4話 薔薇の篭絡
「おい、起きろ」
「ばぶぶぶばぶ~」
異世界の男はサラに揺さぶられ異世界での二日目の朝を迎えた。
「ヒルデ、この男を背負ってくれ」
「はい。ぅぉいっしょっとぉ。ふう。で、どこに連れて行くんです?」
「訓練場まで運んでくれ」
「えっ訓練場ですか?あかちゃんしてる人にスパルタ教育は正直絵面的にもきついものがありますが…」
「誰がスパルタだ。護衛隊長に会わせる。昨日護衛隊の話があっただろう」
「すみません、聞いてませんでした」
「はあ…。まったく」
サラと男をおぶったヒルデは訓練場へと向かった。
通路は石造りでできており、そのひんやりとした印象を持たせながらも、春の柔らかな陽光が差し込まれ、神聖ささえ感じさせるほどであった。
「そういえば、服着替えさせなくていいんですか?」
「別に構わんだろう。私らは魔女だぞ?メイドじゃない」
「そういえばそうでしたね」
「おまえな…」
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「とぉおりゃあああああああっっっっっ!!!!!」
部下と隊の将来に希望を見いだせない会話をしつつも彼女たちはどうやら訓練場までたどりついたらしい。女の威勢のいい声が響き渡っている。
「ローズ、いまいいか?」
赤い髪を短いポニーテールにしたローズとよばれた女は、ちょうど武術の一試合をおえ、布で汗を拭きながらサラ達のいるほうへ振り向いた。
「サラじゃないっスか!どうしたんっすか?再戦っスか?」
ローズは未だ少女のあどけなさが残る顔でにやりとほほえんだ。
「いや、再戦ではない。ローズに勝てないのはわかっているからな」
「そうっスそうっス、わかればいいんっス」
「貴様っ!!」
男を背負いながらもとびかかろうとしたヒルデをサラはすぐに制す。
「まて、ヒルデ、気安く挑発に乗るな。ローズも抑えてくれ」
「ちぇー。同じ者同士でやると飽きてくるんっスよ。で、そこの男って、噂の?」
「噂って、もう話が広まっているか。大臣から話は…?」
「もちろん聞いてないっスよ」
「そうか…。まず、この男が例のあかちゃんしている異世界人だ。で、話というのはこいつの世話を乳母がくるまで護衛隊と魔女隊でしろと大臣は命ぜられた」
「そうっスか。外出の時は護衛は任しといてくださいっス」
そういって去ろうとするローズの腕をつかんでサラは引き止めに必死となった。
「いや、そこで相談なんだが…。こいつの世話を頼みたい。
というのも、召喚に失敗とみなされかけているからな、原因調査と対応のために、時間がないほど忙しいのだ」
「失敗したのはわたしたちのせいじゃないっス。ケツ拭き押し付けないでほしいっス」
「そ、そのとおりなんだが、ただ、私たちの中に育児と介護の経験があるものがいないのだ」
「それはわたしたちも同じっス」
「あ、あと率直に言って護衛任務に魔女隊は自信がない。ヒルデも体力的に毎日この男を背負うのは厳しいだろう。何より隊の長である私はローズに負けたという負の実績がある」
「…プライドないんっスか?」
うわぁ…という顔をローズはおもわずつくってしまったことにより、媚びれば憐みで切り抜けられるかもしれないとの発想がサラを支配した。
「す、捨てた…。最悪、適切な説明と対応策を差し出さなかったら、魔女隊は処刑されるかもしれん…。隊員達の命を預かる身としては、プライドを捨てるくらいで助かるのなら、いくらでも捨てるのが道理だろう。頼む」
サラはそう言うと黙ってローズに頭を下げた。
サラの狙いは、ローズというよりも、控えているヒルデに対するメッセージの意味合いが強かった。つまり、ヒルデが健気に隊につくすサラの様子を口伝で魔女隊に知られることで、自身のリーダー性と組織の統制力を強め、この困難を乗り切ろうとしたのである。
「んー、その男になんかあったら責任全部おっかぶれという風にしか聞こえないんっスよね、正直」
「そ、そんなつもりはない!」
そこまで考えが及ばなかったサラは慌てて否定した。
「まあ、サラは中途半端に実直っスからね。
もっと単純にお願いすればいいんっスよ」
「どんなお願いだ…?土下座なら…」
サラは顔を上げてローズに問うた。
「私とローズの二人で男の世話と警護を一緒に協力してやってほしいとかっス」
「ロ、ローズ、私と二人でこの男の世話と警護を一緒にやってほしい…」
「まあ明確ではないとはいえ大臣の命令を無視するわけにもいかないっスからね。
あと、世話役の乳母がくるまで酒と飯おごってほしいっス」
「そ、それくらいなら…」
「二言はないっスね?」
「ああ、もちろんだ」
「お前たち、聞いたっスね!!?」
「「「「あっざああぁぁぁっス!!!」」」
いつの間にか聞き耳をたてていた護衛隊の女たちが一斉に掛け声をあげた。
「えっちょ、そ、それは」
「あれ?二言は」
「ない!ない!!が…ああ、給料前なのに…」
「ではお前たち、訓練を中止し、城内警戒態勢に移行するっス!!
当然、このことは他言無用っス!!」
「「「「了解っス!!!!!!」」」
護衛隊の女達は敬礼すると、即座に自分の持ち場へと散らばっていった。
「で、大臣は召喚の件について緘口令は敷いてるんっスか?」
「あっ、いや、そういえば敷いてないな…」
サラはそう言われてハッとなり、すぐに青ざめた顔をした。
「よく知らないっスけど大臣が情報統制忘れるなんてよっぽど不測の事態だったんっスね」
「ヒルデ、その男を降ろしてすぐに緘口令の助言をしにいけ。その後は魔女隊の調査に合流するように」
「りょ、了解です!」
ヒルデは男を乱暴に床に降ろすとあわてて駆け足で向かっていった。
「やはり、噂が広まっているだろうからもう手遅れなのだろうか…」
「いや、噂なんて無いっスよ。カマかけただけっス。サラはまじで気を付けたほうがいいっスね」
口をあんぐりと開けたサラを気にすることなく、ローズは男に歩み寄った。
「そこの異世界人に伝わるかわからないっスけど、一応護衛する者として自己紹介しとくっス。
バフマン王国薔薇騎士団第二護衛隊隊長ローザ・エリクソン。宜しくっス」
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