22 有名人はつらいよ
ネコロンボは、カマをかけているのだろうか。いや、まだ誘拐事件のことはトップシークレットのはずだ。バステト星の担当者だというミシェル刑事に会うまでは、うかつなことは喋れない。おれは全力でトボけた。
「へ、へえ、お姫さまも来る店なんですかあ。会ってみたいなあ」
ネコロンボはおれの顔をジッと見ていたが、「会えるんじゃないですかな、中野さんなら。ふふっ」と笑ったが、目は全然笑っていなかった。
おれが一人で冷汗をかいているというのに、残る二人とロボットは美味い料理が食えるというので、完全に浮かれていた。
「バステト星は、やっぱり魚中心の食文化らしいんだけど、地球のブイヤベースみたいなコレヤベースって料理がヤバイくらい美味しいんだって」
「なんのなんの。魚料理といったら日本じゃろう。中でも鯖味噌じゃが、バステト星のサバビアンカケも負けぬそうじゃ」
「バステト星は水力発電が中心なんで、電気の味がまろやからしいんです。楽しみだなあ」
なんなんだよ、もう。
ネコロンボの行きつけの店というのは、宙港から少し距離があるらしい。駐車場に大型車両を停めてあるというので、そこまで歩くことになった。
だが、歩き始めてすぐに、おれは後悔した。視線が体に突き刺さる音が聞こえそうなくらい、おれは注目の的だったのだ。まあ、あれだけ週刊誌の表紙を飾っているのだから、無理もない。
幸い、大型車両というのはマイクロバスくらいある真四角の車で、窓が少なく、外から覗けないようになっていた。
「まるで護送車ね」
シャロンが指摘すると、ネコロンボはまたポリポリと頭を掻いた。
「ええ、実はそうなんですわ。いえね、あたしが乗って来たのが四人乗りのミニパトで、狭いですし、全員をお乗せできないんでね。失礼かとは思ったんですが」
シャロンが何か言う前に、おれが割り込んだ。
「いいですいいです。これで行きましょう。外から見えない方がいい」
「すみませんねえ。いえね、実は、外からだけじゃなく中からも景色が見えないんですわ。しかも、完全自動運転車両でね。犯人が少々暴れても大丈夫なように頑丈に作ってあるんで、声も外に漏れんのです。まあ、逆に、安全っちゃ、安全なんですが。この車で、よろしいですかな?」
反対意見が出る前に、おれは大声で了承した。
「いいですいいです。理想的です」
「ありがとうございます。それじゃ、あたしゃ自分のミニパトで追っかけますんで、みなさん、どうぞこの車にお乗りください。後は、全て自動運転なんで、ご心配なく」
おれは率先して乗り込んだ。確かに内部は殺風景で、両サイドに長椅子があるくらいで、他に何もない。
さっそく、シャロンが文句を言った。
「やだわ。まるで犯罪者扱いじゃない」
「いいじゃないか。これなら人目、じゃないな、バステト星人目も気にならない」
「あら、それなら、ネコロンボさんのミニパトでも良かったじゃない。人間は三人なんだから」
ちょうど乗って来たプライデーZが、「また除け者にする!」と怒った。
「だって、あんた空を飛べるじゃないの」
「それとこれは、別問題です!」
そこへ荒川氏が「まあまあ、ええじゃないか」と、いつものように仲裁に入った。
「移動手段はどうであれ、美味いものが食べられれば、それでええじゃないか」声をひそめ「それに、外部に声が漏れんということは、ここで密談ができる、ということじゃ。まあ、念のため、日本語で喋ったほうがいいじゃろうが」
全員が乗り込んだので、車のドアが自動的に閉まった。動力は電気らしく、シュルシュルという軽快なモーター音と共に、滑るようになめらかに走り出した。
さっそく荒川氏は、耳に着けている、フサフサの毛が生えたパピヨンの耳のような携帯自動翻訳機を外した。おれも、すっかり体の一部のようになっていたビーグルのようなタレ耳を取った。
「とにかく、おれたちの目的は、こちらの身分を知られずにミシェルとかいう担当刑事に会うことです。ネコロンボ刑事が事情を知っているのかわかりませんが、ハッキリするまでは、普通の観光客のフリをして、探りを入れましょう」
横からシャロンが「そのことなんだけど」と言いながら、宙を睨んでいる。
「さっきから、あたしの記憶の中のバステト星警察職員名簿を確認してるんだけど、どこにもネコロンボって名前がないのよ。あの人、じゃない、あのバステト星人、何者かしら?」
「えええっ、それを早く言ってくれよーっ!」