3話 不機嫌な晩餐
「おい、おきろ」
サラは男の肩をつかんで大きく揺さぶると、男は寝ぼけ眼で目をいじってた。
「寝ている間に服を着させといて正解でしたね。ぼやけさせたままだとやりにくいでしょうし」
「まったくだ。さっさとこの業務をどこかの部に投げたいものだ。
ヒルデ、すまんがまた食卓まで頼むぞ」
「はい。よいしょっっっと」
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男をおぶったヒルデとサラは、食卓までの距離に不満を漏らしつつ女子バナをしていた。
「結構重いんですよね。この人」
「すまんな。ついでに夕食にも同席してもらうぞ」
「え~~~!!ってこの人おぶってったらやっぱりそうなりますよね」
「酒なら飲めるからそれで我慢してくれ」
「酔っぱらっても大丈夫ですよお姉さま、私がおぶって運んで行ってあげます」
「ははは、ありがとう、気を休めるつもりはないから安心してくれ」
「むしろお姉さまならおぶりたい…みたいな」
「むっ、そうか。なんでかは知らんが気持ちは受け取っておこう」
「はっ、はい…。まあ、閣下に酔いつぶれているところを襲われるなんてこと今更ないでしょうけど、念には念をということで」
「まあ、閣下自身は不能で女性には手を出さない事で有名だからな」
「確か、若い新婚の頃に街のチンピラ達に奥方を寝取られたとか…」
「そうだ。当時は閣下は将来的に宰相候補の一人となる予定だったらしい。
だが、貴族が街のゴロツキどもに妻を寝取られたことで出世の道がご破算したものの、境遇を哀れんだ王の配慮で無任所大臣になったといわれている」
「正直、私達にとっては上司が不能というのは仕事がやりやすくてありがたいですね」
「うむ。だというのに、ああ、今日の夕食は何年振りかの怒号が飛ぶのだろう。
ようやくついたか。そのまえに、ヒルデ」
「はい?」
「お前の服の後ろ身、男の涎まみれだぞ」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
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男を椅子に座らせたヒルデとサラは、すでに食事を始めているあごをつきながら酒を呷るという貴族とは思えぬ大臣の振る舞いに困惑しながら、料理が運ばれた机に着席をした。
料理は普段の食事と変わらぬ質素なもので、パン、ふかした芋、ニシンの酢漬けとサーモンマリネにマヨネーズがかけられたサラダで、大臣との食事とのことでビールも配られるのであった。
「げぇっぷ…。さっきの叫び声はなんだ。なんでヒルデは赤い目になっておる」
「先ほどかなり大きいゴキブリが目の前に落ちてきたからだそうです」
本当の理由を言うとややこしくなりそうなので、サラはヒルデの意外なかわいらしさという点を捏造しアピールすることで場の空気を変えようとした。
「ゴキブリごときで悲鳴をあげるとは…。魔女も地に落ちたものだな」
どうやら真逆の効果を得たようだった。
「食いながらでかまわん。サラ、現時点での報告をしろ」
「はっ…。まず、この男に関しては、残念ながら、変わりはありません。
演技の可能性を考え何度かカマをかけてミスを誘発しようとしましたが、ひっかかりませんでした。
ただ、現在技術部隊と連携して調査している途中ではおりますが、男の持っていた持ち物は価値が高いと認められます」
サラはそういうと時計を手元から取り出して大臣に手渡した。
「これは…時計か」
「はい。見てください、この光沢を放つ高価そうで軽量な金属でできた時計ではありませんか。
国王陛下にもきっとご満足いただけるものと「つくれるのか?」」
「えっ…」
「これを我が国が作れると思うか?確かにこれは精密で高い技術で作られたもんだろう。
そう、我々にはその技術が必要なのだ。時計それ自体ではなく、な。
恐らく若くして即位された陛下はそうおっしゃるであろう。
この時計で失態を帳消しにはできん。宝石みたいなもんだが、宝石はもう見飽きてるだろうからな。
他にはなにかなかったのか」
サラは心の中で悪態をつきながらも、挽回を試みる。
「時計だけでなく、男のカバンからいくつか興味深いものがでてきました。
現段階で判明しているのは、液体の入ったにぎりつぶしても元に形が戻るビンのような容器、
文字のようなものと数字が印刷された板と鏡のような板がつながっている開閉式の板のような物、
1から9と算数の記号を押すと勝手に小さい鏡のような部分で結果が表示される小型の機械のような物、
異世界の言葉で記載された上質な紙が数十ページ封筒のような物に収納されており、あとは…」
「あとは、なんじゃ?」
「一枚一枚ほぼすべてに絵と文字が記載され、その絵が、恐らく男女の営みを描いたものであろう、と」
「…文字は解読できないのだな」
サラはなぜそこに関心を引いたのかと訝しみながらも詳細を説明する。
「はい、対異世界言語翻訳術は精霊の力を借りるため生きている人間の言葉しか翻訳できません。
なので、何が書いてあるかを知るには音読してもらうしか方法がありません。
ただ、絵画及び印刷技術は非常に高度なレベルでした」
「たぎったか?」
セクハラかよついに老耄としたなこのじじいと思いながらもサラは慎重に言葉を選んだ。
「…隊の何名かには刺激が強かったようにみえます」
「おぬしの顔を見てもどうやらそのようであろうな」
どうやらサラの顔は紅潮していたようであった。
「一週間後に陛下に結果を報告しに参らねばならん。その際に本を陛下に献上する」
「えっしかし中身は…」
「陛下はまだ18、即位して間もない若者だ。本の中身で気を紛らわせて結果をあやふやにする。
それに我が国は芸術のレベルが低いままであるからな。
後継者作りと芸術の促進のための本とでもいうておけばいい。
実務で使えそうなのは、計算機械くらいか。それはこちらで使うとしよう。
どうやら100年の間に異世界ではとんでもない速度で産業が発展したようだな」
「ええ、まさに圧倒的とも」
「だが、技術が高すぎて作れそうにない、か。
私も絶体絶命なのだ。失敗の烙印が押されたら領地没収でお家が取り潰しの追放処分であろう。
最悪、おぬしらとともに首をはねられるかもしれんがな。
…異世界人はどうやら一人で食事もできんらしい。まったく手をつけずに指をしゃぶっておる」
「まさか、母乳しか飲まない、可能性が…?」
サラは青ざめた顔でつぶやいた。
「それだったら、あんな大きくなるわけでもあるまい。
…かといって、完全には否定できないのがなんともいえん。
仕方ない、乳母の手配をしておく。それまで身の回りの世話は魔女隊と護衛隊の共同であたれ。
これでお開きだ、先にわしは寝る。後は頼んだ」
「はっ!」
大臣が自室に項垂れながらもどり、食卓には青い顔をしたサラとビールを飲んでいるヒルデ、指しゃぶりをしている男の3人があとに残された。
「どうしたんですか?顔色が優れないようですが、酔っぱらったんですか?」
「どうせなら酔いたい気分さ。ヒルデ、お前、ずっと話の間飲み食いしてばかりだったな」
「はい。難しい話はわかりませんから」
「そうか。…そうか」
自身と魔女隊の行く末にサラは頭を抱えたのであった。
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