12 臨検って何なんだよ
チャウチャウのようなアヌビス星人は、あくまでもシビアだった。
《何をわけのわからないことを言っているのだ。われわれはアヌビス解放戦線である。敵対勢力支援の疑いにより、これより貴船の臨検を行う》
臨検という言葉は知らなかったが、強制的に調べる、ということのようだ。おれは、とりあえず非常用宇宙服のヘルメットを脱いで、反論した。
「ちゃう、あ、いや、違う、違います! おれたちは、決して怪しい者じゃありません! 海賊船は見せかけだけのハリボテです。武器だって、麻痺砲以外ありませんよ!」
その時、後ろの昇降口が開き、「もう、せっかく電気羊の夢を見てたのに、この騒ぎはいったい何事ですか?」という声がした。
振り返ると、パジャマ姿のプライデーZがいた。なんでロボットがパジャマ着てんだよ!
スクリーンのチャウチャウ、いや、アヌビス星人を見て、プライデーZは「おお、敵の攻撃ですか?」と叫び、ファイティングポーズをとった。あ、いかん、やめろ!
「わたしのロケットパンチをお見舞いしてやりましょうか?」
《やはり、武器があるではないか!》
「ちゃう、いえ、違います! これは、その、相手のヘソのゴマを取るためのパンチでして」
《問答無用! シールドを下げよ!》
呆れ顔でおれたちのやり取りを見ていたシャロンが、横から口出しして来た。
「いいじゃない。こっちに疚しいことなんかないんだから」
荒川氏も頷いた。
「そうじゃな。いっそ、徹底的に調べてもらった方が、早めに解放してもらえるんじゃないかの」
シャロンはともかく、荒川氏さえそう思うのなら、大丈夫だろう。
「わかりました。プライデーZ、シールドを下げてくれ」
「なんだ、もう白旗ですか?」
「いいから!」
「アイアイサー」
プライデーZは、「白い旗はあきらめた時にだけかざすの〜」と口ずさみながら、シールドを下げた。
《スキャンを開始する。下手な小細工はするなよ》
「どうぞ、気が済むまで調べてくれ」
どこか遠くからウィンという音が聞こえ、ウィーンと響きながら近づいて来る。と、コマンドルームの端に半透明の白い壁のようなものが出現し、ゆっくりこちらに向かって来た。ジュピター二世号全体を輪切りにした状態でスキャンしているらしい。
「おいおい、大丈夫かよ!」
《人体には影響ないから心配するな》
止むを得ずその言葉を信じたが、自分の体を壁が通り抜けて行く時には、さすがにいい気持ちはしなかった。
「さあ、これで疑いは晴れただろう」
ホッとしておれがそう言った瞬間、白かった壁が真っ赤になって明滅し、同時にブーッ、ブーッと警報が鳴り出した。
「え、何故?」
《誤魔化すな! 船内に生物兵器らしきものが三体あるではないか! 一体は外骨格型の八脚類、後の二体は飛翔タイプの哺乳類だ!》
「生物兵器三体? あ、いや、ちゃうちゃう、それはおれのペットと友達の子供たちで」
《言い訳するな! アヌビス星に連行し、軍法会議にかける! 無駄な抵抗はするな!》
言うだけ言うと、プツリと通信が切られた。
「ちょっと待ってくれよ。誤解も甚だしい。あ、そうだ、プライデーZ、シールドを上げてくれ!」
「ダメです。すでに敵のトラクタービームに捉えられています!」
船外モニターで確認すると、確かに青白い光にすっぽり包まれている。
「くそうっ、あいつら!」
荒川氏が、「アヌビス星人は敵ではないぞ。敵と思っても、思われてもいかん」と窘めた。
おれはついカッとなり、「じゃ、どうすりゃいいんですか! 本当のことは言えないんですよ!」と言い返してしまった。
「まあ、落ち着きたまえ、中野くん。何か方法があるはずじゃ」
「そんなこと言ったって、軍法会議にかけられたら、おしまいですよ! だから、シールドを下げなきゃ良かったんだ」
「それは結果論じゃろう」
気まずい雰囲気を救ったのは、意外にもシャロンだった。
「あたしに任せて。プライデーZ、さっきの通信を辿って、こちらから再開してちょうだい」
「アイアイ、マダム!」
再びスクリーンにチャウチャウのようなアヌビス星人が映ったが、何かビーフジャーキーみたいなものを齧っていた。
《ガフガフ、あ、な、なんだ。いきなり》
「おお、ごめなさーい。ホントのこと言いまーす」
出た。インチキ片言だ。
《ほう。罪を認めるのか?》
「ノーノー、違いまーす。あたしたち、旅芸人の一座なのでーす。動物たちは、そのために飼っているのでーす」
《嘘を吐くな! じゃあ、おまえは何をするというのだ?》
「おお、あたし? ダーリンと夫婦漫才よ。ねえ、あんた」
おれは、こう言うしかなかった。
「んな、アホな!」