラードの難民キャンプでアメリと知り合い、示し合わせてここに来た可能性を捨てきれませんでした。酒に酔ったのも、ワザとかもしれないと」
「冗談じゃない! おれがお姫さまを誘拐して、何の得があるんだよ!」
すると、例によって荒川氏が「まあまあ」と割って入った。
「サバスチャンどの、わしが保証するよ。中野くんにそんな大それたことはできない。たまたま英雄などと言われておるが、実際には、実に小人物じゃよ」
「荒川さん、それって、おれの悪口ですよね?」
これでは、話の収拾がつかない。
その時、シャロンが「今度こそ、わかったわ!」と叫んだ。