二話:ちょい悪オヤジ
少しだけ驚いたような声で、誰かは呟いた。
「おやおや、君が最後? おかしいな……予定より一人多いね」
白い世界に僕以外の人物が現れた。
いや、僕より先にこの世界にいたのか?
その人物は、一言で表せばダンディなおじさん。 ちょい悪オヤジ? ジーンズにシャツにジャケットをおしゃれに着こなして、手に持っていたタブレットのような物と僕を交互に見ている。
「ふむふむ。 なるほどなるほど」
なにを勝手に納得したのか、うんうんと頷いている。
そして僕は気づいた。 首に掛かっていたロープは無いし服もきている。 私服だったはずなのに、高校の制服だったけど。
「君も一応条件は満たしているのかな。 審議に時間が掛かったようだけど、……まぁ死ぬような度胸も無かったようだしね?」
「っ!?」
知っている?
いや、そもそもどこだろうここは? 天国地獄? 病院のベットで夢の中?
「天国でも地獄でも、夢でもないよ。 君は世界改変の影響で死んだ。 数百万人のうちの一人。 そして魔王へと転生する生贄の一人」
なにを言っているんだこの人?
まともそうなのに言ってることはヤバイ人。
というか僕は一言も喋っていない、心を読まれた?
「君たちには頑張ってもらうよ。 そうしないと、……まぁ君には関係ないか、とりあえず一つ選んでくれるかい?」
「うっ?」
一人で勝手に話を進めるちょい悪オヤジ。 苦手なタイプだ。 僕のことなど興味もないといった様子である。
僕の目の前に一冊の本が現れた。
「転生特典だよ。 好きなのを選ぶといい」
混乱する僕は目の前の本とちょい悪オヤジに視線を彷徨わせる。 彼は一言だけ助言をくれた。 助言と呼ぶにはいささか投げやりに。
「時間は無駄にしないほうがいいと思うよ?」
それだけ。 僕には興味なさげにタブレットを見ている。
どういう意味かわからないが、本当に早く選ばないとマズい気がした。
「……」
転生。 つまり僕は死んだということか? 僕のちっぽけな人生はあっけなく終了したんだ。 はは……まぁ計画通り母さんが僕の遺書を公開してくれれば、僕をイジメてた奴らも社会的に終わる。 僕のできる最大の復讐がちゃんと成功したのか気になり、本を捲りながらも僕はまったく集中できない。
「君以外の者たちはもうすでに選び始めている。 そして選び終えた者はダンジョンの創造へと向かった」
ダンジョン?
僕は本を捲りながらちょい悪オヤジの言葉に耳を傾ける。
「一月後、ダンジョンは解き放たれ世界は魔王と対峙する。 それはこの世界への罰であり、彼の者の願いでもある。 もっとも神々の憂さ晴らしの可能性が一番ありえるのだけどね?」
なんのこっちゃ。
本の中には様々な『スキル』が記載されていた。 ゲームにあるようなファンタジーなスキル。 中には『暗黒魔法』のように魔法とつくものもある。 指でなぞると文字が浮かび上がり≪獲得しますか?≫と選択を迫られる。 しかし、キャンセルされた。 そのスキルは灰色の文字となり選べない。 どんどんスキルの数は減っていく。 僕は焦った。 しかし、消えていく速度が速すぎて思考が纏まらない……!
「嘘……」
全てのスキルは灰色に消えていった。
選んでも答える前に灰色になってしまう。 まるでスキルが僕を拒否するように、手から零れ落ちていく……。
「若干のタイムラグがあるようだねぇ。 他の者たちのほうが先に選び始めていたから」
「そ、そんな!?」
人生が終わったのに、新しい人生の始まりでもまた理不尽を味わう。
ふざけるな。 そんなのは認めない。
「――ふざけるなッ!!」
僕はびっくりした。
全てのスキルが灰色になった本を握り締め、ちょい悪オヤジを睨みつけ吠えた自分に。 熱い、体が、いや魂が震えているのが解った。
「どうして! どうしてそんな!! 僕がなにした! 僕が僕が――――僕はあああああああああああああああああああああ!!!!」
癇癪を起した子供のように、煮えたぎるマグマの如く湧き出る感情を抑えられない。
叫ぶ。
白い空間が震えるほどに。
「……」
ちょい悪オヤジの瞳にやっと僕が映った。
けどすぐにタブレットへと戻り、叫ぶ僕を無視して何かを操作しているようだった。 僕は叫び続ける。 そうしなければ、苛立ちは体を内側から溶かしてしまうから。 僕はそう、吹っ切れていた。 言葉にすることが苦手な僕はただただ魂から叫び続ける。
「はぁ、はぁ、はぁぁ……っアアアアアアア――」
「わかった、わかった。 もう五月蠅くてかなわない、スキルをあげるからはやくダンジョンに向かってくれ」
「!」
やれやれ、といった感じの仕草でちょい悪オヤジは本を指さす。 僕は意味を悟り本を捲った。
ない。 ないないない――――あった!!
最後のページ。
真っ赤な文字で爛々と輝く『スキル』。
「ゴブリン……縛り?」
≪【ゴブリン縛り】スキルを獲得しました≫
言葉が聞こえた瞬間、獲得したスキルの性能を理解した。
強制習得させられたスキルはあまりにもあんまりで、僕は本からこのスキルを僕に与えたであろう人物に視線を移す。
「君に、ピッタリだろう?」
「っ! ぁああああ――」
僕のことを何もかも知っている。
そんなちょい悪オヤジの表情に、またも僕は魂から叫ぼうとした。
しかし。
「くく、さぁ時間だ。 魔王よ、世界を――――」
叫ぶことも最後の言葉を聞くこともできずに、僕は、白い世界から追い出された。