15 宇宙版ロミオとジュリエットかよ
さては正体がバレたかとドキリとしたが、王子の次の言葉にもっと驚かされた。
「中野さまは、ドラードの黄金問題を解決した、あの中野伸也さまでしょう?」
「ど、どうしてそれを」
ケント王子は、シェットランドシープドッグのような顔で、莞爾と笑った。さすがに王子さま、笑い方もおれたち庶民とは違う。
「やはりそうなのですね。若い日本人でお名前が中野さまと聞いて、もしやと思いました。そこで、念のため映像通信したのですが、その際に、若いハーフの女性と立派なお鼻のご老人がご一緒でしたので、あの中野さまだと確信しました。お連れは、シャロンさまと天狗さまでしたね」
そこまで知っている理由を尋ねようとしたおれを、押し退けるようにして、プライデーZが「わたしは? わたしのことは?」と焦って訊いた。
「おお、もちろん知っていますとも、フレンダーZさん」
名前を間違われてショックを受けているプライデーZは放って置き、おれは王子に尋ねた。
「どうしてそんなに、おれたちのことに詳しいんですか?」
「実は、ようやく最近になって、ドラード星の難民キャンプに避難していた国民たちが帰星して来たのですが、彼らの間では、あなたの話題で持ちきりでした。宇宙大恐慌を未然に防いだ英雄だと」
おれは天狗さま並みに鼻高々になった。
「いやあ、それほどのことは、ないんですよ。おれは、当たり前のことをしただけで」
「いえいえ、ご謙遜なさることはありません。これは事実ですから。あなたには難問を解決する智慧と勇気と力がある。そこで、大変勝手なお願いとは存じますが、われわれにもお力添えをいただきたいのです」
おれの人生で、ここまで手放しに褒められたことは、かつて一度もない。おれは有頂天になった。
「それはもう、おれにお任せください。何だって解決してみせますから」
すると、隣に座っているシャロンが、おれの太腿をギュッと抓った。
「痛てててっ、何すんだよ!」
シャロンはトボけた。
「あら、どうしたの? 虫刺されかしら?」
「今、抓ったろ!」
「だとしたら、あんまり安請け合いしない方がいい、っていう神さまのお告げじゃないの」
睨み合うおれたちを、困ったような顔で見ているケント王子に、荒川氏が弁解するように話しかけた。
「申し訳ないが、いつものことじゃ。気にせんでくれ。それより、殿下、頼みとは何じゃな。もちろん、できるかできないかは、内容次第じゃがな」
「ああ、それは無論のことです。とにかく、話だけでも聞いてください」
ぼくらの星とキャットリーヌ姫のバステト星が長い間争っていたことはご存知かと思います。元々兄弟星ですから、国民の間にはずっと厭戦感情が燻っていました。このままでは互いの星の間の戦争だけでなく、それぞれに内戦や革命が勃発し、共倒れとなるのは火を見るよりも明らかでした。
そこで、ぼくとキャットリーヌ姫は連絡を取り合い、お互いの星の和平賛成派を糾合し、反対派を押し切って、昨年休戦協定を成立させました。
その過程で、ぼくとキャットリーヌ姫は深く愛し合うようになり、いずれは結婚しようと約束しました。
ところが、そのことを、ぼくの母親であるイヌザベス女王とキャットリーヌ姫の父親であるネコジャラス王に知られてしまったのです。
親たちは激怒しました。
それまで、和平に協力しないまでも邪魔はしていなかったのに、猛反対するようになりました。一応、両星とも立憲君主国なので、王や女王の意見がそのまま通るわけではありませんが、反対派は勢いづきました。
ぼくとキャットリーヌ姫は、なんとか休戦協定を維持し、和平交渉を進めようと奔走しましたが、日に日に情勢は悪化しました。
その最中に、キャットリーヌ姫が行方不明になったのです。ネコジャラス王が幽閉したのか、あるいは、ぼくの母が拉致して監禁しているのか、それとも、どちらかの星の革命派が誘拐したのか、まだ全くわかりません。
幸い、これを知っているのは、今のところごく限られた者だけですが、もし、両星の一般国民に漏れるようなことになれば、一気に戦争になりかねません。
ぼくは、密かにスターポールに通報しました。ところが、返事を聞いてがっかりしました。表立って政治的な事件に介入することはできない、ただし、何らかの別の方法を考える、というのです。
でも、ぼくはキャットリーヌ姫が心配で心配で、夜も眠れません。とても、何らかの別の方法など、待っていられないのです。
そこで、無理を承知で、中野さまに事件の解決をお願いしたいのです。
「そりゃ、ちょうど良かった。実は、おれたち」
そこまで言ったところで、またシャロンが、おれの太腿をギュッと抓った。
「痛てててっ!」
冷ややかな目で痛がるおれを一瞥したシャロンは、ケント王子にはとびきりの笑顔を見せた。
「わかりました。あたしたちは一般市民に過ぎませんが、喜んでお引き受けいたしますわ。その代わり、くれぐれも内密にお願いしますね」
おいおい、勝手に話を進めるなよ。
「おお、ありがとうございます!」
感激して立ち上がった王子がおれに手を差し出したため、強張った笑顔のままおれも立って握手を交わした。
その時、何かパタパタという音が聞こえて来た。なんだろうと見回すと、ケント王子の提灯ブルマのような形のズボンの後ろからシッボが出ており、千切れそうなほど左右に振られているのだった。