9 イヌ派かネコ派か、それが問題かよ
その後、スターポールのエンジニアが大挙して乗り込んで来て、アッという間に超光速エンジンを直してしまった。しかも、随分バージョンアップしてくれたようだ。おかげでアルファ・ケンタウリへの試運転は無事に終わり、宙港に戻ったところで、レストランでちょっと早めの夕食を取ることになった。
「わたしの奢りよ。何でも好きなものを頼んでちょうだい」
みんなに迷惑をかけたからと、元子が笑顔で提案した。
「当たり前だろ! おかげで全員昼飯抜きだったんだぞ!」
空腹もあって激昂するおれを、荒川氏が「まあまあ、落ち着いて」と宥めた。
「よく考えてみたまえ。小柳捜査官が来てくれなかったら、わしらは宇宙の迷子か海賊の餌食か、いずれにせよ悲惨な運命じゃったのじゃよ」
シャロンも負けじと割り込んできた。
「そうよ。元子お姉さまは、ちっとも悪くないわ。それに、今はあんたの上司なのよ。口の利き方に気をつけることね」
「はあ? おれはまだ、引き受けるなんて一言もいってないぞ!」
すると、元子がニヤリと笑った。
「あら、いいの? 今回は臨時雇用で一時間分しか払わないけど、採用が決まれば、人工冬眠を含む寝ている時間以外の起きてる時間は、全部時給が発生するのよ。もったいないわあ」
「うー、うー」
欲とプライドに板挟みになり、呻き続けるおれに、荒川氏が助言してくれた。
「貰っておけばいいんじゃよ。どうせ面倒なことに巻き込まれるなら、その方が得じゃないかね?」
面倒に巻き込まれることが前提かよ!
しかし、コンビニを馘首になった以上、海賊船を貰っても卒業旅行のためのお金がないのも事実だ。スターポールのアルバイトを引き受ければ、稼ぎながら旅行できるのだ。おれは決心した。
「わかった、引き受けよう。ただし、条件がある」
「あら、何?」
「言葉遣いは、今のまま改めない。それで良ければ、なんちゃら保安官になってやる」
「特別暫定保安官補佐見習いよ。礼儀作法にうるさい同僚もいるけど、わたしは一向に構わないわ。それじゃ、交渉成立ね」
差し出された右手を握ったが、メチャメチャ握力が強くて悲鳴をあげそうになった。
空腹も限界に近づいていたので、銘々好きなものを注文した。カインとアベルはどうしようと思ったら、ちゃんとドラード人用にドングリが用意してあった。プライデーZは自分のボディからプラグを引き出すと、勝手に充電エリアのコンセントに差し込んだ。
「うーん、美味い電気だ。この分の電気代の支払いもお願いしますね、小柳捜査官」
電気に味があるかよ!
おれは特大ハンバーグセット、荒川氏はホッケの塩焼き定食、女性二人は鶏笹身入りのサラダを頼んだ。
とりあえず食うことに専念しているおれの横で、元子とシャロンは、どこそこの筋肉を鍛えるにはどういうトレーニングがいいかを熱く語り合っていた。筋肉姉妹め。
食事が一段落したところで、元子が全員に向けて「じゃあ、説明するわね」と切り出した。
「行って欲しいのは、ラー星系よ。ここには、生命居住可能領域に二つの惑星があるの。アヌビス星とバステト星の双子星よ。中野くんは、ドラードの難民キャンプで見たかもしれないけど、アヌビス星人はイヌそっくり、バステト星人はネコそっくりよ」
そうか。あの第九地区でゴルゴラ星人に隅っこに追いやられていた種族だ。
「思い出したよ。それでさっき、イヌ派かネコ派か聞いたのか。どちらかと言えば、おれはイヌ派だけど、それが関係あるのか?」
「難民キャンプに両方いたことでもわかるように、二つの種族の間でもう百年以上も惑星間戦争が続いているわ。見かけは違っているけど、この両者は元々同じ種族だったのが、ごく最近、といっても一万年前くらいだけど、別々の種に進化したの。ちなみに、地球のイヌやネコに似ているのは偶然よ。トリの羽根とコウモリの皮膜が似ているような、いわゆる相似という現象ね。イヌとネコより、アヌビス星人とバステト星人は遺伝的にずっと近いわ」
「そんなに近い種族なのに、戦争をするのか?」
元子は、悲しみの混じった苦笑を浮かべた。
「わたしたち地球人なんて、同じ種なのに戦争するじゃないの」
「そうだな。しかし、戦争を止めてくれと言われても、おれには無理だ。それに、警察の仕事でもないだろう?」
「もちろん、そうよ。わたしが頼みたいのは、この双子星を揺るがす誘拐事件のことなの」
「誘拐?」
「そう。バステト星のプリンセス、キャットリーヌ姫が誘拐されたのよ」