17 ドーベルマンといったら、やっぱりそうかよ
何と答えよう。もちろん、本当の事は言えない。それにしても、この連中は何者だろう。ドーベルマン野郎は「邪魔をするな」みたいなことを言った。最悪、こいつらが誘拐事件の犯人という可能性だってある。何とかこの場を誤魔化して逃げるしかないぞ。
「えーと、あの、そのですね、元子っていうのは、おれの歳の近い叔母ちゃんなんです。これが、もう、性格がドSで、しかも、三度のメシより筋トレが好きというメスゴリラみたいな叔母ちゃんでして。それなのに、おれが可愛いらしくて、なんやかやと、干渉してくるんです。今回も、おれが心配らしくて、無茶するなよとか、歯磨けよとか、宿題やったかとか、うるさくて。ああっ!」
喋ってる途中で、首筋にピリピリと電気が走った。慌てて手で触ってみると、シャツの襟の裏側に五百円玉のような異物がある。しまった。そういえば、宙港に見送りに来た時に光学迷彩でおれの背後にいたっけ。
「どうした?」
ドーベルマン野郎が不審な顔でおれを見ている。
「あ、いえ、ちょっと、寝違えた首が痛んで。そんなことより、あんたたちは何者なんですか? おれの叔母ちゃん、あ、痛てっ、がどうしたっていうんです?」
ドーベルマン野郎は歯を剥き出した。最初は怒っているのかと勘違いした表情だが、これがこいつの笑顔なのだ。
「グフフッ。実は、おれの知ってる元子という地球人も、今おまえが言ったような女でな。スターポールに交換研修に行った時に、格闘練習でコテンパンにやられたよ」
思わず本当のことを言いそうになったが、いや待てよと堪えた。カマをかけられているのかもしれない。
「へえ、そうすると、あんたも警察関係なのか?」
ドーベルマン野郎は、バッジを出して見せた。
「アヌビス星警察、特別犯罪課のジョージだ。あんたがドラード星の英雄となった地球人の中野伸也であることはわかっている。そして、うちの星のケント坊ちゃんが、あんたに何を頼んだのかもな。だが、これはプロの仕事だ。あんたみたいな素人に掻き回されちゃ、困るんだ」
その時、おれの首筋から、ピーッ、ピーッと音が鳴った。やれやれ、直接話したいらしい。
「ちょっと待ってくれ」
おれはシャツの襟から通信機を外し、ジョージに見せた。
「何だそれは?」
《お久しぶり、ジョージ。あんたのヘッドロックと同じで、詰めが甘いわね。この坊やは今、スターポールの特別暫定保安官補佐見習いよ》
この肩書を言われるたびに恥ずかしくなる。
ジョージは「ほう」と言ったものの、すぐに首を振った。
「に、したって、素人であることに変わりねえ。まあ、今回の事件に表立ってスターポールが絡めないのはわかるが、だったら、干渉しないでくれ。自分たちで何とかするよ」
《もちろん、あなたたちの捜査の邪魔はしないわ。でも、バステト星警察との連携が上手くいってないでしょう?》
またジョージは歯を剥き出したが、今度は不快な表情らしかった。微妙だ。
「ふん。ミシェルのことか。あの女、これは自分の星の問題だと、ギャアギャア喚きやがって。おれたちだって、できれば関わりたくないさ。だが、一般人に漏れれば、疑心暗鬼が高まって、また戦争がおっ始まる。もう戦争はウンザリなんだ。だから、できるだけ早く穏便に解決したいんだ」
《だったら、猶更よ。この坊やに手伝わせた方がいいわ。あんたはよく知らないでしょうけど、ラッキーボーイよ。まあ、ちょっとトラブルメーカーでもあるけど。それに、ちょっと抜けてて、頼りないけど。それから》
さすがに我慢できない。
「いい加減にしろ! 堂々と公開悪口を言うなよ! おれだって自分が完璧じゃないことぐらいわかってるさ!」
《完璧じゃない? はあ?》
ジョージが両手を挙げて降ろした。
「もういい、もういい。わかった、わかった。内輪揉めは他所でやってくれ。できる限りの協力はするよ」
《ありがとう、ジョージ。スターポールは決して出しゃばらないから。この通信機も自動的に消滅するわ》
バシュと音がし、通信機はおれの手のひらで燃え上がった。
「熱っちっち! なんだよ、もう! 火傷させる気か!」
実際にはそれほど熱が発生しなかったようだが、おれは手のひらをフーフーと吹いた。
ジョージが苦笑して見ている。だいぶ表情がわかってきた。
「相変わらず乱暴な女だな。あんたも大変だろう。まあ、そういうことなら、これからおれたちはパートナーだ。よろしく頼むぜ」
差し出された肉球のある手を、おれは恐る恐る握った。あ、気持ちいいや。
「こちらこそ、よろしく。ああ、そうだ。わがままを言って申し訳ないけど、チャッピー、あ、いや、そちらの彼女を紹介してくれないか?」
「ん? おう、マリリン刑事のことか。うちのエースだよ」
コーギーのチャッピーに似た娘はマリリンというのか。おれに近づいて来て、手を差し出した。
「特別犯罪課のマリリンです。よろしく」
「こ、こちらこそ」
なんて可愛いんだ。おれはハグしたい気持ちを、グッと抑えた。
その時、また、ピーッ、ピーッと音が鳴った。今度は通常のジュピター二世号の通信機の方だ。
「はい、中野です」
聞こえて来たのは、珍しく動揺した荒川氏の声だった。
《大変じゃ、中野くん。すぐに戻ってくれ!》