29 犯人は意外な人物って、誰が決めたんだよ
おれは改めてメモを見た。文字情報は携帯翻訳機が読み取って、音声に変換してくれる。
【姫は預かった。姫の命が惜しかったら、警察には連絡するな。追って身代金の連絡をする】
実にシンプルで、紋切り型の脅し文句だ。とても、一国のお姫さまを誘拐して身代金を要求するという凶悪犯の書いた文章とは思えない。もっとも、バステト星の文字を知らないおれでもわかるほど文字が角ばっているのは、定規を使ったからだろう。そういうところは、誘拐犯らしい気遣いだ。当然、指紋も残していないはずである。
どうして、シャロンはこれを見ただけで犯人がわかったのか。自慢げに鼻をヒクつかせているシャロンに聞くのはシャクだから、とりあえず、おれはおれで推理しよう。それには、もう少しヒントが欲しい。思いついたことを、サバスチャンに聞いてみた。
「この文章だけ見ると、今にも次の連絡が来そうだけど、結局、来なかったんでしょう?」
「はい、さようでございます。だからこそ、王は駆け落ちを疑い、ケント王子の身辺を探らせました。アヌビス星警察に、王のスパイがいるのです。確か、マリリンとかいう女でした」
ええーっ、マジかよーっ、という言葉を必死で飲み込んだ。あの時、立ち聞きしていたのは、そういうことなのか。うーん、残念。だが、きっと已むに已まれぬ事情があるのだ。そうに決まってる。ねえ、マリリン。
おれが黙ったタイミングで、荒川氏が「シャロンちゃんの推理が聞きたいのう」と声を上げた。
シャロンは皮肉な顔で、「あら、いいのかしら、言っちゃって?」とおれの顔を覗き込んで来た。
「なんだよ、おれに聞くなよ。言いたきゃ言えばいいだろ」
「あ、じゃあ、止めとくわ」
もやもやするー。くそっ。
「言えよ。どんなつまんない意見でも、それがヒントになるかもしれないし」
「もう、言わない!」
荒川氏が面倒くさそうに、「まあまあ」と仲裁に入った。
「わしが聞きたいんじゃ。シャロンちゃん、頼むわい」
シャロンはニッコリ微笑んで、名探偵登場みたいな顔になった。
「簡単なことですわ。荒川のおじさまこそ、そのメモを見ればおわかりのはずよ」
荒川氏は怪訝そうな表情でメモを見ていたが、「ややっ」と叫んだ。
「すまんが、執事どの、このメモに触ってええかの?」
「少々お待ちください」
サバスチャンは一旦シャトルを降り、すぐに戻って来た。手に小さな平たい箱を持っている。
「畏れ入りますが、念のため、これをご着用ください」
箱を開けると、白い手袋が入っていた。本来は礼装用のものだろう。
「おお、そうじゃな」
荒川氏は手袋を着けて慎重にメモを持ち上げ、照明にかざした。
「うむ。間違いない。中野くんも見てみたまえ」
意味がわからぬまま、おれもそのメモを覗いた。
「あれ? これは」
そのメモには透かしが入っていた。鼻の大きな人間の顔のようだ。
「わかるかの? ヘタクソじゃが、これはわしの似顔を基にしたものじゃ。わしがドラードで紙幣を造らせた際、やはり透かしがあった方がいいじゃろうと、こういう紙を用意した。実際には、紙幣自体がほとんど普及せず、紙が余ったので、わしらがメモ用紙として使っておった。その後、難民キャンプへの支援物資の一つとして、分け与えたはずじゃ」
「と、いうことは、これを書いたのはドラードの難民キャンプにいた……」
おれが言いかけた時、シャトルの中に隠れていたらしい人物が物陰から出て来た。
「そうですわ。その脅迫状は、わたしが書きました」
アメリちゃんだ。手には麻痺銃を握っている。可哀想に少し震えているじゃないか。おれはむしろ同情した。
もっとも、パラライザーで撃たれるのは懲りているので、一応、両手を挙げた。
「やっぱりそうなのか。でも、きみは悪い娘じゃないはずだ。何か事情があるんだろう?」
しかし、その返事は後ろから来た。
「もちろんでございますよ、中野さま」
振り返ると、サバスチャンもパラライザーを構えている。
シャロンと荒川氏が反撃しようと身構えた時、数名の衛兵らしき恰好のバステト星人が本物の銃を持って入って来た。衛兵たちの銃口は、ピタリとおれたち地球人三人に向けられている。サバスチャンは手袋を取りに行くフリをして、彼らを呼んで来たらしい。
それだけではない。衛兵の銃は、何故かアメリちゃんも狙っていた。
サバスチャンは自分のパラライザーをしまい、「申し訳ございませんが、無駄な抵抗は、おやめください」と頭を下げた。
えええーっ、おれたち、どうなるのー?