1 そんな卒業記念って、ありかよ
四年生となり、周囲の学生が次々と内定をもらう中、おれはまだ一社も決まっていなかった。どうしておれだけ時代遅れの就職氷河期なんだろうと、愚痴ってもしょうがない。とにかく、おれを受け入れてくれる奇特な会社を探し続けるしかないのだ。
それでも仕送りが少ないためバイトはやらざるを得ず、今日もおれはコンビニのレジに立っているのである。
「中野くん、宇宙旅行で休みたい時は言ってよ。ぼくは全然構わないからさ」
店長はそう言うが、今年の夏休みは宇宙に行く予定などない。って言うか、そんなにおれを宇宙に行かせたいのか?
アゴが長く無表情なため、バイト仲間では密かにモアイと呼んでいる店長の顔を改めて見た。
「また来てるんだよ、中野くん」
「へ?」
店長の視線の先を追ったおれは、思わず「あちゃー」と目を覆った。ガラスの自動扉の向こうに、大型犬ぐらいのクモが貼り付いているのだ。外から女性の悲鳴も聞こえてきた。
「きみのペットが来ると、お客さんがみんな逃げちゃうんだよね」
「す、すみません」
おれは慌ててレジカウンターを飛び出して、入口に走った。
おれが近づいて自動扉が開き、リロリロリンとセンサーチャイムが鳴るのと同時にチャッピーが抱きついてきた。激しく舐め回される。
「こら、よせって」
なんとかチャッピーを落ち着かせようと格闘していると、また、リロリロリンと鳴った。チャッピー越しにヒューマノイドタイプのロボットの姿が見えた。
「すみません、ボス! 散歩の途中、また逃げられました!」
入って来たのはプライデーZだったので、おれは怒りをぶつけた。
「散歩させる必要があるかよ! 黒田さんちは千坪の庭があるんだろう!」
「ダメです。広さは充分ですが、ほとんど芝生で、チャッピーちゃんが退屈してしまうんです」
「ホントはおまえが外に出たいだけじゃないのか?」
「てへっ」
プライデーZは舌のようなものをペロッと出した。
「だから、てへぺろじゃないって。店に迷惑がかかるから、チャッピーを連れて帰るんだ!」
またリロリロリンと鳴ったため、おれはチャッピーを抱いたまま、「らっしゃいせー!」と業務用の挨拶をした。
「あら、お久しぶり。相変わらずのモテモテぶりね」
ハッとして相手を見ると、黒レザーの上下を着た髪の長い女が立っていた。元子だ。
「皮肉かよ! って言うか、スターポールが何の用だ? 言っとくが、チャッピーはちゃんと飼育許可をもらってるぞ!」
元子は笑顔のまま、両方の眉をグッと上げて見せた。
「知ってるわよ。それに、たとえ違法に地球外生物を飼っていたとしても、あなたを逮捕するのは別の係よ、残念ながら」
「何だよ、残念って!」
ヒートアップするおれの後ろから、「あのさ、中野くん」と声がした。
「あ、すみません、店長。すぐに追い出しますので」
店長は無表情に首を振った。
「いや、今日はもう上がっていいよ。そして、明日から来なくていいよ。今月分の給料は、残りのシフトの分もキッチリ払うからさ」
「えええっ、それって」
「そう、馘首だよ」
「そんなあ」
項垂れるおれを慰めようと、一層ペロペロとチャッピーが舐める。
だが、プライデーZは、「不当解雇だ!」と叫んだ。
「店長さんは知らないでしょうが、ボスはドラード星では英雄なんですよ。それをこれぐらいのことで解雇なんて、不当です! 訴えてやる!」
元子が「ちょっと待って」とプライデーZを押えた。
「ちょうどいいじゃない。実は、坊や、あ、ごめんなさい、中野くんにしばらくアルバイトをお休みしてもらおうと思って来たのよ」
「はあ? どういう意味だ?」
元子はニヤリと笑った。
「あなたのおかげで壊滅した宇宙海賊ロビンソン一家から押収した宇宙船が、払い下げになったの。いわゆる海賊船ね。それを黒田さんが買い取ったんだけど、卒業記念にあなたにプレゼントするそうよ。卒業旅行に使ったらいいんじゃない?」
おれが返事をするより先に、プライデーZが「バンザーイ!」と両手を挙げた。
「この日を待っていました、ボス、いや、キャプテン! 宇宙海賊王になりましょう!」
「海賊船に乗ったとしても、実際に海賊なんかするかよ! 警察官の前で変なこと言うなよ!」
「アイアイサー、キャプテン!」
店長がボソリと、「海賊ごっこは店の外でやってくれる?」と言いながら、電卓を叩き始めた。もう、おれの給料の計算をしているのだ。
おれはようやくチャッピーを離すと、エプロンを脱いで畳み、「お世話になりました」と頭を下げた。
「ああ、そうそう」
まったく空気を読まない声で、元子が何か思い出したように言う。
「ついでと言ったら悪いけど、せっかく海賊船に乗るんだから、あなたにアルバイトを頼みたいのよ。いいかしら?」
「え、何?」
元子は飛び切りの笑顔を見せた。
「スターポールが長年追っている、大海賊ロベルティスを誘き寄せる囮になって欲しいのよ」
「えええええーっ!」