四話:産声
ここはどこだ?
「……誰も、いない」
僕は気づけば、白い世界から石造りの部屋に移動していた。
大きさは十畳ほど、ただ窓もなく圧迫感があるので狭く感じる。 部屋の奥には台座がありうっすらと発光する分厚い本が置かれている。 ゲームや映画に出てきそうな、魔導書に似ている。
「開かない……」
台座の反対の壁にドアがあった。
試しに開いてみようと思ったのだけど開くことはなかった。 しばし呆然とするが誰かがやってくる気配はない。 やはり鍵は本だろうか。 僕は台座から本を取ってみた。
『初心者魔王の指南書』
どこのスマホゲーのウ〇キですか?
僕は思わず深いため息を吐いた。
まだあの夢は続いている。 いいや、これはひょっとして、現実なのだろうか? そしてふと本を手に持った僕の腕に気づいた。 真っ白なのだ。 もやしとあだ名されるように色白だったが、コレは白すぎる。 不健康とかそんなレベルではなく絵の具の白のような真っ白。 思えば視界もいつもより低い気がする。
「あれぇ?」
制服だったはずなのに腰蓑一枚。 それになんだか前より痩せている……。 そして白い世界での最後の記憶。
【ゴブリン縛り】なるスキルを獲得したことを、思い出した。
「……まさか?」
僕はゴブリン?
「――っ嫌だぁああああああああっ、ぬあああああっ!?」
窓もないような小部屋で大声はダメだ。 自分の声で頭が割れそうに痛い。 それに自分でもびっくりするほど大声がでた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
とりあえず落ち着け僕。
現状を把握せよ!
ちょい悪オヤジの話し(一方的な)では、僕は死んで転生した(しかも魔王)。 僕の他にも百万の魔王がいるらしい。
「転生ってことは異世界?」
僕の好きなラノベでいえば、ファンタジー系の転生物だろうか? でもこの世界とか神々がとか、ちょい悪オヤジの話はよくわからなかった。
それに魔王でゴブリンって。 詰んでませんか?
「あっ、ダンジョンって言ってたっけ……」
はやくダンジョンに行けとか言ってたような。 ということはココはダンジョン? ただの小部屋だけども。 うーん、本を読むしかないか。
僕は『初心者魔王の指南書』を1ページだけ捲った。
☆なにはなくとも魔王城☆
★ダンジョンポイント(DP)を獲得せよ★
♡♥♡初めての召喚♡♥♡
★配下が重要! ※淫魔はDPに余裕ができてから★
☆魔王の集い『オークション』を活用せよ☆
★防衛戦線異常アリ!多種族で迎え撃て!!★
☆生存戦略!まずは100日間生き延びよ☆
♪準備万端♪地上侵略♪
「……」
いわゆる目次。 ちょっとウザイ。 これってまさかあのちょい悪オヤジが作ったんだろうか?
やめよう。 考えるだけ無駄だ。
僕は次のページを開いた。
――――――――――――――――――――――――
☆なにはなくとも魔王城☆
『君だけの魔王城の創り方。 まずはメニューを開きダンジョン作成を選択しよう。 メニューは魔王それぞれ最適化されている。 感覚的に操作できるはずだ。 ダンジョンの作成、管理はダンジョンコアの近くでしかできない。 現在は疑似的に『初心者魔王の指南書』がダンジョンコアを担っているぞ。
一ヵ月後、世界とリンクした際にこの魔導書はダンジョンコアへと差し替えられる。 今のうちに読破することをオススメするぞ!』
『ダンジョンの操作管理を行うコアルーム、魔王が待ち構える玉座の間、そしてダンジョンと世界を繋ぐ扉。 ダンジョンに最低限必要な物だよ。 後は自由、すべては魔王の意のままに、最強最悪の魔王城を創ろう』
――――――――――――――――――――――――
「うーん?」
結局自由ってこと?
とりあえず、メニューを開いてみようか。
・ステータス
・ダンジョン
・マップ
・魔王の集い
・邪神クエスト
おい。 最後おい。
あぁでも魔王だから、邪神サイドでも不思議はないのかな? とりあえず、定番のステータスから見てみるか。
【ステータス】
名前:未設定(斎藤 命)
種族:アルビノ・ゴブリン
職業:童貞魔王
レベル:1
DP:10000
SP:0
力:F
耐久:F-
器用:E
敏捷:F+
魔力:C-
スキル:【闇魔法Lv.1】【雄叫びLv.1】【異種族繁殖Lv.1】
ユニーク:【ゴブリン縛り】【魔王の加護:ゴブリン】
「やっぱ、ゴブリンじゃんーー!!」
僕は崩れ落ち、手と膝を突いた。
「はぁ……」
最悪だが、今は落ち込んでいる暇はない。 一ヵ月後にはダンジョンが世界と繋がるらしいのだ。 そういえば、もしそれまでにダンジョンを創らなかったらどうなるのだろう? 問答無用で時空の彼方に消されそうだな。 あのちょい悪オヤジなら笑いながらやりそうだ。
「世界マップ、おお~まんまグー〇ルマップだ」
これも使用者に最適化されているのだろうか? なじみの地図アプリが目の前に現れた。 青の半透明のディスプレイはタブレットのように指で操作できる。
「地球、か」
異世界ではなさそうだ。
拡大、拡大、拡大。 リアルタイムの映像が世界マップに映し出される。 建物の中は見れない。 けれど動く人々は見て取れた。 僕は指で操作して、自身の死んだであろう場所にマップをあわせた。
「三之森高校」
田舎の公立高校。 共学で偏差値は50程度の普通高校。 災害の影響で臨時休校のようだ。 駐輪場には自転車はなく、校舎にも生徒の影は見えない。 近くの小学校の方で人は避難しているようだった。 マップを見ながら僕は拳を握り歯をギリギリとこすっていた。 体の中から熱が産まれる感覚。 黒く濁った熱だ。
「ギィギぃ……、んっ!?」
色んな考えが、感情が頭の中を駆け巡っていた。 しかし、マップに映った自転車に乗った人物。 駐輪場へと自転車を止めて学校の中に入っていく奴を見つけて、僕の感情は爆発した。
「――クズ男!!」
本物のタブレットでなくてよかった。 もし本物であれば握り潰していたであろうほど強く、僕はディスプレイを握り締め顔を近づけた。 奴は一人で校舎へと入っていく。
それからしばらくして、僕は奴の行動に衝撃を受け眩暈がした。
「――――証拠隠滅ッッ!?」
なんて奴だ。
ビックリした。憤慨した。呆れた。
まさかそこまでするのか? ほんとうにクズだ。 それに担任もグルに……。
「いや、きっとバレるさ……」
だけど僕は知らなかった。
「……ウチ?」
僕は母子家庭だ。 父親は幼い頃に亡くなった。 幸い家を残してくれたし生命保険も少しだけ。 母さんはあまり体が丈夫ではないけれどそれでも毎日働いて、僕の大学費用を稼いでくれていた。 そんな母さんに心配をかけたくなくて、イジメのことは相談できなかった。 いいや、たんに僕のちっぽけなプライドの問題だったのかもしれない。
「どうして?」
『まさかそこまでするのか?』そう思ったのが馬鹿らしくなるほど、彼らは、人間というのは恐ろしく残酷でどうしようもない生き物だと。
「――まさかッ!? ……やめろ、やめろ、やめろ嘘だうそだうそ――――」
――僕は悟る。
「ああ゛ああッ――――――――――――」
隔離された世界で、産声を響かせ続けて。