2 ほら、もう目的が違ってるよ
バイトも馘首になったし、今日はもうやることもないので、その海賊船というのを見に行くことにした。宙港の近くに繋留されているという。繋留というのは船を港に繋ぐことだが、もちろんこの場合は比喩的な表現である。
「良かったら、乗っけて行くわよ」
元子に言われて、ドラードでエアバイクに乗せられたことを思い出した。
「やだよ。こんな街中で振り落とされたら、命に関わるじゃないか」
「やあね、わたしの運転技量を甘く見ないでよ。もっとも、今日はエアバイクじゃないの。普通車よ。それでもいい?」
「いいに決まってるよ。プライデーZは自力で行けるとしても、チャッピーを連れて地下鉄には乗れないし、タクシーも嫌がられるからさ」
「じゃ、裏の駐車場に停めてるから」
「わかった。チャッピーを連れて来るよ」
おれは改めて店長に別れの挨拶をしたが、おれの顔も見ずに「うん、もう来ないでね」と言われてしまった。ま、仕方ないか。
コンビニの前でチャッピーを抱っこして待っていてくれたプライデーZから、チャッピーを受け取ろうとすると、プイッと横を向いた。
「え? 何?」
「チャッピーちゃんはご一緒にお車で、わたしは孤独な一人旅なんですね?」
「たかが宙港までだよ。何だよ、一人旅って」
「いいんです、いいんです。わたしが犠牲になれば。ううっ、めそめそ」
プライデーZはワザとらしく、泣き真似をした。
「わかったよ! 一緒に乗れよ。その代わり、絶対大人しくするんだぞ」
「アイアイサー、キャプテン!」
「しっ! 宙港に着くまで、お喋り禁止だ!」
チャッピーを抱いてコンビニの裏に回ってみると、元子の車は黒塗りのでっかい外車だった。
「へえ、ずいぶん立派な車だな」
「ええ、全面防弾ガラスよ。ボディーは装甲車並みに強化してあるわ」
イヤな予感がするのを止められない。
「あのさ、もしかして、ものすごく危険な事情があるんじゃないだろうな」
元子はニコニコ笑って何も言わない。
「いやいやいや、そこは嘘でも『考え過ぎよ』とか言ってくれよ」
「考え過ぎよ」
おれは不毛な会話を諦め、チャッピーを抱いたまま後部座席に乗り込んだ。プライデーZは助手席だ。お喋り禁止を守って何も言わずに座っている。
チャッピーを横に座らせようとすると、サササッと車の天井に移動して逆さまに貼り付いた。その体勢でジッとおれを見ている。元子との会話を聞いて、おれを護ろうという気持ちは健気だが、さすがにちょっと不気味だ。
「チャッピー、いい子だから、おれの隣においで」
聞き分け良く、サササッと降りて来た。
最後に元子が運転席に座った。
「じゃあ、出発するわね。わたしは、この後の予定があるから、少し急ぐわよ」
「え、まさか飛ぶのか?」
「残念だけど、市街地は車輛の飛行は禁止よ。でも、これがあるわ」
元子は助手席側の物入れから、赤いパトライトを取り出した。それを手に持ったまま運転席側の窓を開け、天井の上に乗せた。
「えええーっ、それって、職権乱用じゃないのか?」
「考え過ぎよ」ルームミラー越しニヤニヤ笑っている。
そのまま盛大にサイレンを鳴らし、猛スピードで走り出した。
プライデーZは、さすがにお喋りを我慢できず、小声で「各移動、各移動、直ちに現場に急行せよ。ウーウー」と呟いている。
しかし、サイレンのおかげで、普通は一時間半ぐらいかかるのに、わずか三十分で宙港に到着した。
宙港のエリア内に入り、黒田星商の専用発着場に行くと、驚くべきものが見えた。テーマパークにあるような典型的な海賊船が空に浮かび、そこから伸びた鎖が地上の大きな繋船柱に括りつけられている。文字通りの繋留だ。比喩じゃなかったのか。
だが、それよりも想定外だったのは、その海賊船の横っ腹にデカデカと、『耳カキから宇宙船まで、黒田星商なら何でも揃います』と書いてあることだった。
車を降り、呆然と海賊船を眺めていると、向こう側から宙港内通行用のマイクロバスが走って来て、おれの前で停まった。
中から黒田氏が現れ、おれに手を振りながら歩いて来た。
「おお、久しぶりだな。どうだ、海賊船は気に入ってもらえたかね?」
「って言うか、これって、宣伝用のアドバルーン、あ、いえ、アドシップですか?」
黒田氏はちょっと照れたように笑った。
「いや、すまん。きみも知ってるように、ついにアルキメデスの壁が破られ、もはや制限なく物資が運搬できるようになった。そうなると、今後、星間貿易はちょっとしたバブルを迎えることになる。わがはいも、久々に会長職に返り咲いた。そこで、せっかく手に入れた海賊船を有効活用させてもらったのだ。もちろん、きみにあげるものだから、中は自由に使って構わないよ」
「うーん、そのことなんですが、おれが持ってるのは普通自動車の免許だけで、宇宙船の操縦なんかできないですよ」
「おお、それなら、心配いらん。優秀な操縦士がおるよ」
そう言って、黒田氏がマイクロバスの方を手のひらで示した。
見覚えのある若い女の子が降りて来るところだった。
「まあ、おじいさま、嘘を言っちゃダメよ。まだ免許取りたてなんだから」
もちろん、それはシャロンだった。