21 名探偵じゃなく、迷探偵登場かよ
ポカンと口を開けたおれの顔を見て、ネコロンボ刑事はまたポリポリと頭を掻いた。ちなみに、本物のネコは後ろ脚で首を掻いたりするが、バステト星人はもちろん脚ではなく、手を使う。
「あたしが何故あーたの名前を知ってるのか、疑問をお持ちのようですな」
「え、ええ。どうしてわかったんですか?」
ネコロンボは照れたように笑った。
「いや、なに、簡単な推理なんです。まず、あーたは地球人だ。しかも、髪も目も黒く、顔が平べったいからモンゴロイドでしょう。また、それ以外の顔の特徴から見て、たぶん日本人だと思います。次に、あーたの服装。バステト星では、今あたしが着てるようなダサカッコイイ服装が流行りなんですが、あーたのは単にダサイ、あ、いえ、あまりお金がかかっていない。お荷物を見ても、ヨレヨレのリュックしかお持ちじゃない。つまり、大変失礼だが、貧乏ということです。しかも、お若い。恐らく、まだ学生さんでしょう。ところが、それにしては宇宙旅行慣れしている。さあ、ここまでを整理すると、日本人の貧乏学生で宇宙旅行の経験がある、ということです。これだけでも、正解に近づけるんですが、さらに、あーたには不釣り合いに美しいハーフの若い女性とご一緒だ。それに、鼻の大きなご老人と、口うるさいロボットを連れていらっしゃる。これらの証拠をもとに、総合的に判断すれば、あーたはドラードを救った英雄、中野伸也さんに間違いないでしょう」
途中、腹の立つ言い方もあったが、その推理力には感心した。
「すごいですね」
すると、ネコロンボは何か思い出したように、片手を上げた。
「ああ、それから」
「また何か推理されたんですか?」
「いえ、言うのを忘れましたが、実はもう一つ、決定的な証拠があってね。あーたの後ろの週刊誌が見えたんですわ」
「はあ?」
おれが振り返って見ると、驚くべき光景が目に入った。
そこは、ちょうどホテルの土産物店だった。その入口横の雑誌コーナーにある、表紙が見えるように並べられた週刊誌の全誌に、デカデカとおれの顔写真が載っているのだ。
「え? どゆこと?」
いつの間にかおれの横に並んでそれを見ていたシャロンが、「見出しを読んであげるわ」と言った。
「えーと、『あの中野伸也がバステト星にやって来る!』『あんまりカッコよくないけど、これでもドラード星では英雄だ!』『食べ物をあげちゃダメ!』『噛みついたりはしないけど、怒りっぽいから気をつけて!』ってさ」
「何だよそれ! ふざけんなよ!」
シャロンは皮肉っぽく笑った。
「あら、あたしが言ってるんじゃないわよ。でも、当たってるわねえ」
おれはさらに頭に血が昇り、ネコロンボの方に向き直って「どういうことですか!」と怒鳴った。
ネコロンボはポリポリ頭を掻いて弁解した。
「いや、すみませんねえ。推理したってのは、ウソなんです。ちょっと、その、いいカッコしたくてねえ」
「いやいや、そうじゃなくて、どうしておれの顔が週刊誌に載ってるんですか!」
「ああ、そこですか。いや、なに、最近、ドラード星に避難していた難民が続々と帰星しておるんですが、うちの星の場合、マスコミ関係者が多かったんですわ。ところが、近頃ネタになるような事件がなくてねえ。そこで、まあ、差し障りのない話題で穴を埋めようって、そういうことのようですな」
「何言ってんですか! でっかい事件が起きてるじゃないですか!」
しまった、と思ったが、もう遅かった。
それまでボーッとしていたネコロンボの目つきが、急に鋭くなった。
「ほう、大きな事件、ねえ。その話、詳しく聞かせてもらいたいですなあ」
「あ、いや、それは」
ネコロンボは、フッと表情を緩めた。
「いえね、別に、署に来い、っていうんじゃないんですわ。お近づきに食事でもしながら、お話ししませんか。あたしの行きつけのレストランが近くにあるんです。小さい店ですが、なかなか美味くて、三毛ランガイドでは三ツ星なんですわ」
おれが何か言うより早く、シャロンが「行きます、行きます!」と手を挙げた。
それまで傍観していた荒川氏まで、「そりゃ、ええのう」と言い出した。
ネコロンボはニヤリと笑って、トドメを刺すように、こう言った。
「その店は、ロボット専用の充電ブースがありましてね。この電気がまた、美味いらしいですわ」
プライデーZまで「何してるんです。早く行きましょう、キャプテン!」と、はしゃぎ出した。
「わかったよ、もう」
とにかく、余計なことさえ、言わなきゃいいんだ。
だが、ホテルから出ようとしたところで、ネコロンボがまた片手を上げ、ボソッとこう言ったのだ。
「ああ、そうそう。その店は、われらがキャットリーヌ姫もよく来るらしいんですわ。運が良かったら、姫に会えるかもしれませんなあ。ウワサでは、中野さんは、とても運のいい方なんでしょう?」