23 確かに腹は減ってるけど、そういう問題じゃないよ
ネコロンボが刑事ではないとすると、いったい何者なのか。
シャロンはバステト星CIA説、荒川氏は革命軍将校説、プライデーZはアンドロイド説、そして、おれはアヌビス星のスパイ説を唱え、互いに一歩も譲らない。
おれたちはカンカンガクガク議論したが、もちろん結論など出るわけもなく、そうこうするうちに、護送車が停まった。
「お、着いたようじゃな」
そう呟く荒川氏の声は、心なしか震えていた。
全員が緊張して見守る中、護送車のドアがスーッと開いた。
「ここはどこだ?」
おれは思わず声を上げてしまった。
護送車の外に、お花畑が見えた。いや、違う。庭園のようだ。噴水もあるし、白っぽい石の彫刻みたいなものが点々とある。
車の外に出てみた。思った以上に広い。ここは何だろう。公園なのか。
そんなことを思いながら反対側を振り返ったおれは、顎が外れそうになった。
「な、なんだ、これーっ!」
そこには、今までおれが見たことのないような豪華絢爛な建物があった。ヨーロッパ風でもあるし、アラビア風でもあるし、日本のお城を思わせるところもある。これは……。
「まるで宮殿だな」
すると、おれの後から降りて来たシャロンが、「違うわ」と言った。
「まるで、じゃなくて、ズバリ、宮殿よ。資料で見たわ」
シャロンの次に出て来た荒川氏も、「おお、これが、かの有名なペロサイユ宮殿じゃな」と感嘆した。
最後に降りて来たプライデーZは、「随分大きなレストランですね。これじゃ、いきなり充電、は無理かなあ」と残念がった。
いやいや、みんな論点がズレているぞ。
「ここが宮殿だとして、おれたちは、これからどうなるんだ?」
おれの質問の答えは、護送車の裏側から聞こえて来た。
「ようこそ、ペロサイユ宮殿へ。中野さま、シャロンさま、荒川さま」
そう言いながら、礼服をビシッと着込んだ、青みがかった灰色の毛をした下膨れのネコ、あ、いや、バステト星人が現れた。
「きゃーっ、シャルトリューよ。やっぱり気品があるわあ」
はしゃぐシャロンを「静かに!」と窘め、おれは、そのバステト星人と改めて向き合った。
「おれたちを知ってる、あんたは何者なんだ?」
「おお、これは申し遅れました。わたくしは執事のサバスチャンと申します。弁解させていただけますなら、わたくしに限らず、このバステト星であなたさまを知らぬ者などおりませぬよ」
おれは、ちょっと自尊心をくすぐられ、少し警戒心を弛めた。
「まあ、それほどでも、ないけどさ。ああ、そういえば、あいつはどこにいるんだ?」
おれがネコロンボの名前を出す前に、サバスチャンという執事は「お腹がお空きでございましょう?」と、逆に尋ねた。
「まあ、そうだな」
なるべく気取って答えたが、おれの腹の虫は、さっきから鳴りっぱなしだった。
「ささやかですが、お食事をご用意しておりますので、どうぞ中へ」
シャロンは当然として、荒川氏も「腹が減ってはなんとやら、じゃな」と言って、すでに喰う気満々である。
ところが、拗ねている者が一人、いや、一体いた。
「そりゃ、そうですよね。格式の高い宮殿に、こんなどこのスクラップの骨かもわからないロボットなんて、入れませんよね」
すると、サバスチャンが苦笑して、「これは失礼いたしました。プライデーZさま、あなた用の特別充電ブースもご用意しておりますよ。王室御用達の百パーセント水力発電ものです」
プライデーZはたちまち先頭に立って、「何してるんですか。早く行きましょう、キャプテン!」とおれを急かした。
何だよもう、食い意地(?)だけは、いっちょまえかよ。
サバスチャンの先導で、大理石の石段を上がると、巨人がそのまま通れそうなでっかい扉が左右に開いた。その中は、憧れのレッドカーペットである。こういう場面でよくかかる、威風堂々とかいう曲が流れそうな雰囲気だ。
廊下を何度か曲がると、大広間のようなところに出た。長いテーブルが何列も並んでいる。
「ここは、晩餐会用の部屋ですが、ここでは広すぎますので、奥の個室に参りましょう」
サバスチャンが個室の扉を開けると、十人ほどで会食できるくらいのテーブルに、銀器類とグラスが並んでいた。こうしてみると、ナイフやフォークは金色より、やはり銀色の方が合っているなと、フッとドラードのことを思い出してしまった。
「どうぞ、お掛けください。間もなく、陛下も御臨場あそばされます」
「え? 今、なんて言った?」
おれが聞くまでもなく、いかにもお忍びという様子ながら、豪奢に宝石を散りばめた冠と、真っ赤なマントを羽織ったバステト星人が入って来た。
サバスチャンは威儀を正して紹介した。
「バステト星第十五代王、ルネ・ネコジャラス陛下にあらせられます!」
ネコジャラス王は、茶色と白のだんだら模様だった。そう、あのネコロンボである、ってゆーか。
王様かよおおおおーっ!




