14 イヌの星の王子さまって、どうなんだよ
トラクタービームは解除されたものの、是非アヌビス星に立ち寄って欲しいというケント王子の要望を断れず、おれたちは首都ドンドのヒズロ宙港に着陸した。
ややこしいことにならぬよう、チャッピーと二人のドラード人の子供は人工冬眠のままジュピター二世号に残し、おれたちは宙港に降り立った。
「ずいぶん寒いわね。それに天気も陰鬱だわ」
白いネコ耳型の自動翻訳機を付けたシャロンが、タラップを降りながら、早速文句を言った。
「そうじゃのう。年寄りには寒さが応えるわい」
パピヨン犬のようなフワフワの大きな耳を付けた荒川氏も同意する。申し訳ないが、全然可愛くない。
「逆に、バステト星は温暖な気候で、快晴の日が多いそうですよ。残念だなあ。わたしも寒いのは苦手なんですよ」
テリアのような耳を付けたプライデーZが震えた。って、どうしてロボットが寒がりなんだよ!
「いいから、とにかく早く下に降りよう」
ビーグルのタレ耳を付けたおれは、くぐもった声で言った。なぜ声がこもるかと言えば、骨伝導で拾ったおれの声をアヌビス星語に変換して出力する際、タレた耳が邪魔になるからである。だったら、どうしてこのデザイン?
タラップの下には、送迎のリムジンが待っていた。
運転席からベストを着た、でっかいモップが出て来た。いや、モップではない。白っぽい毛がドレッドヘアのようになったコモンドール犬に似た、アヌビス星人だ。
「ようこそアヌビス星へ。わたくしはケント王子の執事を務めさせていただいております、ジョンと申します。お見知り置きを。これより迎賓館までお送りいたします。どうか、ご乗車ください」
リムジンの中は、豪華な応接間のような造りになっていた。一応、運転席とは遮断されているが、念のため自動翻訳機を外して、日本語で密談することにした。
「とにかく、おれたちの正体がバレないよう、上手いことはぐらかして、早々にバステト星へ移動しよう」
おれが提案すると、シャロンが「でも、あたしは国立演芸場に出たいな」と不満げだ。
「出て、どうすんだよ! そんなの、ダダスベリになるに決まってるだろ!」
すると、いつもは仲裁役の荒川氏が、首を傾げた。
「そうかのう。結構、ウケると思うがのう」
「いやいや、ウケ狙って、どうすんですか。おれたちの目的を忘れないでくださいよ」
プライデーZが、「はい、座長!」と手を挙げた。
「おれが座長か。まあ、いいけど。で、何だよ?」
「わたしに、ステージで歌わせてください! アリのママと〜、ハチのパパがいるのよ〜」
「ミュージカルかよ! どうしてみんな出たがりなんだよ!」
そうこうするうちに、リムジンは目的地に着いたようだ。おれたちは、再び、イヌやネコの耳を付けた。
モップが、いや、ジョンが、ほとんど目がどこにあるのかもわからないほど毛が垂れ下がった顔でドアを開け、「迎賓館に到着いたしました。王子殿下がお待ちかねでございます」と告げた。
地球で見たことのある迎賓館といえば日本のものしかないが、それよりも、さらにこじんまりとしている。
おれの気持ちを察したらしく、荒川氏が小声で教えてくれた。
「長い戦争で、経済が疲弊しとるんじゃ。その意味でも、この一年の休戦は、恒久的な和平への第一歩だったんじゃがのう」
中に入ると、星際会議ができそうな大広間の横を通り抜け、奥まった一室に通された。
中には、略装のケント王子が、一人で待っていた。シェットランドシープドッグのような顔だが、もちろん、そこまで小さくはなく、地球人でいえば小柄な大人くらいである。
執務用のデスクから立ち上がり、ニコニコ笑った。
「わざわざお出でいただき、ありがとうございます。ぼくが、アヌビス星第一王位継承権者のケントです」
自分では平気だと思っていたが、本物の王子さまを目の前にして、おれはすっかりアガッていた。
「あ、ども、ども。ええと、おれは、あ、いえ、わたくしめは中野伸也と申します。こちらは、シャロン、荒川さん、そして、ロボットのプライデーZでございます。よろしくお願い奉りまする」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ささ、どうぞ、お好きな椅子にお座りください」
「あ、はいはい」
横の応接セットの長めソファーに、おれを真ん中にシャロンと荒川氏が両脇に座り、不満そうだがプライデーZは横に立たせた。
その向かい合わせの席にケント王子が座った。すると、急に笑顔を消し、さり気なく周囲を窺っているようだったが、いきなり、こう切り出した。
「どうか、キャットリーヌ姫を助け出していただけませんか?」