11 そんなことだと、思ったよ
すったもんだしたが、何とか無事全員乗船し、必要な物資と燃料も積み込んだところで、おれ宛てに映像メッセージが入った。送信元は星連高等弁務官となっている。
「ええっ、ここまで来て、まさか渡航禁止とかじゃないよな」
おれが不安を漏らすと、何故か操縦席のシャロンがニヤついている。
映像をスクリーンに出すと、その理由がわかった。星連高等弁務官とは、黒田夫人だったのだ。笑っている。
《ごめんなさいね。驚いたでしょう。主人が現役復帰して構ってくれないから、わたしも現役に戻ることにしたの。今は主に難民問題に取り組んでいるわ。主人がプレゼントした海賊船で、あなたたちがラー星系に行くと聞いたので、少し説明してあげようと思ったの。老婆心という言葉は大嫌いだけど、まあ、そういうことね。ちょっと、画像を見てちょうだい》
画面が二分割され、地球によく似た惑星が二つ並んでいる。
《アヌビスとバステトの双子星よ。母星であるラーの周りを、互いに公転しながら同じ軌道を回っているわ。ちょうど、地球と月の関係ね。月が金星ぐらい大きかったら生命が誕生しただろうと言われているように、この双子星はどちらも生命居住可能領域にあるの。でも、生命の発生と進化はアヌビス星の方が早かったわ。知的生命が誕生し、惑星間を渡ってバステト星に一部が移り住んだ。その後、不幸な事故があってアヌビス星では一旦文明が滅んでしまった。その間に独自に進化したバステト星人が高度な文明を築き、逆にアヌビス星を植民地化した。やがて独立戦争が始まり、ついにアヌビス星は独立を勝ち取った。でも、その後もずっと小競り合いと休戦を繰り返して、もう百年よ。でも、この一年、休戦が続き、今度こそ本当の平和が訪れると思われていた。その立役者となったのが、この二人よ》
再び二分割画面となり、凛々(りり)しい茶色のイヌと、可愛らしい白ネコが映った。
《ケント王子とキャットリーヌ姫よ。そう、そのキャットリーヌ姫が誘拐されてしまったの。両星間の緊張を高めないため、まだほんの一部の者しか知らされていないけど、いつまでも隠しておけないわ。もしバレたら、大騒ぎになり、せっかくの休戦協定が反故になってしまうのは、火を見るよりも明らかよ。そうなる前に、是非とも事件を解決してね。お願いするわ》
最後に、黒田夫人が深々と頭を下げたところで、メッセージは終わった。
「なんだか、責任重大だな。下手すりゃ、戦争の火蓋を切ってしまう、ってことだよな」
おれの不安を、フンと鼻先で笑い、シャロンがスクリーンの前に立った。
「大丈夫よ、あたしがいるんだから、任せてちょうだい。必ず事件は解決するわ。お祖母さまの名にかけて!」
どこかで聞いたようなセリフだ。
「じゃあ、ボチボチ行こうか」
「何よ、それ。ちゃんと号令を掛けさせてよ」
「はあ?」
シャロンは前方を指差し、「発進!」と宣言した。
「何だよ! それは船長の仕事だぞ!」
「いいじゃん。これ、いっぺんやってみたかったのよ」
おれたちが睨み合う間に、荒川氏が苦笑して割り込んだ。
「とりあえず、出発しようじゃないか。先は長いんじゃから。わしとシャロンちゃんが交替でウオッチするから、船長は、到着まで人工冬眠カプセルで休んでおってくれ」
「え、でも」
「何かあれば起こすし、その分はちゃんと残業代を申請してやるからのう」
そうか。おれはやっと気づいた。
元子は、寝ている時間以外は給料を払うと言った。今回は片道一週間だからまだいいが、もっとうんと遠くまで行っても、人工冬眠で寝ている限り、何カ月たっても1円も貰えないのだ。
「騙された!」
「わしは騙しておらんよ」
「あ、いえ、こちらの話です」
まあ、仕方ない。どうせ寝ている間は、カネは必要ないのだ。途中何かあれば、起こして残業代をくれるというが、それは期待しない方がいいだろう。
おれはサッサと寝ることにした……。
……おれの耳元で、大音量の目覚まし時計が何個も鳴っている。寝ぼけ眼で止めようとするのだが、手が届かない。
「わかったよ! もう起きるよ!」
自分の声で目が醒めた。
まただ。おれが残業代なんて欲しがったから、またトラブルが起きてしまったようだ。
もちろん、鳴り響いているのは目覚ましではなく、非常放送だ。
《航行不能! 航行不能! 進路上に障害物あり! 進路上に障害物あり!》
おれは念のため非常用の宇宙服を着用し、コックピットのある司令室へ向かった。通路は赤い非常灯が明滅し、非常放送もずっと続いている。
「どうした!」
コマンドルームでは、荒川氏がコックピットに座っていた。
「おお、起こしてすまん。念のため、シャロンちゃんにも来てもらうように通知しておる」
ちょうどシャロンが入って来たが、パジャマのままだ。お泊まり会かよ!
「どうしたの?」
「前方に障害物があるんじゃ。所属不明の宇宙船のようじゃ」
その時、船外から通信が入って来た。
「荒川さん、スクリーンに映してください!」
「おお、アイアイサー、じゃな」
スクリーンに、目が隠れるくらいモフモフした茶色の毛に覆われたイヌの顔が現れた。
おれは思わず、こう言った。
「あれ、チャウチャウちゃう?」
だが、先方はシビアだった。
《この海賊船は、地球からバステト星への軍事援助が目的だな?》
「いや、ちゃう、ちゃうちゃう!」




