18 エデンの東は、ここじゃないよ
「荒川さん、いったいどうしたんですか?」
《どうしたもこうしたも、あ、いかん、よすんじゃ!》
ドスンと何かが落ちるような音がして、通信はプツリと切れた。とにかく、早くジュピター二世号に戻った方が良さそうだ。
「すみません。緊急事態みたいなんで、おれはもう帰ります」
おれがそう告げると、ドーベルマンのようなジョージ刑事が、「急ぐなら、送らせよう」と申し出てくれた。
「いいんですか?」
「ああ。もちろんさ」
ジョージは振り向いて、コーギーに似た女性刑事に命じた。
「おい、マリリン。おめえのエア白バイで、こちらのドラードの英雄を宇宙船まで送ってさしあげろ」
ジョージは片目をつむり「なんなら、サイレンを鳴らしてもいいぞ」と付け加えた。
「了解しました!」
マリリン刑事が敬礼すると、片方の耳だけがチョコンと折れた。文字どおりのドッグイヤーだ。なんて可愛いんだろう。
エア白バイは、空に浮上して走行する白バイである。おれはマリリン刑事の後ろに乗った。
「しっかり掴まっててくださいね!」
「うん」
ああ、懐かしいコーギーのチャッピーと同じ匂いだ。おれの気持ちはすっかり子供の頃に戻ってしまった。
マリリンは迎賓館の建物より高く上昇すると、本当にサイレンを鳴らして走り出した。おれは高所恐怖症も忘れ、サイレンの音も聞こえず、至福の時を過ごした。
だが、残念なことに、そんなに離れた場所ではないから、マリリンはすぐにこう言った。
「さあ、宙港に着きましたよ」
「えっ、もう? そうだよな。ありがとな、チャッ、あ、いや、マリリン刑事」
「これからは捜査のパートナーですもの、当然ですわ。いつでもお声を掛けてください。それでは」
そう言って笑うと、また、片方の耳だけがチョコンと折れた。うーん、可愛過ぎるよ。
おれは、遠ざかるエア白バイにいつまでも手を振った。
と、突然、背後からドンと何かがぶつかって来た。
「わっ、なんだよ!」
黒い毛が生えた細長い脚がおれの背中側から絡みつき、おれの首筋はペロペロ舐められた。オランチュラの方のチャッピーだ。
今まで、それなりに可愛いと思っていたのに、マリリンを見た後だと、チャッピーはでっかいクモにしか見えない。おれは瞬間的に全身に鳥肌が立った。
なんとか振り払うのは我慢したが、おれの微妙な気持ちが伝わってしまったようで、チャッピーはサッとおれから離れた。
「あ、いや、違うんだ。別に浮気したわけじゃ」
顔を真っ赤にして弁解しようとしたおれは、すぐに自分の勘違いに気づいた。チャッピーは、少し離れては戻り、少し離れては戻りを繰り返している。早くジュピター二世号に来てくれ、ということのようだ。
「ああ、そうか。そうだよな」
おれは少しだけホッとして、チャッピーに続いてタラップを駆け上がった。
分厚い扉を開けると、荒川氏の悲鳴とシャロンの怒号が飛び交っていた。え、それ、逆じゃね?
「ひえええーっ! もう、いい加減に、してくれんか、のう!」
「ちょっとお、あんたたち! あたしだって本気で怒るよ!」
おれが中に入ると、すでに司令室はメチャメチャになっていた。あらゆる家具がひっくり返り、書類が散乱している。それをてんてこ舞いでプライデーZが片付けようとしているが、いかんせん、何事も整理整頓するより、ブチ壊す方が簡単である。まさにエントロピーの法則だ。
しかも、その破壊者は二人、いや、二匹いた。言わずと知れたカインとアベルだが、驚いたことに、その体が倍ぐらいでっかくなっていた。互いに、「フゴーッ!」とか、「ゴッゴッ!」とか威嚇音を出し合っている。
「これはいったい……」
その間にも、カインとアベルは司令室内を所狭しと飛び回り、時々ぶつかり合っては、取っ組み合いの喧嘩に興じている。
ようやく荒川氏と目が合った。
「おお、すまんのう。人工冬眠カプセルにエラーが表示されておったから、開けてみればこの有様じゃ。寝る子は育つと言うが、育ち過ぎじゃ。そのくせ、心は幼児のままなんじゃ。ドラード人の成長期を甘くみておったわい」
「どうしたら、大人しくなるんですか?」
その時、「こうするのよ!」とシャロンの声がし、パラライザーの発射音が響いた。
ドサッ、ドサッと音がして、カインとアベルが床に落ちた。
「おいおい、無茶するなよ。まだほんの赤ん坊だぞ!」
「あら、随分大人しい赤ちゃんだこと。心配しなくても、ちゃんと出力は最低レベルに落としてるわ。それとも、あんたも一緒に添い寝する?」
皮肉を言いながら、シャロンはおれに銃口を向けた。
「だから、そういう冗談はよせって! とにかく、早く片付けよう」
「そうよ、ちゃんと片付けてね。あんたの子供も同然でしょう」
「ふん。少しも懐かれてないけどな」
どうして、おれの周りには、こんなガサツで乱暴な連中ばかりなんだよ。
おれは心の中でこう叫んだ。
マリリンに逢いたい!




