20 だから、はしゃぎ過ぎなんだよ
タラップを降り、宙港周辺の建物を見て、また驚いた。目の醒めるような色彩といい、重力を無視したような奇抜なデザインといい、いちいちオシャレなのだ。武骨で地味な四角い建物ばかりだったアヌビス星とは、大違いである。もっとも、どちらもおれの好みではないが。
元々バステト星に行く予定でビザも取ってあったから、入管はスムーズかと思ったが、動物の持ち込みは一切禁止と言われた。可哀想だが、チャッピーも人工冬眠カプセルに入れて行くことにした。
禁止されているのはそれだけではなかった。
酒を飲むこと、煙草を吸うこと、大声をだすこと、フラッシュを焚くこと、消毒していない手で相手に触ること、許可されていない食べ物を勧めること、保護者が同伴せずに子供だけで行動すること、って、ここはネコカフェか!
入管の担当者は強面の無毛タイプで、地球のネコでいえばスフィンクスという種類だとシャロンが教えてくれた。さすがに可愛いとは言い難く、シャロンもあまりはしゃがなかった。それでいいのだ。おれたちの第一の役目は、一刻も早くバステト星の警察と接点を持つことである。映画なんかでは、ワザと宝石店のガラスを割ったりして、強引に接点を作ったりするが、そうは行かない。
さて、バステト星からアヌビス星にも行く可能性が高いからと、宙港を出てすぐのところにあるホテルを予約してあった。結果的に順番が逆になったが、おれは早く休みたかったからちょうどいい。チェックインが半日遅れたので、予約が取り消されていたらどうしようと焦ったが、時差の関係でちょうど予約した時間だった。怪我の功名、というやつだ。
ホテルに着くや否や、シャロンはスタッフや宿泊客を指差して、「あ、ロシアンブルー、まあ、アビシニアン、おお、アメリカンショートヘア、ああ、スコティッシュストレートロングヘア」と大騒ぎした。そのため、支配人だという黒ネコ(シャロンは「きゃあ、ボンベイよ」と叫んだが)に静かにするよう窘められた。
一頻り騒いでシャロンの興奮が鎮まったところで、チェックインのためフロントへ寄った。
シャロンは自分の手続きだけサッサと済ませると、「とりあえず、なんか食べましょうよ」と能天気に提案してきた。
さっきからのシャロンの自分勝手な行動に腹が立っていたおれは、皮肉を言ってやった。
「どうせ、キャットフードだろ」
「何言ってんの。バステト星の料理は地球に引けは取らないわ。ぐるにゃびとか三毛ランガイドというのもあるわ。荷物だけ先に部屋に入れてもらって、どこかレストランに行きましょうよ」
「おいおい、ちょっと休ませろよ。少し時差ボケみたいなんだ」
「あら、あんたそんなに繊細だったかしら」
「何だと!」
いつものように荒川氏が仲裁してくれると思って、睨み合いながら二人でタイミングを作ったのに、声が掛からない。
シャロンも、あれ、という顔になって、二人で横を見ると、荒川氏はプライデーZを宥めているところだった。
「どうしてシングルルーム三つで、わたしはクローク預かりなんですか。わたしは荷物じゃありません!」
「すまんすまん。旅行代理店のミスじゃ。残念ながら今日は満室らしいんじゃよ。明日には、なんとかもう一部屋取ってもらうから、今日は辛抱してくれんかのう」
「いやです! こんな屈辱、耐えられません! 訴えてやる!」
「なんじゃと! 我儘も、大概にせい!」
これは、逆におれが仲裁しないといけないようだ。
おれは二人、ではなく、一人とロボットの間に割り込もうとした。が、丁度その時、「あー、地球のみなさん、ちょっといいですか?」と、後ろから声が掛かった。
全員が振り返ると、トラのような茶色と白のだんだら模様の、ちょっと間の抜けた感じのネコが立っていた。体に合っていないダボダボのレインコートを着ている。
シャロンが小声で、「ジャパニーズボブテイルよ」と教えてくれた。っていうか、その情報、今要るか?
トラネコ(おれは子供の頃からそう呼んでいる)は、「あ、すみませんね、急に声かけて」と頭を掻きながら続けた。
「え、いや、実はね、うちのカミさんが、困ってる人は、たとえバステト星人じゃなくても、助けてあげなさいって言うもんでね。ああ、申し遅れました。あたしゃね、こういう者なんですよ」
差し出された名刺には、【バステト星警察 刑事ネコロンボ】とあった。
やったぞ、向こうから接点がやって来た。
「良かった。ちょうど警察の方とお話ししたいと思ってたんですよ」
すると、ネコロンボ刑事はニヤリと笑った。
「いやあ、奇遇ですなあ。実は、あたしもあーたと話したいと思っておったんですわ、ドラードの英雄、中野伸也さん」
ええっ、どゆこと?