13 綿の国星ごっこかよ
シャロンの出まかせが奇跡的に功を奏し、軍法会議にかける前に先方のおエライさんが見分するという話になった。いずれにせよ、トラクタービームで拘束したままアヌビス星まで曳航するという。
通信を切った後、おれは早速文句を言った。
「どうすんだよ、あんなデタラメ言って! すぐにバレるに決まってんだろ!」
シャロンはわかりやすく頬っぺたを膨らませた。
「おかげで助かったじゃないの!」
「こんなの、単なる先延ばしだよ!」
すると、いつものように荒川氏が割って入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。せっかく時間稼ぎができたんじゃから、今のうちに善後策を考えようではないか。わしの計算では、到着まで約三時間ある」
「たった三時間で何ができるっていうんですか!」
コックピットに戻ったシャロンが、鼻先に皺を寄せて笑った。
「あら、漫才の稽古ができるじゃない。ねえ、あんた、ええ天気ねえ」
「おいおい、本気でその嘘を続けるつもりかよ。それより、そのエライさんにだけ本当のことを言った方がいいんじゃないか?」
シャロンがフンと鼻を鳴らした。
「あんたって、どこまでお人好しなの。あたしたちの目的を思い出してちょうだい。アヌビス星人は、誘拐事件の容疑者そのものよ。それが政府全体なのか、少人数のグループなのかはわからないけど、一番情報を漏らしてはいけない相手なのよ」
荒川氏も同意した。
「シャロンちゃんの言うとおりじゃ。ここは、旅芸人一座で押し通すしかない。よっ、中野屋!」
おれはゲンナリしてしまった。だが、軍法会議を避けるためにはやむを得ない。
荒川氏が「おお、そうじゃった、到着前に渡すものがあったわい」と控室から何か出してきた。見た目はヘッドフォンかイヤーマッフルのようだが、耳に当てる部分がイヌやネコの耳のようになっている。
「アヌビス星語用のウオークワンとバステト星語用のウオークニャンじゃ。まあ、携帯自動翻訳機じゃな。聞こえる音声を翻訳するだけでなく、喋る方は骨伝導を拾って音声に変換する。もっとも、この二つの言語は方言程度の差しかないから、どちらを選んでもかまわんよ。実は、この前の試運転の後、船の通信機は完全自動翻訳対応にバージョンアップしたから違和感なかったじゃろう。だが、到着後はそうもいかんから、これを装着してくれたまえ。まあ、シャロンちゃんは不要じゃろうがのう」
「あら、でも、このネコ耳、可愛いじゃない」
シャロンは白ネコの耳を付けた。か、可愛いじゃないか。昔のマンガみたいだ。
「うむ。それはバステト星用じゃが、気に入ったのならあげよう。中野くんのは、これじゃ」
渡されたのは、ビーグル犬のような大きな茶色のタレ耳だった。
「ええっ、どうしておれのはこれなんですか。もっとカッコイイのあるじゃないですか」
「そうかのう。似合うと思うがの。ちょっと、付けてみてくれんか?」
仕方なく装着すると、シャロンが吹き出した。
「いいじゃん。いいじゃん。あんたにすごく似合ってる。絶対、アヌビス星人にウケるわ。それにしなさいよ!」
おれは自分でも鏡に映して見た。なんとも情けないビーグル犬がそこにいた。
「わかったよ。ウケ狙いなら仕方ない。それより時間がないから、簡単に打ち合わせをしとこう」
突然、横からプライデーZが「わたしのは、ないんですか?」と大きな声を出した。
「だって、おまえはすでに自動翻訳対応じゃないか」
「イヤです。わたしにも耳をください!」
荒川氏がニコニコしながら、「ちゃんと用意しとるよ」とテリアのような可愛い耳を渡した。いいのあるじゃん、どうしておれはビーグルなんだよ。
プライデーZはすっかりご機嫌が直ったが、翻訳機という主旨からどんどんズレて行っている気がする。
その後、バタバタと段取りを話すうちに、船外から通信が入って来た。
「プライデーZ、スクリーンをオンにしろ!」
「アイアイサー、キャプテン!」
なんだよ、そのテンションの差、と呆れたが、スクリーンを見てそれどころではなくなった。当然、あのチャウチャウみたいなアヌビス星人だと思っていたら、ハンサムなシェットランドシープドッグみたいな顔が映っている。どこかで見た顔だ。
《家臣たちが、地球からのお客さまに大変失礼な対応をしてしまったようで、すみませんでした。改めて、ご挨拶をさせてください。初めまして、ぼくはアヌビス星の王子、ケントと申します》
で、出たよ、王子さまが。どうしよう。
動揺するおれを尻目に、シャロンがスクリーンの前に立った。
「お初にお目にかかります、ケント殿下。わたくしたち『シンヤ中野と愉快な仲間たち』一座、初御目見得でございます。何卒お引き立ての程、隅から隅まで、ずずずいっと、あら、後なんて言うんだっけ?」
おい、おーい、やるならやるで、頼むよ、もう。
だが、王子は大きく口を開けて笑っている。
《素晴らしい! 是非、わがアヌビス星の国立演芸場で、公演をお願いします!》
シャロンはペロッと舌を出して、照れている。
何故か荒川氏は興奮し、「よっ、中野屋!」と叫んだ。大向こうかよ!
どうすんだよー。おれは知らねえぞ。